焦燥
@singo1982
第1話
コースケ:理沙?今どこ?
直ぐに既読になる。
理沙:おはよう。大学休みだから、家だよ。
コースケ:やっぱり駄目みたい、行けなくなっちゃった。
理沙:そっか、、。家来る?
コースケ:いいの?行く。今、上井草だから、まだ掛かるけど。
理沙:了解。
スマホをしまい、反対側のホームに向かった。
ベンチに座り直して、電車を待つ。理沙の方から家に招いてくれたので、耕輔は何となく安堵した。
先程までとは逆方向の電車に向かうので、心は軽かった。
欠席の連絡をアプリで済ますと、喉の渇きに気づいて、カバンの中からペットボトルのむぎ茶を出す。
部活の練習着を見ると、心が痛んだが、努めて考えないようにはした。
しかし、各駅停車にのり、スマホのゲームをやりだすと、中学時代のハンドボール部の仲間達や監督の顔が浮かんできた。
耕輔は小さな時からハンドボールを始め、中学時代は部活で一緒懸命に取り組んだ。
その甲斐があって、東京都の選抜チームにも選ばれた。
ただ、周囲は耕輔の実力とは思っていなかった。確かにチームでは中心選手ではあったが、それよりも耕輔の部活の監督が、選抜チームを努めた監督の大学時代の後輩という関係で、だから選ばれたと思われていた。
選抜チームでは、耕輔はついていくので精一杯であった。
ゲームを止め、車窓から景色を眺める。
左手に新井薬師が見え、通り過ぎた。
時刻はまだ8時台でほぼ満員電車である。
周囲の人間が吐く息が忍び寄ってくるようで、何か重苦しさを感じる。
高田馬場から山手線に乗り換えたところで、また一度理沙にLineした。
コースケ:今、高田馬場。
理沙:り。東横線経由?
コースケ:うん。
理沙:気をつけて。
スマホをしまうとつり革に掴まりながら、目を閉じた。
(理沙に早く会いたい。もう駄目だ、話しを聞いてもらおう。早く理沙を抱きたい、抱きしめて欲しい。)
理沙の顔が浮かんだ。ポニーテール、の少し茶色髪。リス顔と呼ばれる顔。色白で透き通ったような肌。身長は高く、耕輔と同じくらいある。
長い手足、スリムでありながら、豊かな胸。
3日前に会った時の戯れが思い出され、興奮したまま、渋谷駅で乗り換えた。
少し元気を取り戻し、東横線に乗り換えた。
山手線から東横線のホームに降りて行く時に、バイブがなった。
らいと:おまえ、また休み??まったくだめだな。
返信は出来なかった。
嫌な汗が流れて、長い下りのエスカレーターから落ちそうになる。
らいと、は同じハンドボール部に通う同級生だ。
らいととは中学生の頃から隣の中学校同士で、市の選抜に一緒に入ってた。
ただ耕輔は都の選抜まで進んだが、らいとは落選していた。実力は互いに譲らないと思っていたので、らいとはかなり落ち込み、それから耕輔をライバル視するようになった。
進学先も先に耕輔が決めていた高校に入学してきた。
東横線のホームでやっと、
耕輔:ごめん、体調が悪くて。
とだけ打ち、コーラを一気に飲み干した。
気分を変える為にゲームに集中しようとするがだめであった。
涙が滲んできた。
高校で頑張って活躍するという目標や全日本に入るという夢が消えていった。
自分の実力がそれに見合わないどころか、高校でハンドボールをするのも付いていけずに苦痛だった。
そんな状況では部活に中でもバカにされる、完全に浮いた存在になっていた。
何もかもしたくなくなっていた。
追い討ちをかけるように、スマホのまたバイブが震える。
らいと:言い訳ばっかだな、やめちまえよ。
と、lineが入った。さすがに返信する気にもならず、
(そのつもりだよ、、)と力無く呟いた。
東横線は思っていたより空いていた。
耕輔はとにかく学校を辞めることしか考えられなかった。
憂鬱な気分は菊名まで続いた。
菊名に着く時に理沙からlineで、お昼を用意する、と知らされた。
母が作ってくれたお弁当は鞄に入っているが、理沙の手作りは違うありがたさだ。
アサリがあったので、ボンゴレビアンコにするという。
ボンゴレは耕輔の好物であり、早く食べたくなった。
根岸駅が近くになると、石油列車の群れが耕輔を迎えた。改札を出て本牧通りを目にする。
車の通りがやたらと乱暴に行き交う。嫌な廃棄ガスが梅雨の湿気と交じり、耕輔の憂鬱と絡みあい、胃が少しムカつく。
右手に進み真っ直ぐ進んでいくと、、住民しか知らないような、細い横路を左に入っていく。
