⑦
「もうこんな時間か…。」
時刻は20時前。
まだ大人の時間には早いが、早朝出勤を控えた身としてはそろそろ潮時といった所で…。
時が経つのも忘れて…とは、まさにこの事。
普段殆ど開かない口を、ぼそぼそと働かせ。
お世辞にも軽快とは言い難い会話をする。
流石はプロ。彼の話題は豊富だし。
何より相手の興味深いネタを、テンポ良く繰り出してみせるから。
特に農業に関する話をする彼は、とても輝いていて。
聞かされた私でさえ、微笑ましくなる程…
無邪気な表情で熱く語っていた。
「大丈夫ですか?…外、かなり土砂降りになってますけど…。」
言われて初めて気が付いたが。
それは既に古い家屋がギシギシと音を立てるくらい、激しい雨音が唸り声を上げていたし。
あんなに晴れていたのに…
山間はやはり、天候が変わりやすいようだ。
「だが明日も早いし…」
「この辺りは山道で危険ですよ?もう少し落ち着いてからの方が───…」
「でも…」
いざとなると、
急に意識してしまうのは何故だろう。
先程までは、あんなに平然と会話していた筈なのに。
何故…。
そんな僅かな動揺を悟られたくなくて、無理にでも帰ろうかと立ち上がれば…。
「待って…真幸さん…」
声の雰囲気をガラリと変えた新垣に、腕を引かれる。
「本当に危ないから、ね…?」
「……分かっ、た…」
端正な顔で、真剣に見つめられたから…
素直に頷く事しか出来なかった。
「…………」
「…………」
あれから互いに沈黙し。
シマも何処かにいなくなってしまい…
重たい空気の中、
建物に打ち付ける雨音だけが、異様なほど耳に入り込む。
一向に止む気配のない雨に、
内心息が詰まる思いで溜め息を吐いていたら…
「あっ……!」
突然ぷつりと、闇が襲った。
「停電…みたいですね…。」
真っ暗な中で聞こえる、落ち着いた声音。
闇に包まれた途端、
無駄に研ぎ澄まされた五感がざわつき始め…
胸が異様なほど熱く、高鳴った。
「…真幸さん…」
「…っ………!」
真横にあった筈のその声は、
何故かすぐ目の前、熱を感じる位の至近距離になっていて…
「真幸さん…」
「……っ……」
熱っぽく名を呼ばれても、
返す言葉が何ひとつ喉を通っていかない。
そのまま黙っているしか出来なくて…
じっと固まっていたら。
「少し、触れていいですか…?」
そう口にしながら、ふわりとした熱が頬を掠めた。
「ッ……!」
闇に溶け込んだ視界に、
確かめるよう頬を包んだ温もり。
彼の大胆な行動とは裏腹に優しい愛撫は、
私の思考を狂わせ…
全ての機能を、停止させてしまう。
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