⑥
趣味を問われたら、
無いの二文字しか浮かんでこなかった私にも…
楽しみがひとつ、出来た。
「いらっしゃい、真幸さん。」
「こんにちは…。」
あんなにも敬遠していたと言うのに。
一度彼の素顔を垣間見ただけで、私は…
明らかに心を許し始めていた。
休日になると、当たり前のように。
寧ろ自ら進んで、彼の元へと足を運ぶようにまでなってしまい…。
正直自分でも驚いたくらいだった。
「楽しいですか~?畑仕事。」
「あ、ああ…。意外と性に合ってるみたいで…」
何がきっかけで見つかるかは判らない。
やりたい事なんて何にもなかった自分が、こんなにも
今では農業関連の書籍まで買い漁っては、
読み耽るまでになっていた。
「新垣…は、仕事大変じゃないのか…?」
休みを合わせてくれてたみたいだが…
こうも頻繁に訪れていては、かなり迷惑なんじゃないだろうか?
…そんな不安が、顔に出ていたのだろうか。
「気にしないで下さい。俺は貴方が家に来てくれるだけで幸せなんですから。」
柔らかな笑顔を称え、指先が私の頬を掠めて。
「また汚れちゃいましたね…。」
その指が、拭うようにして肌を撫で…離れていく。
色香を含む視線で以て、縫い留められたなら。
私の身体中には電気が駆け巡り…
何故だか動けなくなってしまった。
「今日もお風呂、用意しますから…。」
そう告げて新垣は一度、家へと戻って行った。
(ふぅ……。)
もう見慣れてしまった風呂場の天井を仰ぎ見る。
風情ある電球のオレンジを浴び、
じんわりと首まで浸かれば…
不思議と疲れが吹き飛ぶような気がした。
「いつもすまない、風呂まで入れさせて貰って…。」
茶の間の引戸を開ければ、野菜中心の色とりどりな食事が卓袱台の上を埋め尽くしていて。
「そんな畏まらないで下さい。楽にしてくれて構いませんから。」
そう言って、指定席を勧めてくれた。
『ニャ~…』
「シマ、お前も帰ってたのか…。」
座布団に腰掛けると。
待っていたとばかりに、彼の唯一の家族である黒猫のシマが、私の膝へとやって来る。
「よしよし…。」
猫は好きだ。
シマは随分人に懐いているみたいだから、私にもすぐすり寄ってくれるし…
そう思いながら、シマの喉を撫でていると。
「凄いですね、シマがここまで甘えてくるなんて。」
「え…?」
初めてですと笑う新垣。
「シマは俺と祖母にしか、懐きませんでしたから…きっと解るんでしょうね。」
貴方の魅力が。
さらりと言ってのける殺し文句に、
顔の熱が急上昇する。
「そんな目の前で見せつけられたら…嫉妬しちゃいそうです。」
「…っ………」
ホストの商売道具は、男の私にも効果覿面なようだ。
特に私は、彼から告白を受けている身なのだから…
尚更、意識せずにはいられない。
深い瞳に見つめられ、吸い込まれそうになる直前。
「冷めちゃいますね…食べましょうか。」
知ってか知らずか、彼からの申し出に救われる。
不思議な関係。
まさか自分に告白してきた男の元を訪れて。
食卓まで囲むような関係にまで、至るとは…。
自分でも、良くわからない。
ただ、楽しいから。
そう割り切るのが当たり前な筈なのに、
どうしてもしっくりこなくて。
自ら有耶無耶にしたまま…甘んじている現状。
私が敢えてそこから遠ざけているから。
彼もまた、何ひとつ聞こうとはしないけれど…。
大人気ないな…。
これでは私の方が、よっぽど子ども地味ている。
正体の知れない不安に苛まれながらも。
決断の時は、刻一刻と…迫っていた。
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