エピローグ


 女心と秋の空は移り変わりが早いと言われているように、過ごしやすかった日々はあっと言う間に過ぎ去り、厳しい寒波がゆっくりと押し寄せて来た。


「これも…チュウニ?なんですか?」


 ソファにどっかりくつろぎながら東京観光パンフレットに目を通していた蓉子は顔を上にげた。

 画面の向こうに映るのは若者の街でお馴染みの渋谷だった。

 人や化け物達が個性的な服装を着こなし、楽しそうにギャーギャー騒いでいるのが映し出されている。その中には吸血鬼の服を着ているのもいた。


「そうか、今日はハロウィンか」


 10月31日。

 ケルトの祭りだった。この日は、死者の霊が家族を訪ねてくると信じられ、有害な精霊や魔女から身を守るため仮面を被ったり仮装をしたりする儀式だ。

 日本で例えるのならばお盆やお彼岸のようなものだ。


「ハロウィンって、確か日本にはない行事ですよね?ありなんですか?」

「ありじゃね?クリスマスだってありなんだからな」

「おぉ、流石はぬらりひょんが化け物のトップに君臨する国です。懐の寛容さが違う」

「お前、それ褒めてんの?」


 厨二といえば、サキュバス案件で関わった晴流弥のことを自然と思い出してしまう。

 後始末を蓉子とエドワードがしている間、ずっと本物の吸血鬼であるエドワードに興奮して話しかけ続けていた。

 しかし、その後の晴流弥の表情は青白くなる。どうやらエドワードが彼の心を無自覚にエグッてしまったらしかった。


「あの時は、蓉子様から聞いた話とポチさんから聞いた話とで噛み合わない部分があったので色々質問してしまったのです」

「覚えとけ、厨二病っていうのは日々設定を更新する病気なんだよ」

「…はぁ?」


 太陽を怖がるといったり、人間側と吸血鬼側の晴流弥がいるという所を深く追及をしてしまったらしく、頭を掻きむしり悲鳴をあげるまでを蓉子は一連の流れとして見てしまった。蓉子は晴流弥の早期回復を祈った。


「…日々の更新ですか」

「ん?どうした」

「いえ、少し思うところがありまして」

「なんだよ?」

「今思えば、わざとだったのかなと」

「なにがわざとなんだよ」

「吸血鬼に人はわざと負けを認めたのではないかと」


 普段からコメントをしにくい話を次々と挙げていくエドワードらしい話に蓉子も思わず黙ってしまった。

 しかし、続きを聞かずにはいられなかった。


「なんで、そんな事を思ったんだ?」

「あまり深い理由はないのですが、人という生き物は1つの事に拘らずに色々な価値観や考え方を変えたり受け入れたりする生き物ですから、吸血鬼が退屈過ぎると死んでしまう事を仮説として立ていたのではないのかなと思いまして」

「厨二からそこまで考えるか普通」

「…あ、少しお待ちください」


 台所の方から時間を告げるオーブンの音が鳴るとエドワードは素早く立ち上がり台所へと向かう。

 今日の夕飯はカボチャのグラタンだ。

けして、ハロウィンと結びつけたのではなくスーパーで安売りをしていたからだそうだ。


「先に食べててください。僕の分は今焼いてますから」

「そんじゃあ、いただくわ」


 ポチから貰った犬柄のミトンを付けてエドワードは出来立てのグラタンを蓉子の前に置き、再び台所へ戻るとコンソメスープとサラダを持って戻って来ると同じく蓉子の前に置いた。

 焦げたチーズの匂いが食欲を刺激する。このままガフッと勢いよく行きたいが、それでは舌を怪我することがわかっているので慎重に食べ始める。


「グラタンが熱いのでアイスティーにしました」

「おう」


 エドワードから渡された甘さを控えてスッキリとした味わいに仕上げたアイスティーは口当たり滑らかでとても美味しい。

 エドワードは自分のグラタンが焼き上がるまで、正面のソファに座る。


「結局、100年戦争で生き残った吸血鬼って僕のような穏健な吸血鬼ばかりじゃないですか」

「いや、仮にもし、そうだったとしてもリスクが大きすぎるだろう」


 人の生き血が主な食事なのだが、実のところそこまで血を欲する必要はなかったというのが現在の専門家達の見解だ。

 長命すぎるが故に楽しみが殆どない吸血鬼達は人間達と戦う事で退屈を凌ぎ、その褒賞として生き血を飲んでいたのではないのかと。

 その証拠がエドワードだ。

 吸血鬼である筈のエドワードは、必要に駆られた時を除き生き血を飲まない。飲んだとしても少量で済ましている。


「そうなんです。大きすぎるリスクなのです。人というのは出来るだけ危険を回避したがる生き物です。僕の考えを証明するにしても術もありませんし」

「まぁ、そうだよな…うん」


 しばし、蓉子はグラタンを口に運ぶのをやめて考える。エドワードの言いたい事もわかる。長きに渡り、多くの死者を出した吸血鬼との戦いをあっさり負けたと言って終わらせられるタイミングを人類は逃してしまっている筈だ。

 様々な負の感情が吸血鬼に対して交錯する中で、それでも人類は吸血鬼に負けたと認めた。

 何かそこには深い意図があると考えるのが必然だろう。

 だが、しかし、


「本当のところはわかんねぇよな」

「そうですね。本当のところはわかりません」


 話はこれでおしまい。

 エドワードもこの話にそこまでの関心もなかったようで、視線をキッチンに向けていた。

(吸血鬼の絶滅の理由よりも夕飯のグラタンか)

 個人主義の吸血鬼らしくて良いと笑っていると、フッとエドワード視線が蓉子に向いた。まだ何か言い足りないのだろう。つくづくお喋りの好きな吸血鬼だ。

 蓉子の予想は見事に的中し、エドワードは小さな口をゆっくりと開いて「ですが…」の後の言葉を繋げた。


「僕の言ったことが正しければ、人類は吸血鬼を“倒す為に”白旗をあげたという事になりますね」


 くすりっと静かに微笑む吸血鬼の姿に蓉子の体は震えそのまま動けなくなった。

 それは、あまりにも「   」だったからだ。  

 そして同時に理解もした。

 人類が吸血鬼に負けを認める要員となった最たる理由がこれなのだと、

 この偉大なる吸血鬼の「   」を目の当たりにしたからなのだと。

 



 完


 





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人類は吸血鬼に白旗を上げた! @yamadayumeko

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