「はぁ…」



そして、私はここにいる。






休日にわざわざ、毎日仕事で目にする風景のその場所。


山の上に位置するその場所には、民家もあまり見受けられず。交通量も少ないからか、午前中にも関わらず、ひっそりと不気味なくらい静かだ。



けれど、澄み切った空がいつもより近くにあって。

風に揺れる木々の音や名も解らぬ花の香りが…

自然と心地良くて、悪くない。






指定された小さな駐車場に車を止めて。

車体に背を預け、目を閉じる。


彼を待つ間、久し振りの癒やしに暫し身を任せていたら。







蓮村はすむら 真幸まさゆきさん。」



呼ばれてハッと目を開いた。

すぐ目の前には、彼の人離れした綺麗な顔────…



……は、何故だか土まみれになっていた。







「…マサキです。」


「え?」


「マサユキじゃない…。」


「あっ、そうだったんですね…すみません、マサキさん。」



目の前の彼は、いつもの煌びやかなスーツではなく。


顔同様に薄汚れた繋ぎを腰履きしていて。

いつもの王子様を連想させるような気品などとは、

およそかけ離れた出で立ちだった。



それでも男前には、変わりないが。









「ホント嬉しいです。」


「?」


「貴方が俺の誘いを、受け入れてくれたんで。」


「…暇、だったから……」


「少し、期待しちゃいます。」


「ッ────…別にそんなつもりじゃっ…」


「わかってますって。捕って食ったりはしませんから。」


「…………。」



格好は違えど、ふわりと笑う顔は変わらない。

寧ろ今の方が自然に思えて…好感が持てる。


ホスト姿だと、どうしても業務的になってしまうのかもしれない。



それに、





手紙では「僕」なのが、今の彼は「俺」。

ちょっとした発見に、ついつい気持ちが昂っている自分がいて。



年甲斐もなく、久し振りに。


遠足にでも来たみたいな…

子どものようにわくわくしていたのは、確かだった。











「何処まで行くんだ…?」


はぁっ…と肩で息継ぐ私の前を、颯爽と突き進む新垣。


若さ、と言うよりは慣れだろうか…

気持ち整備されただけのでこぼこした石階段を、息も乱さず歩いていた。




あれから案内された場所は、急な細い石段を抜けて。


段々畑の更に上、

開けたそこに建つ…木造平屋の前だった。








「ここが我が家です。可愛いでしょう?」


「…………」



なんと言うか、まさに予想外。


彼のような煌びやかなホストが、

まさかこんな古びた一軒家に住んでいるとか…






「がっかりしちゃいましたか?」


「えっ…?」



じっと見つめられ、茫然とする私に苦笑する新垣。

なんとなく…その笑顔が、寂しげに見て取れたから。






「いえ、意外だったから。それに…」



嫌いじゃない。

こういう趣のある家屋…振り返る景色も都会と田舎が融合していて、絶景だったし…


そう正直に答えたら。

彼は目尻に皺を寄せ、満面の笑顔を湛えた。








「とりあえず、こちらへどうぞ。」



家ではなく、彼が指し示す先は目の前の野菜畑。

そこには…色とりどりに艶めく季節の野菜達が場を連ね、活き活きとしていた。







「ほら、こっち。」


お姫様みたく手を引かれ、導かれる。




「どうですか?美味そうでしょう?」


「君が、作っているのか?」


「ハイ、元は祖母の畑だったんですけどね。」



2年前に亡くなったのだと。

さらりと告げた新垣は、遠くの山を懐かしげに仰いでいた。

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