【午前4時の異変】

 ビィィィィー ビィィィィー ビィィィィー

 

(!?)


 夜明け前、脳に食い込むような耳障りな異音で叩き起こされると時刻は午前4時。

 10月初旬の空はまだ真っ暗だ。

 ぼんやりとした意識のまま私は身を起こした。

 緩慢な動きでベッドから出ると、部屋の入り口近くにあるスイッチを切り音を止め、電気を点けた。


「何? まさか・・・・」


 松埜まつの家一族、総勢44人。

 300坪の敷地内に本家を中心として配置された九つの家に一斉に響くこの激しい警告音は、奥の院と言うべき蔵の中に座している〈おのろし様〉に何事かが起きた時にだけ鳴らされる。

 私はまだ物心がついたばかりの頃に1度だけ聴いた記憶がある。

 その時は猛烈な台風の襲来によって背後の杉の木が蔵の屋根側に倒壊したというアクシデントがあり、豪雨の中、一族の大人たち総出で木をどける作業を行った──ということを後年に母から聞かされた。

 他人には理解し難いこととは思うが、そういった不可抗力の自然現象であっても大層な騒ぎになるということが、松埜まつの家にとっての〈おのろし様〉という存在なのだ。


「あ、お父さん、何があったの?」


 部屋のドアを開け顔を出すと、父の宝生ほうしょうが廊下の奥からこちらに向かって来る姿が見えた。

 正装である袴の紐を結びながらの様子に、寝起きに慌ただしく着替えたことが分かる。


「ああ、お前は心配しなくていい。部屋にいなさい」

「でも、おのろし様に何かあったんじゃ・・・・」

「うむ・・・・まだ18に満たないお前には話せることは少ないが・・・・分家の恭次郎が死んだ」

「えっ?!」


 私の全身に寒気が走った。

 恭次郎君が死んだ?

 あの恭次郎君が?


「ど、どうして!?」

「・・・・」

「お父さん!」

「無礼を働いた」

「えっ、まさか・・・・おのろし様に?!」

「そうだ」

「そんな・・・・じゃ、おのろし様が怒って──」

「とにかく部屋にいなさい。いいね?」

「・・・・」

「いいね?」

「・・・・はい」


 仕方なく、言われるままに部屋の中に入り、私はベッドに腰掛けた。


 分家の恭次郎。

 屈託のないあの顔が否応いやおうなしに浮かんでくる。

 父方の従兄弟にあたる恭次郎は私より1つ年上で、筆頭分家の長男だ。

 18歳になり、〈おのろし様〉へのお目通りも済み、数々の掟や儀礼も祖父母から学んでいるはずの彼が無礼を働いたという──にわかには信じられない。

 そして何より、死んだ、という事実が頭の中で処理が出来ない。

 ほんの数日前に会ったばかりだというのに。


「本家のお嬢様、ごきげんよう」

「え? は? ちょっとやめてよ、もうっ」

「何でさ、本家のお嬢様でしょ?」

「お嬢様じゃなくて本家の長女。ただの長女だから」

「またまた~、お嬢様のくせに」

「だから、それやめて」

「なんでさ~」


 恭次郎は会えばいつも軽い口調で私をからかった。

 人好きのするクシャッとした笑顔といつでも明るい陽気な性格。

 そんな恭次郎が死んだと父は言った。


「無礼を働いた」


 どうしたんだろう、どういうことだろう、何があったんだろう。


【おのろし様を怒らせてはいけない】


 彼は一体──何をしてしまったんだろう。


 





 

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