第2話 ブバスティス駅
「またか」
誰も居ない駅事務室を見てテルは嘆息する
今のシフトはテルが早番、駅長が遅番だ。
夜、駅の業務が終わるとテルは直ぐに仮眠に入り、駅長は終業作業――駅を閉める作業を行って眠る。
朝はテルが早めに起きて駅の始業作業を行い営業準備を整え、それが終わった時に駅長が起きる態勢だ。
だが、駅長が起きてくることは無い。
一通り作業をテルに教えたら全て押しつけてしまった。以来、ずっと寝て過ごしており駅の業務を殆どテルがやっている。
「駅長! 起きて下さい!」
テルが言うと宿直室の扉が少し開いた。その隙間から出てきたのは一匹の黒猫だった。
毛並みが艶やかで身体は細くその仕草には気品さえ溢れる優雅な姿をした黒猫だ。
起き抜けの眠そうな顔をした猫は、ゆっくり歩いて行くと駅長と書かれた表札の置かれた机へ飛び乗り、そこに置かれているクッションに丸くなって眠ってしまった。
「駅長! 始業準備終わりました」
テルが叫ぶように言うと、猫は黒い尻尾を上げて揺らすと、下げて寝てしまった。
「まったく、仕事して下さいよ」
研修でテルが着任した当日、一通りテルに仕事を教えていたときは凛々しかった駅長なのにテルが仕事を覚えると途端に怠けて寝ていることが多い。
「仕方ないな」
ここの所ずっとこんな感じだった。
テルは駅長を働かせるのを諦めると駅の電話、ザガジグ線運輸指令直通の電話を取り上げた。
電話を上げるとすぐに相手が出た。
『こちら運輸指令。どうぞ』
「こちらブバスティス駅です。始業準備完了、これより開けます」
『こちら運輸指令。ブバツティス駅始業準備完了。了解した』
営業前に運輸指令に連絡して異常が無いことを報告するまでが準備だ。
もっとも今日は異常、というより要望があって連絡は長くなる。
「ポイントの動きが鈍いので保線の方に点検に来て貰いたいのですが」
『まだ動き難いか』
テルが先日から要望しているため指令が記録しているか覚えているのだろう。
そしてその答えも決まっていた。
『残念だがまだ回せない、今はエギュプトス本線の復旧で手一杯で回す余裕は無い』
ザガジグ線の一方の接続線であるエギュプトス本線が洪水で路盤が崩落し現在不通。保線区の人は復旧作業に掛かりきりだ。こちらに回せる人がいない。
農業に使えるが洪水が起こりやすいデルタ地帯に作られた路線である上に、治水と建設費節減のために帝国の鉄道は川の堤防の上に作られる事が多い。
そのため洪水で線路が不通になることが多かった。
『復旧が一段落したら送る』
「お願いします。それと気象報告ですが」
テルは一通り報告内容を伝え、終えると電話を置き、改札へ。
連絡用掲示板にエギュプトス本線不通の文字があるのを確認して駅の玄関を開いた。
ブバスティス駅の始業だ。
直ぐに駅事務所に戻りテルは放送を始めた。
「えー、本日もリグニア国鉄をご利用頂きありがとうございます。間もなく一番列車が到着致します。これより改札を始めます。ご利用の方は改札へお並び下さい」
無人の駅にテルの声が響いた。
朝早い時間に乗るお客様はいない。だが、規則に忠実にテルは律儀に行う。規則だけではなく言わないと身が引き締まらない。
放送を終えるとホームに出て一番列車を迎える。
入ってくるのディーゼルカー二両。一両は後ろ半分が荷物室になっており、小包を運んでいる。
ホームに入ってくると、テルは荷物車の前に立つ。
「お疲れ様です」
敬礼して荷物係に伝える。
「おう、お疲れさん。今日はいつも通り新聞と小包が一つな」
「了解しました。こちらはこれだけです」
そう言って梱包された今朝取れたばかりの農作物を見せる。
素早く近くの大都市に運び込むには鉄道が早い。トラック輸送も良いが、ターミナル駅周辺ならば鉄道を使った方が便利だからだ。
テルは小包を受け取り、最後に新聞を受け取る。各地への新聞配達に国鉄の鉄道網が利用されている。
駅まで列車で運び、そこから配るのが新聞のシステムだ。収益を上げるためにテルの父親が作ったシステムであり収入は上々だ。
新聞を受け取り終わると、発送する荷物を荷物室へ入れて受け取りのサインをもらう。
全てが終わると、敬礼して荷物室の扉を閉め、ホームの安全を確認し発車の合図を送って一番列車を見送った。
「異常なし」
列車が構内を出て行ったのを確認すると、下ろされた荷物の選別を始める。
「ジャッキー、今日は小包もあるから宜しく頼む」
「けっ」
駅の荷物置き場に来ていた帽子をかぶったジャッキーに頼むと、舌打ちをされた。
「使いっ走りのように使うんじゃねえ。鉄道が無くても依頼された荷は全て運ぶ」
乱暴にテルから荷物と新聞を奪っていくとトラックに乗り込み走って行った。
彼の家は元々駅馬車を営んでおり、州都と村の間を行き来して村を支えていた。
しかし鉄道開通後は、取り扱いが駅と村の間に限定されてしまい、反発している。
他の業者に頼もうにも、あては無い。彼と上手くやっていくしか無かった。
「はあ、しょうが無いな」
普段なら時間を掛けて取り組みたいが、テルには時間が無かったので事務所に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます