後半

僕だけをおいて

周りの者は大袈裟に年を取る

もう十二にもなったというのに

周囲の光景は引き攣って見える

引き伸ばした皮膚が皺になって浮かぶ

親の顔だというのに、祖父母にしか見えない両親

彼等の皺が急激に増えた様を見てしまってから

親戚の出産のグロテスクさに耐え切れなくなった

従兄弟という名の爺婆だけを知っている


誰彼も老いて見えるのなら

同い年も小学校には居ない──失だけを除いて

熟しきった退屈

吐しゃ物の臭いがほんの少しだけ漂う

5限目の室内

失の背中が目に見えて暗いのをみた

彼女はこのところ何かに落ち込んだ素振りをして

着席した席から誰も寄せつけていない

寂しさを紛らわすように

彼女はひとり爪を噛む

誘い─彼女がそうしたように

僕も彼女を励まそうと考えた


ひとりで居ることに

耐え切れないでしまったなら──

遠くから手を出して僕は待つ

老幾人がたち去った教室は

未だ瑞瑞しい記憶が何処からかする

失は黙っていた

伏せていた顔をあげ

泣き腫らしの瞼を空気にあてる

黒板を見つめる失は

潤う瞳にじっと目を瞑る

「暗いから早く帰ろう」と僕は言う

ゆっくりを瞬きをした

それが返事だった。


手を重ねて、僕らは歩いた

乾ききった風が通る秋でも

まだ温かさと瑞瑞しさが消え残っているような気がした

僕の目に映る景色はおかしい

僕と、失が居るからこそ起こる違和感

絵の上では泰然とした光景でも

現実は風狂になってしまったのか

僕ら以外の子供は居なくなってしまった

そう思えてしまう。

そう

そうなのか─

気付けば手は離れて

失は立ちどまる僕を見ていた

「寒いのかな、からだが震える」

木枯らしが吹いている

早晩温もりを全て持ち去らんばかりに。

失は手を差し出す

「怖いんだよ、きっと」

冷えきったお互いの手

「こわい。そっか…

怖くて震えているのか」

再び手を重ねて、歩きだす彼女と僕

冷ややかで手の形がハッキリとわかる

温まることはなくても、風に持ち去られはしない

「私も怖い、なみだが出るくらい」

「泣いていたのは怖いから?」

「そうかもしれない。

でも、それだけじゃない」

涙を浮かべた目が真っ直ぐ先を見る。

風はどうしてこうも寒いのだろうか

夜の路はこんなに淋しいのだろうか

あたたかい涙をすぐさま持ち去った夜風

瞳は震えている

「変なの

目に見えるものがおかしい」

やっぱり

失は僕とよく似ている──



遠くから金木犀の香りがする道

逢魔ヶ時も過ぎて、橙と寒色の空は

黒の灯に押し潰され消えていく

「わたしも君も

同じ景色を見ていた」

風が凍えきってしまいそうな夜が近づいて

切りつける冷気が、節々の痛みにそっと寄り添う

鬼ごっこをした幾日前の疲れは未だに重苦しく絡みつく

僕は

失に手を引かれ

震える足を交互に─歯切れ悪く

動かして歩いている。

地面が後ろへ流れていくのを見つめると

服の後ろへと通り抜けていく風に

思考の一つが奪われる

「あべこべな僕らだけ。

他が全て流れて狂っている」

不意に見慣れた地面が現れ、横を見る

ひとりも居ない遊具を照らす街灯

あのときの公園が、顔つきを変えないまま佇んでいた

「三日前に飼犬が亡くなった。

だから泣いていた、怖いんだ

居なくなるのは非情だと思えてしまう」

「大切に過ごした時間の分だけ

喪った怖さがこだまする

でも、それだけじゃなかった。

私ら若すぎるよね」


失の言葉を、頭に入れる余裕はなかった

身も心も凍えきってしまって、死にそうで

「あ…」

気づけば

手は再度僕の手を離れていた

僕らはひらけた交差路に居て

動かない腕を眺めて

そうして

車に轢かれのだと初めてわかった。


考えてみれば

失が年相応でいて、同級生が皆老いている

それなのに、僕も僕で若いのは解せないことだ。

僕等は最期を見ていた

なにも動かない

なにも無い腹から、孤独な息が凍りつく

失が近くで倒れているのを感じた

動かそうにも、凍えてしまった

倒れ伏したままの体

動かす為の痛みもわからないから

今以上に楽になる力も湧いてこない

早世の未来に僕は居ない。

…僅かな軽さで

僕の背中にそっと触れた

失の凍りついた指

「…もう怖くないね」

「怖いよ、死ぬんだから」

計ることのできない冷たさの温もり

云い難い空間にふたり、何処からかする

千切れた皮膚から零れたアタタカイ匂いを

冷えきった肺に吸いこんで

そうして吐く息は

雪のように真っ白で、徒らに消える。


「私たち

ちっとも幸せじゃなかったね」


気付かないうちに冬は来てしまう

「─もう動かないみたい」

指の感触が落ちたきり、失はそれから何も言わない

涙のつぶは風が余さず持っていってしまう

僕は凍えきってしまうまで

ひとつひとつ、あの教室に居る

同級生の顔を思い出していた。

泣きたくなるような朗らかな顔をしていた彼等を

羨む気持ちの前に

風は──矢っ張り

僕の涙すら

全部持っていってしまったんだ

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コドモノ集マリ 豆炭 @yurikamomem

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