行き止まりに階段があり、右手にを登って行く。うねうねとした階段を上がりながら上へ上がっていく。
アスリートの卵だから、急な階段とはいえ歩くくらい訳はない。
理沙とは幼馴染みであった。近所の、と言っても耕輔の祖母が根岸の丘に昔住んでいて、遊びに行くとよく遊んでいた。
歳は理沙が三つ上であった。
耕輔の祖母がなくなり、祖母が一人で住んでいた洋館は処分された。
業者に引き渡す日、近くのレストランで理沙の両親と理沙、耕輔の両親と耕輔の 6人で夕食に出掛けた。
近くのカジュアルレストランからは海が見えた。
耕輔が 10歳の頃である。
それからは、根岸に足を向けることもなくなっていた。
再会したのは、耕輔が中学三年生の秋であった。たまたま家族と横浜の中華街に食事に出掛け、車だったのでついでに根岸まで足を向けた。
昔良く行った園を散策していて、馬がいる広場でポニーを眺めていた。
暖かな陽光と、進路も早々と決めて希望に向かい歩き出す自分とが調和している幸せを感じていた。
父と母は遠くへ離れて座っていたが、隣で犬を連れて立っている綺麗な女性と何やら話しをしていた。
母と女性がこちらを見て笑っていた。
耕輔は何やら恥ずかしくなり、気付かないふりをしながら地面の芝生を見ていた。
「耕輔~」
母が呼ぶ声がして、顔を上げると三人がこちらを見ながら手を振っている。
女性が連れているフォックステリアが盛んに耕輔の方に来たがっていて、リードから逃れた。
「ルパン、ストップ~」
聞き覚えがある声だった。
「耕輔君、久し振り!誰だが分かる?」
仄かなフレグランスの香りと理沙の視線を受けて固まってしまった。
「ほら、おばあちゃん家の近所でよく遊んでくれた、、」
母の言葉を父が遮った。
「覚えているに決まってるだろう、高学年の時なんだから、まったく母さんは、、」
と笑った。
「理沙ちゃん、、」
「そうだよ、随分大きくなって、イケメンになったね。」
「理沙ちゃんこそ、、」
顔を赤くした耕輔は次の言葉がうまく出て来なかった。
理沙が家に父と母もいるのでお茶していって下さい、と言うので、初めは急な事だしと遠慮をしていたが、結局は訪ねて行く事になった。
理沙:今どこ?
コースケ:公園の下?の方の坂を上がってくとこ。
理沙:り。
理沙:雨降りそうだね。傘ある?
コースケ:ない。
理沙:公園の入口で待ってる。
コースケ:ありがと。
理沙の家を訪ねて行ってからは、すぐに関係が近づいた。
少し歳が離れているので、同年代同士で見せあうような気遣いやプライド等は皆無で、恋人同士が付き合い出して飽和点に達してから得られる、安心感というようなものにすぐに包まれた。
耕輔が高校に入学してからすぐにつまづいた時にも、理沙は励ましたことはあったが、耕輔の弱音や愚痴を否定することはなく、
「耕輔の思った通りに行動力して、耕輔が笑っててくれるのが一番。勉強やバスケが出来ようが出来まいが、学校に行こうが辞めようが何にも関係ないよ。」
といつも言っていた。
坂を上がって、今は寂れてしまったレストランを過ぎ、在日米軍の消防署を右に曲がると、そこは二人にとってよく遊び再会した公園の一帯だ。
公園を左手に見ながら進むと、理沙が反対から見えた。
傘を両手に一本ずつ持ちながら、バンザイのように両手をあげながら小刻みに手を振っている。
耕輔は笑顔で理沙に駆け寄ると、
「ありがと。」といい理沙を見つめた。
「ううん、いらっしゃい。遠いところを、、」と理沙は答え、笑顔を見せた。
半袖の白いTシャツから理沙の白く健康的な腕が伸びている。
下はプリーツの入った淡い薄ピンク色のロングスカートで、甲の部分が白く覆われたサンダルの格好でよく似合っていた。
「雨降りそうだけど、少し寄ってく?公園。」
「理沙ちゃんが寄りたいなら寄ってこう。」
理沙はそれにはわざと答えずに、耕輔の手を取りながら中に入っていく。
「ポニーちゃんを見たいのよ。」
「わかったよ。」
少し降っていくと芝生の広場が見える。周囲を木々に覆われた広場には、子連れがチラホラと見えるだけで、元々競馬場跡地で米軍関係者のゴルフ場だった広い公園は、静かだった。
「あのさ、理沙ちゃん、、」
「なあに?」
「何だろう、、今はバスケ辞めたくて、、」
「、、辞めたくてしょうがない?」
「うん。」
「周りには、相談した?」
