第3話 通学ラッシュ
一番列車が終わると次は通学ラッシュである。テルの父親、リグニア国鉄総裁の方針により鉄道の主要駅周辺には高校や大学が建設されており、沿線の生徒が利用しやすくなっている。通学生収入を当て込んでのことだ。
「アウグスティア行き列車の改札を始めます。ご乗車のお客様は並んで下さい」
田舎でも豊かな農村地帯で子供が多いこともあり、ブバスティスでも結構、通学生がいる。
「コケッコッコー」
ただ時折予想外の珍客がいる。篭に入れられた生きた鳥だ。
「おはようございますムスタファさん。行商ですか」
「ああ、町に鳥を売りに行くんだよ」
現金収入を得るために近隣の大都市であるアウグスティア行商に行く人が多い。大概は野菜や果物だが鶏を飼っている人々も多く町に売りに行く人も多い。
「荷物扱いで持ち込んで下さい。くれぐれも車内で放さないように」
「勿論だよ」
追加料金を支払ってムスタファさんが通っていく。このような行商を国鉄は想定しており追加料金を払えば客室内に持ち込めるように規則が立てられている。
しかし、最近は車内が臭いなどのクレームがあり、一部車両のみに制限しようかと議論になっている。
「テルーおはよーっ」
挨拶をしてきたのは女子高校生だ。
「いつも偉いね。私より年下なのに」
テルは鉄道学園へ十一才で入ったため飛び級を重ねていない限り高校生より年が若い。
「そんなテル君にお姉さんからプレゼントをあげよう。はい」
手渡されたのは袋詰めされたクッキーだった。
「朝食まだでしょう。食べて」
「え」
規則ではお客様からプレゼントなどを貰ってはならない。賄賂と思われるからだ。
安易に飲食をしてはならない。食中毒を警戒してのことだ。
テル自身も下手にプレゼントを受け取らない。
下手に他人、特に女性からプレゼントを貰ってはならない。テルの姉妹が嫉妬してカチ込みに行くからだ。
それ以前に、姉妹達から、様々な混入物が入れられたプレゼントを渡されるからだ。
本物の惚れ薬ならまだ良い方で、腕が未熟で半ば失敗した薬を飲んでしまうとどんな副作用が起きることか。
これまで姉妹の贈り物で何度も身を以て経験してきただけに身構えてしまう。
だが同時にお客様の好意を無視してもいけない。
列の後ろを見た。渡した女子高生の女友達が期待に溢れた目をしている。改札が済んでいないのにテルが食べるまで待っていると言っているように見える。
「……じゃあ」
外圧に負けてテルはクッキーを一枚取り出した。
だがそこへネコがやって来てテルのクッキーに体当たりする。
「駅長」
先ほどまで机のクッションで寝ていた駅長が、飛び出してきたのだ。
「な、何するんですか駅長!」
女子高生が抗議するとネコはその子を睨み付けて黙らせる。
なおも抗議しようとしたが、予想外の事態が起こり阻まれる。
「コココーっっっ」
「うわっ! どうした! こいつ発情していやがる! いきなりどうした」
飛ばされたクッキーがムスタファさんの鶏の篭に飛び込んで、鶏が食べたらしい。
テルも実家で鶏を飼って居るので鶏の生態はよく知っている。
尋常で無い行動だった。
「ああ、町の呪い師からお小遣い三ヶ月分で買った媚薬が」
この世の終わりとばかりの声で女子高生が言うと同時に口を手で塞ぐ。
黒猫が呆れるような視線を女子高生に浴びせる。
女子高生は言い返そうとしたが、バツが悪く言い返せない。
黒猫は、つまらなそうに頭を振ると、駅事務室の自分の机の上に向かってジャンプしていった。
「……定期の改札終わりました。どうぞホームへ」
残されたテルは一度深呼吸して落ち着きを取り戻すと笑顔になり女子高生へホームへ行くように促した。
女子高生はバツが悪そうな顔のままホームに向かった。
「外も同じなのか」
女子高生の姉妹達と似たような思考と行動にテルは呆れる。
もっとも、第一皇子ほどではないが、アルカディア中央鉄道学園生徒という地位も、かなりのものだ。
国鉄という巨大な組織の幹部候補育成機関である中央鉄道学園、その総本山であるアルカディア校の生徒など、国鉄本社での幹部、上層部クラスは確実と見なされている。
玉の輿を狙って様々な工作を行うのは当たり前と言えた。
もっとも、プレゼントに一服盛る事は希で、その後の改札作業は順調に進んだ。
列車が近づくと改札を一旦閉じてホームに出て白線の内側に人が居ないか安全確認。
ホームに列車が入り、ドアが開く。
田舎のため、降りる人など居ないので乗車のみに集中する。
乗客が乗り込むと全員が乗ったか確認し車掌に合図して、ドアを閉じるように指示する。
ドアの挟み込みが無いか確認すると車掌に合図を送り出発を見送った。
だが、一本で終わりではない。
この後も通学の列車は多い。
テルはすぐに戻って改札を行いお客様を誘導する。
「はあ、終わった」
通学列車が出発すると駅は静寂を取り戻した。
この後は一時間に一本程度の列車運行で乗降客も疎ら。
駅員には暇な時間となる。
貴重な休憩時間となるので少しだらけさせて貰うとテルは決めた。
駅事務室の自分の椅子にに深く腰掛け力を抜く。
長丁場では休めるときに休んでおかなければならない。
「おおい、テル。少し良いか」
しかし、来客はある。
声を掛けられたテルは椅子から飛び起きて制服を整えると窓口に向かった。
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