【震度5強】

 いつもより早い目覚めの寝起きにチェックをしたスマホの画面、そこにニュース速報のテロップが出ている。


〔午前5時43分。静岡県南部エリアを震源とする震度5強の地震が発生──〕


 見れば横浜もそこそこ揺れたみたいだったが寝入っていてまったく気がつかなかった。


「静岡・・・・東海地方・・・・」


 ひとり言が口をついて出る。

 得体の知れない不安感が少し心をよぎった。

 政府が公式に警鐘を鳴らしている南海地震を無意識に想像したのかもしれない。


「あ・・・・」


 ふいの着信。

 発信者は永池愛美。

 

「おはよう。お目覚め?」

「おはよう。うん、起きたばかり」

「今日から迎えに行くけど、その前にひと言」

「何?」

「今朝の地震だけど──」

「あ、静岡の?」

「そう」

「それが?」

「東京の御守場ごしゅば、江戸城の裏鬼門が破られたわ」

「えっ!? う、裏鬼門!?」

「そう。でも幸い一部分だけ。だから修復は出来る。ただ──」

「・・・・」


 畳み掛けるように愛美が語る驚愕の言葉の数々。

 私は圧倒され、無言で固唾を飲んだ。


「問題は誰がやったか・・・・よ」

「・・・・」


 しばしの沈黙。

 嫌な予感が走る。


「結界クラッシャー」

「あ・・・・」

「そう、三国川。たぶん間違いない」

「・・・・」


 愛美の口からその名が出るのでは、という一瞬の予感はあったが、実際に聞かされるとやはり心が動揺する。

 あの教授が・・・・本当にそんなことを──


「ちょっとごめん、あの、江戸城の裏鬼門って・・・・」

「表鬼門は北東、裏鬼門は南西。江戸城、つまり徳川幕府をガッチリ守護するために北東に日光東照宮、南西に久能山東照宮が建立されたという話。聞いたことない?」


 そう問われて私は自分の無知さを認識した。

 こんな家系に生まれながら歴史にうとく知識も乏しいことに恥ずかしさを感じた。


「まあそれはいいわ。で、問題は今朝の地震の震源地が久能山の近くらしいってこと。すぐにピンと来たわ

。あ、やったな?って」

「そういえば三国川教授、どこかに調査に行くって手紙に書いてあったけど・・・・じゃ、目的はそれだったってこと?!」

「でしょうね。でも不完全だったから幸い震度5で済んだんだと思う。もしかしたらもう1度やるかもしれないけど」

「もう1度? 結界を壊すこと?」

「そう。でもうちの者が抑えと修復に速攻で飛ぶから思い通りにはさせないわよ」

「うちの者?」

「そ、永池家。能力ある人材は揃ってるからこのぐらいのことは大丈夫よ。それより──」

「え?」


 愛美の声のトーンから、私のこと? という思いが瞬時、浮かんだ。


「これからあなたへの攻撃は強まってくると思うわ、必然的に。だからもちろん私も全力で守るけどあなた自身も気を張っていてね」

「う、うん・・・・でも攻撃ってそんな──」

「仕方ないわよ。だってあなた邪魔なんだもの、奴らにとって最大の邪魔」

「邪魔・・・・そんな勝手に──」


 松埜家まつのけに生まれた宿命だろうと華乃子の生まれ変わりだと言われようと、そしてそのために魔垠まごんとやらの異形のモノに狙われようと、それらすべてが一方的で自分自身の意志とはまるで無関係な悪夢の流れに否応なしに運ばれているとしか思えず、納得が出来る要素は1ミリもない。


 仕方ない──愛美の言葉に私は少し苛立ちを覚えた。


「納得は出来なくても何でも、とにかくしっかりしてちょうだい。あなたが潰されたら──」

「どうだって・・・・言うの?」

魔垠まごんの目的が果たされる」

「目的って・・・・」

「連動する巨大地震、連動する火山噴火、連動する水害。そして無差別事件。それらが立て続けば日本はボロボロになる。そして──」

「・・・・」

「国ひとつ、丸ごと魔界に引きずり込まれて消滅するわ」

「そ・・・・んな・・・・」


 たかが女子高生、たかが10代、たかが少女。

 世間的にも自覚的にもそんな"たかが"な私がそれほどの存在?!

 日本という国の先行きに関わる存在?!


 ただならない家系に生まれ落ちたということは事実で、それは分かっている。

 けれど今の自分が、自分の理解力で消化が出来る範囲を超えすぎている。


 愛美は日本は各地の結界に守られ、多数の山々と少ない平地の小国ながらここまで発展して来られたと確かに話していたが、国まるごとのそんな大事おおごとの最重要のかなめの立場に自分がなっている、ならされている、ということがまだ我が事という実感を得られない。

 無理すぎる。


「それじゃ、あとで迎えに行くわ」

「え、ちょっと──」

「話の続きはまたあとで」

「あ・・・・」


 電話は切れた。

 後に引く道はどこにもない──そんな気持ちが沸き上がり、私はひとつ、溜め息をいた。


  

 

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