第54話 鉄の嘶き
風が
風が躍る。
ようやく目が慣れて来たのか、だんだんと日向ちゃんの動きを追えるようになって来た。
正面から唸りを挙げて迫るラリアットを激しく前転しながらの跳躍でかわし、ゴリラの首筋にチャクラムで一撃。そこから前につんのめるように体勢を崩したゴリラの後頭部を踏み台に背面宙返りしつつ、突っ込んで来た別のゴリラのヘッドバットをいなす。
着地地点で待ち構えていた更に別のゴリラの踏みつけ攻撃を踊るようなステップで回避し、ふくらはぎへすれ違いざまにチャクラムで裂傷を刻みつつ股下をすり抜ける。日向ちゃんはその勢いのままビルの外壁を垂直に駆け上がり、斬られた右足を押さえて踞るゴリラの頭上を取った。高く掲げた左足に装備された舞踏靴の踵部分にある、鉤爪のような刃が暴風を纏ってギラリと光る。
次の瞬間、かかと落としという名の死神の鎌がゴリラのうなじを深々と抉り斬った。ゴリラの瞳から光が消え、路面に倒れ伏すと同時に光の粒と化して爆散する。
着地、ステップ、側転と流れるように繋げ、日向ちゃんは怒号を上げるゴリラの陰に入って私の視界から消えた。
思えば、こうして日向ちゃんの戦いの様子をじっくりと見たことはなかったかもしれない。初めて現夢境に囚われた夜は色々と余裕がなかったし、前回はビルの中に匿われていたし。
日向ちゃんは私の視界を遮っているゴリラの首を跳び後ろ回し蹴りで刎ね飛ばしながら再び姿を見せた。残り3体。このまま行けばもう数分もしない内にゴリラは全滅するだろう。
……と、思っていたんだけど。
「……っ!?」
不意に、日向ちゃんが戦っているのとは別の方向から、重たい金属がアスファルトを連続で叩く音と振動が聞こえて来た。
私は音の方向に一瞬だけ身を乗り出し――そしてすぐに引っ込めた。視界の先にいたのは、一言で言い表せば“機械で出来たケンタウロス”(あるいは“ケンタウロス型の戦車”か)のような姿をした巨大な
あれも攻略ノートで見た記憶があった。名前は【大戦騎馬《アグロタンク》】。
(あれはヤバい……絶対にヤバい……!)
本能的な恐怖が腹の底から湧き上がる。何しろあれはあの兄妹が戦闘力と危険性の両方に星5の評価を付ける程の強敵だ。当然私が見つかればどうなるかなど考えるまでもない。
だがゴリラの巨体で視界を遮られているのか、はたまた戦闘中で脳のリソースを傾ける余裕がないのか、日向ちゃんは迫り来る脅威に気付いていない。私は覚悟を決めた。
「日向ちゃん!後ろ!!」
「ッ!!!?」
間一髪だった。
その巨体からは想像もつかないような大ジャンプ。逃げ遅れたゴリラが1体キャタピラに踏み潰されて消滅し、着地時の衝撃波が日向ちゃんの身を薙ぎ払う。
「この……程度……ッ!!」
受け身を取った日向ちゃんに向け、ケンタウロスは無慈悲に右腕の砲口を向けた。
しかしその直後、
高空から降って来たエメラルド色の閃光が割って入り、日向ちゃんの身を砕かんとする砲弾を受け止めた。灰色のスクリーンが晴れた時、そこに突き立っていたのは3つの宝石が埋め込まれた巨大なブーメランだった。
「あれは――!?」
私がそれをしっかり確認する暇もなく、いつの間にか飛来していた2本目の巨大ブーメランがケンタウロスの首を狙う。しかし
それを器用にキャッチしつつ、日向ちゃんの前に銀の輝きが舞い降りる。
「すまない。遅くなった」
「いや、タイミングバッチリだよ。おにぃ!」
突き立ったブーメランを引き抜き、暁くんはケンタウロスを睨む。
「片を付けるぞ」
「オッケー!ファーストナンバー、行ってみよう!!」
兄妹はお互いの武器を片方ずつ交換し、チャクラムを正面に突き出して逆の手でブーメランを振りかぶるように構えた。丁度鏡合わせのような格好だ。
「――【
「――【
力ある言葉を発し、2人は
そこへ息を合わせた2人が同時に飛び込み、強烈な斬り上げをお見舞いしながらつむじ風を大竜巻へ急成長させた。ケンタウロスの動きは唸りを上げる暴風にて完全に封じられる。
竜巻の力を借りて上空へ舞い上がった2人は錐揉み回転しながら、狙い違わず戻って来るブーメランの上に着地。
そして――
「【
ブーメランのスピードに乗った2人は両側から挟み込むようにチャクラムを一閃し、重厚な砲塔が付いた
蒼き月の祓夢師 月見夜 メル @kkymmeru
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