「少し。中学の時の先生達や、お父さん達に。」
「何だって??」
「うん。先生達は勿体ない、バスケをやって色々勉強で学べないことを学べるのに、って言うのと、辞めたら学校に残れないじゃん僕、バスケ推薦だから。だから辞めるのならば転校しなさい、ってこと。」
「うんうん。」
理沙は傘を二つとも右手に持つと左手を耕輔の右手に繋いできた。
「お父さんは、最後までやりとおせって。」
「耕輔はどう思ったの?」
「、、。バスケ、つまらなくなって、というか才能ないなって。それと、何もバスケやるって何かの為にやるのではなくて、ただ楽しいから、上手くなって活躍したいからやるのであって、社会に出たら役立つからとか高校の先生達に言われても、違うなと思うし、仲間やセンパイとも親しめないし、、というかいじめっぽいし、」
「うん。才能はないとは思わないけど、耕輔にとっては壁なのかな?あと、何かの為に、っていうのは、大人はよく言うよ。理沙も言うかもしれない。でもただ好きで活躍したいという動機から摺り変わっていくんだよね何故か?なーんてことはどーでもよくて、、あれっ??閉まってる。ポニーのとこ」
「ほんとだ。」
「そっか、今日は月曜日だった。ごめん。」
理沙が謝りながら寄りかかってくるのを受け止め、ベンチに座った。
梅雨の湿気を含んだ風が吹く。
灰色の厚い雲が重そうに漂っているのが見える。
座っていると、理沙のTシャツを力強く支える胸が見え、Tシャツの隙間から白いレースのブラジャーが見える。
耕輔の方から唇を合わせにいくと、軽く答えてくれた。
理沙のしなやかな身体を抱き寄せると、青い欲望とこの先への不安や正体の見えない焦燥感が耕輔に波のように打ち寄せてきた。
「耕輔、、?大丈夫?」
「、、。うん、もう逃げたい。理沙、早くひとつになりたい。」
耕輔はそう言うとすぐにまた唇を求めた。
それに応えながら、理沙は耕輔の腰に手を廻し立ち上がらせた。
「、、いいよ。早く家に行こう。」
二人が公園をでる頃に雨が振りだして、あっという間にザーザー振りとなった。
急な坂を降っていくと、根岸湾の製油所から炎が見えた。
傘が役に立たないくらいの雨脚で傘を畳んでずぶ濡れになりながら走った。
左手に綺麗な校舎の進学校があり、グランドに沿うように進むと右手にくすんだオレンジ色の丸い瓦がのった、真っ白いメゾネットマンションが建ち並ぶ一画がある。
理沙の家はそこの角にある、2階と3階だ。
玄関まで階段で上がると息を整えた。
ドアを開ける前に理沙が突然服を脱ぎ出した。
びっくりした耕輔は佇んでしまった。
「何してんの?早く脱いで」
「ここで?」
「そう」
雨音が強いので理沙が怒鳴るように言う。
理沙がこんなに大きい声を出すのを初めて聞いた。負けじと大きな声で言い返す。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。見えないし玄関濡らしちゃうから。」
ずぶ濡れの服を一旦バスルームに放り込み、タオルで身体を拭く。
さすがにお互いに下着はバスルームで脱いだ。
階段を一直線に上がり、理沙の部屋に駆け込む。
大きな窓に、海から勢いよく吹く風にのった雨がぶつかって跳ね返って落ちる。
耕輔は肌寒さを感じていたが、理沙と向かいあい、理沙の全裸を見ると、下半身が反応してすぐに忘れた。
理沙の薄いピンクの唇にキスをしなかまら、胸に触れる。やがて舌で胸を愛撫し始めると理沙は耕輔の頭に手を回した。
耕輔は、今、存在していること、の不安感や恐怖感が、強い欲望を加速する力となっていることを自覚は出来ていなかった。
ただただ何かに追われる焦燥感を感じ、夢中で何度も理沙を求めて、果てた。
二人はいつの間にやらそのまま寝てしまったが、耕輔は先に起きた。
窓の外の雨は止んでいるのが見える。
古く重いたてすべり窓の取ってを持つと理沙が目を覚ますのがわかった。ガチン、と音をたてながら開くと、心地よい涼しい風が流れてきた。
いつの間に寝ながら泣いていたのか、涙が乾ききれずに頬に滴なって一粒落ちた。
「僕は逃げる、もっと良い場所に。」
何とはなしに呟いた耕輔に、理沙は
「どうしても良いのよ、笑顔で生きていけるのなら」
と呟いた。
耕輔は、部屋に入ってきた風に潮の香りを感じた。
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