最終防衛戦線、武蔵野戦記

温泉カピバラ

第1話 知られざる武蔵野の秘密

 その日、総理官邸で緊急の閣僚会議が開かれた。


「総理、ご決断を!」


 官房長官が緊迫した面持ちでそう告げた。


「本当に、間違いないんだな?」


 内閣総理大臣、袴田孝蔵は眉間に皺を寄せながら重い口を開く。袴田の視線の先にいたのは、防衛大臣である猿渡だ。

 猿渡は額の汗をハンカチで拭いながら、


「ま、間違いありません。地球に接近したハレー彗星の一部が分離し、直径一キロもある巨大隕石が日本の……関東圏に向かって落ちてきます!」

「時間が……もう無いのか」

「はい、残念ながら関東に落ちるまで、あと一時間もありません!」


 総理の袴田は眉間に手を当て、苦しそうに顔を歪めながら瞼を閉じる。

 しばしの沈黙―― 閣僚たちが息を飲む中、袴田はゆっくりと瞼を開く。


「やむを得ん……オペレーションαを発動する!」



 ◇◇◇



 埼玉県所沢市にある、ところざわサクラタウン。

 日本最大級のポップカルチャーの発信地として、イベント、ホテル、レストラン、書店、神社、ミュージアムとあらゆる文化が詰め込まれたアミューズメント施設。

 特に目を引くのが施設の一つ、武蔵野ミュージアムのデザインだろう。

 まるで大地から隆起したような巨大な岩。間近で見れば、その斬新さと大きさに圧倒されてしまう。

 建物に入れば、あらゆる物を展示するグランドギャラリーや、大量の本をユニークに展示したエディットタウンなど、来館した人々を楽しませる要素が目白押しだ。

 そんな来館者の笑顔を、館長である田崎は目を細めて見ていた。


「ねえねえ、おじちゃん! テレビに出てた本屋さん、どこにあるの?」


 小さな女の子が田崎を見上げながら聞いてきた。田崎はしゃがんで、女の子にニッコリと微笑む。


「ああ、それは四階だよ。行けばすぐにわかると思うよ」

「ありがとう、おじちゃん! バイバイ」

「うん、バイバイ」


 手を振って去っていく女の子に、田崎も手を振って答える。

 ほっこりした気持ちになっていた時、胸ポケットに入れていたスマホが鳴り出す。それはいつも使っている通常のスマホとは違い、緊急事態の時にかかってくる物だ。

 田崎は悪い予感がして、すぐに電話に出る。


「はい、田崎です。はい……はい、ええ、分かりました。すぐに準備を始めます」


 電話を切った田崎は、すぐスタッフルームに電話をかける。


「田崎だ。内閣官房から連絡があった。……ああ、そうだ。オペレーションα、第一種戦闘態勢に入る」


 田崎が電話を切った瞬間、非常ベルが鳴り響く。施設内にいた来館者やスタッフは一様に驚いた。


『来館されたお客様にお知らせいたします。館内の一部で火災が発生いたしました。スタッフの指示に従い、すぐに避難して下さい。繰り返します……』


 それを聞いた来館者は慌て始め、スタッフに誘導されてミュージアムの出口に向かう。田崎も足早に移動した。


 約二十分ほどで館内にいた全ての来館者を避難させたスタッフは、厳しい顔で館内の階段を下り、地下へと赴く。

 小走りで移動する中、着ていたスタッフユニフォームを裏返す。それはリバーシブルの服になっており、赤と黒のデザインで胸元には『防衛省』の文字がある。


 スタッフの全員が武蔵野ミュージアムの地下二階にあるコントロールルームに勢揃いした。そこは壁一面に巨大なスクリーンがあり、階段状に並べられたデスクには専用のPCと周辺機器が用意されていた。


 先に来ていた田崎が巨大スクリーンの前に立ち、スタッフ全員を見渡す。


「ここにいる人間は全員分かっていると思うが、国家を揺るがす危機が訪れた。巨大隕石が関東に向かっている。時間がない。すぐに準備に入ってくれ!」

「「「はい!!」」」


 二十人の職員はそれぞれのデスクに座り、ヘッドホンを装着してPCに必要なパスワードを入力してゆく。

 正面にある大型モニタには上空の映像が映し出され、その右端には隕石の落下予測時間が表示されていた。

 残り二十四分――


「システムオンライン、各階のロックボルトを外します」

「隔壁閉鎖、迎撃態勢へ移行シークエンススタート!」

「緊急事態のため第一から第七までのプロセスを省略、一階から四階までの安全装置を解除」

「了解、全システム正常値」

「続けて五番から十七番ハッチ、全て開きます」

「エネルギー供給開始。動力伝達、問題なし!」

「コンジットの状況、オールグリーン! 館長、準備整いました」


 職員から報告を受けた田崎はゆっくりと瞼を開き、目の前のモニターを見据える。


「武蔵野ミュージアム、迎撃態勢に入る!」

「「「了解!!」」」


 席の離れた職員二人が同時にEnterキーを押す。

 その瞬間、建物自体が揺れ始めた。


 地響きと共に伝わってくる振動に、外に避難していた来館者たちは口々に驚きの声を上げる。地震だろうか? そう思っていると目の前にある四角形の巨大な岩の造形物、武蔵野ミュージアムが中心から真っ二つに割れ始めた。

