【御留戸の夜〈2〉】

 午後5時近くになり再度やって来た母に正月用の赤い着物を着付けられた私は落ち着かない気分で立ち竦んだ。

 従兄弟の恭次郎が掟破りをし〈おのろし様〉がいかったことと私が御留戸おとめどに一晩入らなければならないこととの関連性が自分の中でまったく消化が出来ていないせいだ。

 

「ちょっと身長が伸びたわね」

「そうかも」

「もっと伸びたら仕立て直ししないと」

「お母さん」

「何?」

「制服とかスーツとか、何で洋服じゃダメなの? わざわざこれを着なきゃならない訳って・・・・」

「日本人の一番の正装は着物でしょ?」

「それはそうだけど・・・・」

「不服?」

「え、そういうことじゃなくて・・・・ここまでするのかな、って──」


 そう私が言った途端、母が私の右手首をギュッと掴んだ。

 全力で力を込めてくる。


「痛っ! ちょっとお母さん、痛い!」

「よく聞きなさい」

「な、何」

「華蘭が今夜することは黙って御留戸に入る、それだけ。あれこれ考えずとにかく入る。それだけだから」

「わ、分かった、分かったから離して、痛い」

「本当に分かったの?」

「うん分かった、分かったから」


 華奢な腕のどこにこんな力があるのかと驚く強さで握る手を離され、私は思わず右手を振った。

 見れば赤みがついている。


「それじゃとにかく入るけど、中で何をすればいいの? 何かすることがあるの?」


 当たり前の問いが口をついて出た。

 入りなさい、だけで、御留戸の中についての説明も中での過ごし方も何も聞かされていない以上、それを聞くのは普通のことだと思った。


「何も」

「何も?」

「そう。中に入って座っていればいいだけよ」

「座る? それだけ?」

「そう」

「時間は? 何時から何時まで?」

「6時から明日の早朝4時までよ」

「4時!?」


 具体的に時間を聞き、急いで指折り数えてみる。


「10時間! そんなに長く!?」


 外から見たところでは御留戸の中の面積はたぶん3畳くらいに思え、そんな狭い空間にたった1人で10時間もこもるのかと私は驚きを隠せなかった。

 けれど目の前の母は軽くうなずくだけで、それの何が問題なのか? というような表情をしている。


「何をしていれば・・・・」


 ひとり言のように言葉が漏れた。

 別に狭所恐怖症ということもなく1人きりでいることが怖いわけでもない。

 ただ、わざわざ振り袖を着て座っているだけという、意図も意味も分からないことにどう対処をすればいいのかが分からない。


 コンコンコン


 ふいにノックがし、父が顔を覗かせた。


「支度は出来たか?」

「ええ、この通り」

「ほう、やはり華蘭は着物が似合う」

「そうでしょう? 色白で赤がとても映えますね」

「よしよし。ではそろそろ」

「そうですね。さ、華蘭、行きましょう」


 母はさっき強く掴んだ右手首を今度はゆるく掴むと私を引くように歩き出した。

 両親が揃ったあらがえない状況の中、仕方なく私はノロノロとした動きでそれに従った。




 


 


 

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