転移者の息子 地方駅員編
葉山 宗次郎
第1話 地方駅での実習
「ううん」
寝苦しさからテルは起きた。
数分前までは心地よく寝ていた。
だが、腹部の布団が盛り上がり寝苦しくなって起きた。
リグニア国鉄個人用目覚まし装置<オキルゾウ>
タイマーをセットしておくと時間になれば腹部に敷かれたエアバックに空気が入り腹部を持ち上げる。そうすると寝苦しくなり自然と目を覚ます。
鉄道は二十四時間動いているが職員も二十四時間働けるわけが無い。
交代で仮眠をとるのだが作業時間がバラバラで一つの当直室で使う事になる。そんな中で目覚まし時計を使ったら仮眠中の職員を起こしてしまい、安眠妨害になる。
それを防ぐ為に各個人が自然に周囲に迷惑を掛けないように定時に起きれるように作られたのが<オキルゾウ>だ。
テルの父親、いや、国鉄総裁が発案し開発したものだ。
<オキルゾウ>という名前は元いた世界で使われていた元ネタから付けたそうだ。どうしてそんな名前かはテルには分からない。ダジャレなので理解できないのだ。
兎に角テルは<オキルゾウ>のお陰で予定時刻に起きることが出来た。
隣で寝ている駅長が起きていないことを確認。
いつも寝てばかりの人だが、起こしてしまう理由にはならない。
テルは素早く当直室から抜け出すと、支給されている国鉄の駅員用制服に着替える。
「あ、駅長また新しい制服に替えている」
日々真面目に働く駅員への褒美とか言って頻繁に新しい制服を渡して来る。
古い方は処分しているらしいが、売っていないか心配になる。流石にそんな事はないだろうが心配だ。
そもそも駅長も手伝ってくれたらもう少し楽なのだが、寝てばかりで仕事をしてくれない。そのためテルが代わりに仕事をしなければならない。
「よし、時間は正確」
懐中時計を見てテルは時間が正確で有ることを確認する。
アルカディア中央鉄道学園に入るとき、入学祝いと言って父が送ってくれた品だ。プラチナのケースに入れられた閏年でも調整の必要なく曜日と日付を示す永久カレンダー、レバーを引くと鐘の音で時を知らせるミニッツリピーター、ゼンマイを捲いた量を表す巻印装置、温度変化を示す金属寒暖計。
国鉄の時計製造部門がその技術の全てを持って作り上げた最高の機械式時計だ。
大量生産が可能なクオーツ式に変わる中、彼らが持つ技術の粋を集めて作り上げた最高傑作だ。
どこぞの我が儘王妃が依頼してその精密すぎた機構故に製作期間が長引き、生前持てなかった代物より充実している、と父親は言って自慢していた。
そんな物を贈るとは仕事で殆ど会ったことの無い父が自分を愛しているという証拠だとテルは思っていた。
時計を胸のポケットに入れて、他にも業務に必要な物が収まっていることを確認してテルは始業準備を始める。
テルはアルカディア中央鉄道学園に入学して鉄道職員に成るべく学業にいそしむ日々だ。
だが、学園の勉強は座学だけでは無い。学園内の実習もあるが、現場へ実際に派遣されての研修もある。
エギュプトス州首都アウグスティアに近いザガジグ線ブバスティスという農村の駅が今回のテルの研修先だった。
本線から外れた支線の駅で列車の本数は一時間に一本程度。
新帝都南にあり州全体が皇帝私領に編入されるほど古代から豊かな穀倉地帯である。
だが結構な、ド田舎であり、駅の職員はテルの他に駅長しかいない。
「駅長は一人でやっているんだよな。僕がいないときは一人でやっているんだよな」
駅の業務は多岐にわたる。
国鉄に入社するには現業部門で臨時雇いとして一ヶ月以上働き、所属長の推薦を受けてようやく入社試験を受けることが可能であり、合格すれば鉄道学園に入れる。
テルは試験をクリアするため新帝都の中央駅で臨時雇いとして働いていたが数百人もいる大規模駅のため、完全分業制だった。
駅長のご厚意で様々な職場を体験するためにローテーションで各職場を回ったが、どこも単一の仕事、与えられた仕事をこなすことに特化している。
一方、駅長と二人しかいない駅では、仕事量が大幅に少ないとは言え、やらなければならない仕事の種類が多いため、非常に忙しい。
特に短時間で準備を整えなければならない始業は大変だ。
「まあ、いろいろな仕事が体験できて良い研修にはなるけど」
学園は二ヶ月単位の学期を採用している。
必要な単位を修得すれば、二ヶ月の授業、一月の研修あるいは休暇を学生は自由に選び取得することが出来る。
通常は二ヶ月間授業を受け、一月の研修のあと一月の休暇をローテーションで取ることが多い。
だがテルは家で兄弟姉妹のもめ事に巻き込まれたくないので、研修を二回連続取得している。
授業と研修で使われる二ヶ月の内、七週が課業で残り一週が休暇となっているし、研修中でも十分に休みはあり、テルには十分だった。
二十四時間、数多居る兄弟姉妹が代わる代わるやって来て二十四時間潰されるより、キチンと休みを取れる学園の授業、兄弟姉妹から物理的に離れられる研修の方が良い。
そんなわけでテルは気合いを入れて研修に身を入れていた。
まず、駅設備の点検。使う機材に異常が無いか点検する。
切符の番号を確認し相違がないか、金庫のお金は記録通り残っているか、配電盤は異常ないか、非常用発電機は作動するか。
駅事務室が終われば、外に出て設備の確認。
ホーム異常なし、レール異常なし。照明異常なし。
そして事務室脇のレバー、ポイントと信号の切り替え装置を確認する。ド田舎のローカル線のため電動式のポイント切り替え装置はない。手動で切り替えるのだが、非常に重い。渾身の力を入れてレバーを動かす。
「なんか重たいな。保線区の人に見て貰いたいな」
ポイントのレバーを動かし確認してテルは言うが、無理だというのは判っている。それでも嘆くしか無い。
一応学園で勉強したことを実践して何処の動きが渋いのか確かめている。だが、発見できない。
重大局面で故障しないことを祈るだけだ。
設備の確認が終わるとテルは時間を確かめ駅舎の北側にある百葉箱を開けて気温と湿度を確認し記録する。
鉄道の安全な運行のために気象予報を行っていたときの名残で駅員は毎日決まった時間に気象記録を取る。
気象台に気象業務が移管された後も、設備管理の為、例えば気温の急激な変化によりレールが延びたり縮んだりして破断が起きないか警戒するために使われている。
気象台の観測地点は疎らだし、局地的な天候の変化もあるため、各駅に百葉箱が設置され駅員が常に観測しているのだ。
地味だが疎かに出来ない作業だった。懐中時計の寒暖計と今の気温がズレていないことを確認して扉を閉じる。
次いで、風力計の観測。規定以下に収まっていることを確認。規定以上ならば運行中止なので重要だ。
風が強い時はしょっちゅう確認しなければならないが、今は無風状態なので大丈夫。
全て終わるとテルは駅事務室に戻る。
準備が終わったことを駅長に報告するのだ。
だが、駅事務室に入っても駅長の姿はなかった。
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