③
「はぁ…」
そして、私はここにいる。
休日にわざわざ、毎日仕事で目にする風景のその場所。
山の上に位置するその場所には、民家もあまり見受けられず。交通量も少ないからか、午前中にも関わらず、ひっそりと不気味なくらい静かだ。
けれど、澄み切った空がいつもより近くにあって。
風に揺れる木々の音や名も解らぬ花の香りが…
自然と心地良くて、悪くない。
指定された小さな駐車場に車を止めて。
車体に背を預け、目を閉じる。
彼を待つ間、久し振りの癒やしに暫し身を任せていたら。
「
呼ばれてハッと目を開いた。
すぐ目の前には、彼の人離れした綺麗な顔────…
……は、何故だか土まみれになっていた。
「…マサキです。」
「え?」
「マサユキじゃない…。」
「あっ、そうだったんですね…すみません、マサキさん。」
目の前の彼は、いつもの煌びやかなスーツではなく。
顔同様に薄汚れた繋ぎを腰履きしていて。
いつもの王子様を連想させるような気品などとは、
およそかけ離れた出で立ちだった。
それでも男前には、変わりないが。
「ホント嬉しいです。」
「?」
「貴方が俺の誘いを、受け入れてくれたんで。」
「…暇、だったから……」
「少し、期待しちゃいます。」
「ッ────…別にそんなつもりじゃっ…」
「わかってますって。捕って食ったりはしませんから。」
「…………。」
格好は違えど、ふわりと笑う顔は変わらない。
寧ろ今の方が自然に思えて…好感が持てる。
ホスト姿だと、どうしても業務的になってしまうのかもしれない。
それに、
手紙では「僕」なのが、今の彼は「俺」。
ちょっとした発見に、ついつい気持ちが昂っている自分がいて。
年甲斐もなく、久し振りに。
遠足にでも来たみたいな…
子どものようにわくわくしていたのは、確かだった。
「何処まで行くんだ…?」
はぁっ…と肩で息継ぐ私の前を、颯爽と突き進む新垣。
若さ、と言うよりは慣れだろうか…
気持ち整備されただけのでこぼこした石階段を、息も乱さず歩いていた。
あれから案内された場所は、急な細い石段を抜けて。
段々畑の更に上、
開けたそこに建つ…木造平屋の前だった。
「ここが我が家です。可愛いでしょう?」
「…………」
なんと言うか、まさに予想外。
彼のような煌びやかなホストが、
まさかこんな古びた一軒家に住んでいるとか…
「がっかりしちゃいましたか?」
「えっ…?」
じっと見つめられ、茫然とする私に苦笑する新垣。
なんとなく…その笑顔が、寂しげに見て取れたから。
「いえ、意外だったから。それに…」
嫌いじゃない。
こういう趣のある家屋…振り返る景色も都会と田舎が融合していて、絶景だったし…
そう正直に答えたら。
彼は目尻に皺を寄せ、満面の笑顔を湛えた。
「とりあえず、こちらへどうぞ。」
家ではなく、彼が指し示す先は目の前の野菜畑。
そこには…色とりどりに艶めく季節の野菜達が場を連ね、活き活きとしていた。
「ほら、こっち。」
お姫様みたく手を引かれ、導かれる。
「どうですか?美味そうでしょう?」
「君が、作っているのか?」
「ハイ、元は祖母の畑だったんですけどね。」
2年前に亡くなったのだと。
さらりと告げた新垣は、遠くの山を懐かしげに仰いでいた。
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