 ゴゴゴゴと重厚な音を響かせながら、巨大な岩は左右に動き出す。

 二つに別れた武蔵野ミュージアムの地下から、ゆっくりとせり上がってくる物がある。それは人影、全長三十メートルはあろうかという、巨躯の人影。

 背中には二門の砲塔、全身を覆う鋼鉄の装甲、肩や足には厳ついミサイルポッドまで付いている。

 それはまごうことなきロボットだった。

 目の前に広がるSFのような光景に、何が起きているのか分からない人々は、あんぐりと口を開け、ただ見ているしかなかった。


「全システムオンライン」

「エネルギー供給開始!」

「各起動部、及びリアクター系統異常なし」

「館長、全て問題ありません!!」


 田崎は一つ頷くと、サブモニターに映る巨大ロボの姿を見る。


「国土防衛用最終決戦兵器、D-DARA・BOCCHI――起動!!」


 巨大な人型兵器は目を赤く輝かせ、背中に搭載した二門の砲塔――

〝超電磁加速砲″を遥か上空へと向ける。


「メインケーブルを主電源に接続します。エネルギー充填開始!」

「エネルギー供給正常。温度上昇、冷却フィン稼働。エネルギーチャージ完了まであと一分」

「全駆動箇所、問題なし! チャージ完了まで、あと五十秒」


 コントロールルームに詰めた職員たちが、自分の担当する各駆動部を確認しながら、超電磁加速砲のカウントダウンを始める。


 巨大ロボットの周辺からは湯気が立ち上り、磁場の乱れから小石が空中に浮き始めた。空気は熱気を帯び、砲門の先端に光が集まる。


「超電磁加速砲、エネルギー充填完了! いつでも撃てます!!」


 正面のモニターに、飛来する隕石がかすかに見えた。田崎は大声で叫ぶ。


「超電磁加速砲―――― 発射!!」


 二門の砲塔が爆発するように火を噴いた。あまりの衝撃で避難していた人々が爆風で吹き飛ばされる。

 プラズマと共に放出された弾丸は、凄まじい勢いで成層圏に達した隕石に直撃――


 眩い光が空を覆う。


 超高速で衝突した弾丸が、隕石を貫き爆散させる。だが隕石は大きく破損するも、三つの巨塊となり成層圏を抜け大気圏へと突入した。


「各員、対空迎撃ミサイル用意!」 


 田崎の号令で職員たちは、手早くキーボードを操作する。超高エネルギーのプラズマを発生させたD-DARA・BOCCHIは、体中の放熱フィンから蒸気を噴き出していたが、新しい命令を受けミサイルポッドや胸部と肩のハッチを開く。

 広く散らばった隕石の破片を、AIが高速で自動計算しロックオンする。


「対空迎撃ミサイル、発射!!」


 田崎の掛け声と共に、ミサイルポッドから40発のTHAADミサイル、胸部及び肩に搭載された120発のMIM-104 パトリオットミサイルを一斉に発射。

 噴煙を上げながら、マッハ5で対象に向かうミサイル。

 上空から飛来する隕石の残骸に次々と着弾。

 光が弾け、爆炎が広がり、煙が空を覆う。爆発音は地上にまで聞こえてきた。

 コントロールルームいる職員たちは息を飲む。

 ありったけの弾薬を撃ち込んだ。これで破壊しきれなければ打つ手が無い。

 不安気な空気が場を支配する中、煙を抜け降り注ぐ破片はどれも小さな物ばかり、隕石は粉々に粉砕され、大気圏で燃え尽きてゆく。


「対象物の破壊を確認! 成功です!!」


 沸き起こる歓声。職員が抱き合い、喜びを爆発させる。

 その様子を見ていた田崎も込み上げるものがあった。特殊防衛任務のため武蔵野に赴任して約一年、初めての任務をやりとげることができた。

 それもここにいる職員たちのおかげだ。


「ありがとう……みんな……」



 ◇◇◇



 一報はすぐに官邸にも伝えられた。


「そうか……やってくれたか」


 総理の袴田はホッと胸を撫で下ろす。蒼白な顔をしていた閣僚たちも安堵の息をついていた。防衛が失敗していれば関東圏は地獄絵図になっていただろう。

 第三次世界大戦を想定して造られた防衛施設『武蔵野ミュージアム』が、こんな形で日本を救ってくれるとは。

 袴田は武蔵野に思いを馳せる。


 ありがとう、武蔵野ミュージアムに勤める陸上自衛隊第1師団の隊員たち。

 ありがとう、田崎第1師団長。

 ありがとう、最終決戦兵器D-DARA・BOCCHI――


             〈おわり〉

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