「もうこんな時間か…。」


時刻は20時前。

まだ大人の時間には早いが、早朝出勤を控えた身としてはそろそろ潮時といった所で…。


時が経つのも忘れて…とは、まさにこの事。






普段殆ど開かない口を、ぼそぼそと働かせ。

お世辞にも軽快とは言い難い会話をする。



流石はプロ。彼の話題は豊富だし。

何より相手の興味深いネタを、テンポ良く繰り出してみせるから。




特に農業に関する話をする彼は、とても輝いていて。


聞かされた私でさえ、微笑ましくなる程…

無邪気な表情で熱く語っていた。









「大丈夫ですか?…外、かなり土砂降りになってますけど…。」



言われて初めて気が付いたが。

それは既に古い家屋がギシギシと音を立てるくらい、激しい雨音が唸り声を上げていたし。


あんなに晴れていたのに…

山間はやはり、天候が変わりやすいようだ。







「だが明日も早いし…」


「この辺りは山道で危険ですよ?もう少し落ち着いてからの方が───…」


「でも…」



いざとなると、

急に意識してしまうのは何故だろう。


先程までは、あんなに平然と会話していた筈なのに。


何故…。






そんな僅かな動揺を悟られたくなくて、無理にでも帰ろうかと立ち上がれば…。





「待って…真幸さん…」



声の雰囲気をガラリと変えた新垣に、腕を引かれる。





「本当に危ないから、ね…?」


「……分かっ、た…」



端正な顔で、真剣に見つめられたから…

素直に頷く事しか出来なかった。









「…………」


「…………」


あれから互いに沈黙し。

シマも何処かにいなくなってしまい…


重たい空気の中、

建物に打ち付ける雨音だけが、異様なほど耳に入り込む。



一向に止む気配のない雨に、

内心息が詰まる思いで溜め息を吐いていたら…








「あっ……!」



突然ぷつりと、闇が襲った。







「停電…みたいですね…。」



真っ暗な中で聞こえる、落ち着いた声音。



闇に包まれた途端、

無駄に研ぎ澄まされた五感がざわつき始め…


胸が異様なほど熱く、高鳴った。







「…真幸さん…」


「…っ………!」



真横にあった筈のその声は、

何故かすぐ目の前、熱を感じる位の至近距離になっていて…






「真幸さん…」


「……っ……」



熱っぽく名を呼ばれても、

返す言葉が何ひとつ喉を通っていかない。


そのまま黙っているしか出来なくて…

じっと固まっていたら。








「少し、触れていいですか…?」



そう口にしながら、ふわりとした熱が頬を掠めた。





「ッ……!」



闇に溶け込んだ視界に、

確かめるよう頬を包んだ温もり。




彼の大胆な行動とは裏腹に優しい愛撫は、


私の思考を狂わせ…

全ての機能を、停止させてしまう。

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