趣味を問われたら、

無いの二文字しか浮かんでこなかった私にも…



楽しみがひとつ、出来た。








「いらっしゃい、真幸さん。」


「こんにちは…。」


あんなにも敬遠していたと言うのに。

一度彼の素顔を垣間見ただけで、私は…


明らかに心を許し始めていた。





休日になると、当たり前のように。

寧ろ自ら進んで、彼の元へと足を運ぶようにまでなってしまい…。


正直自分でも驚いたくらいだった。









「楽しいですか~?畑仕事。」


「あ、ああ…。意外と性に合ってるみたいで…」



何がきっかけで見つかるかは判らない。

やりたい事なんて何にもなかった自分が、こんなにもまるだなんて思いもよらず…



今では農業関連の書籍まで買い漁っては、

読み耽るまでになっていた。








「新垣…は、仕事大変じゃないのか…?」



休みを合わせてくれてたみたいだが…

こうも頻繁に訪れていては、かなり迷惑なんじゃないだろうか?



…そんな不安が、顔に出ていたのだろうか。






「気にしないで下さい。俺は貴方が家に来てくれるだけで幸せなんですから。」



柔らかな笑顔を称え、指先が私の頬を掠めて。





「また汚れちゃいましたね…。」


その指が、拭うようにして肌を撫で…離れていく。




色香を含む視線で以て、縫い留められたなら。

私の身体中には電気が駆け巡り…


何故だか動けなくなってしまった。








「今日もお風呂、用意しますから…。」



そう告げて新垣は一度、家へと戻って行った。







(ふぅ……。)



もう見慣れてしまった風呂場の天井を仰ぎ見る。



風情ある電球のオレンジを浴び、

じんわりと首まで浸かれば…


不思議と疲れが吹き飛ぶような気がした。








「いつもすまない、風呂まで入れさせて貰って…。」



茶の間の引戸を開ければ、野菜中心の色とりどりな食事が卓袱台の上を埋め尽くしていて。






「そんな畏まらないで下さい。楽にしてくれて構いませんから。」



そう言って、指定席を勧めてくれた。







『ニャ~…』


「シマ、お前も帰ってたのか…。」



座布団に腰掛けると。

待っていたとばかりに、彼の唯一の家族である黒猫のシマが、私の膝へとやって来る。






「よしよし…。」



猫は好きだ。

シマは随分人に懐いているみたいだから、私にもすぐすり寄ってくれるし…


そう思いながら、シマの喉を撫でていると。






「凄いですね、シマがここまで甘えてくるなんて。」


「え…?」



初めてですと笑う新垣。






「シマは俺と祖母にしか、懐きませんでしたから…きっと解るんでしょうね。」



貴方の魅力が。


さらりと言ってのける殺し文句に、

顔の熱が急上昇する。






「そんな目の前で見せつけられたら…嫉妬しちゃいそうです。」


「…っ………」



ホストの商売道具は、男の私にも効果覿面なようだ。



特に私は、彼から告白を受けている身なのだから…

尚更、意識せずにはいられない。







深い瞳に見つめられ、吸い込まれそうになる直前。




「冷めちゃいますね…食べましょうか。」



知ってか知らずか、彼からの申し出に救われる。






不思議な関係。


まさか自分に告白してきた男の元を訪れて。

食卓まで囲むような関係にまで、至るとは…。





自分でも、良くわからない。

ただ、楽しいから。


そう割り切るのが当たり前な筈なのに、

どうしてもしっくりこなくて。



自ら有耶無耶にしたまま…甘んじている現状。







私が敢えてそこから遠ざけているから。

彼もまた、何ひとつ聞こうとはしないけれど…。


大人気ないな…。

これでは私の方が、よっぽど子ども地味ている。





正体の知れない不安に苛まれながらも。

決断の時は、刻一刻と…迫っていた。

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