【御留戸の夜〈1〉】

 三国川教授のブログ記事を読んでから、さらにネット検索を続けてみると、言葉としての〈おどろし〉の解説はいくつも出てはきた。

 驚くべきさま、恐ろしいさま、仰々ぎょうぎょうしいさま──などだ。

 主に古典的表現、あるいは、地域的表現だという。


 さらに語感が似たもので〈おとろし〉という名称も出てきたが、これは百鬼夜行の妖怪の中の存在らしい。

 絵巻にも描かれている毛の長い鬼顔の不恰好ぶかっこうな妖怪だ。


 が、それ以上はいくら調べても〈おのろし〉という名称は見つからず、やはりこの松埜まつの家だけの存在なのだと思うしかなかった。


 そうこうしているうちに時刻は正午近くになり、外からは蔵を修繕している大人たちの声が聞こえてきている。

 敷地内の分家の男性たちの中には大工の他に瓦職人や漆喰職人なども揃っている。

〈おのろし様〉を御守りするためのすべての面において身内でまかなえるすべを分家の者は身につけることが当然だと、矛盾なく皆そう思っている。


「お昼御飯よ」


 昼食を乗せたトレーを持ち、母がまた部屋にやって来た。


「あ、下に行くからいいのに」

「いいのよ、今日はここにいてちょうだい」

「でも・・・・」

「余計なことは考えないで。あとでまた着付けに来るからそれまで静かにしていればいいのよ」

「うん・・・・あの、お母さん」

「何?」

「裏歴史・・・・って言ってたでしょ?」

「・・・・」


 一瞬、母の表情がこわばり無言になった。


「お母さん?」

「・・・・調べたの?」

「え・・・・ちょっとだけ・・・・」

「ちょっとだけ?」

「うん・・・・」

「それで?」

「え?」

「おのろし様のことは何か分かったの?」


 そう言った直後、母の目の色が変わったように見え、私の気持ちは引き気味になった。


「何も・・・・」


 それだけ言い、私は首を振った。


「そう・・・・そうでしょうね」

「・・・・」


 母の中から今朝のような狂気じみた一面が現れるのを怖れた私は、四神と真中神のことや三国川教授のことなどを口には出さなかった。

 そしてそれは正解だとすぐに悟った。


「華蘭まで失うわけにはいかないのだから、とにかく言われた通りにしていなさいね」

「!?」


 さりげないけれど空恐ろしい含みを感じさせるその言葉が私の胸に突き刺さり全身をこわばらせた。


「お母さん、それは──」

「じゃ、ゆっくり食べてちょうだい。またあとでね」


 私の心中しんちゅうを察してか、母は言葉を制するとわざとらしく明るいトーンでそう言い、部屋を出て行った。


 仕方なく用意されたサンドイッチとスープを食べしばらくすると妙に眠気を感じ、私はベッドに横になった。

 目覚めると時刻は午後3時を過ぎ、外も静かになっていた。

 何気なく窓に寄り見ると、蔵は瓦も壁もすっかり修復されている。


(凄い・・・・)


 そしてさらに目を見張る"変化"があった。

 蔵から地づたいに幅のある赤い帯のような布が伸びている。

 その先には池。


御留戸おとめどに?!)

 

 間違いなく、それは私がこれから一晩入る御留戸へと繋がっていた。


 

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