④
「採りすぎちゃいましたね。後で差し上げますね。」
そう言って風呂を勧められ、素直に従った。
野菜の収穫なるものを、初めて体験させられ。
いい大人がつい童心に帰り…
土にまみれるのも気にせず、はしゃいでしまった。
傍目にはたぶん、気づかれない程度に。
だが…
顔中汚した私に、いつもの雰囲気を一蹴して大爆笑した新垣。
不思議と嫌な感じはなく。
素な彼に、私は自然と顔が綻んでいた。
旧式のガス風呂に浸かり…新垣の話を思い出す。
彼は小さな頃から、ここで祖母と暮らしていたようで。2年ほど前に大往生で、この世を去ったのだそう。
「もう出られたんですか?」
15分で風呂から上がり。
土塗れの私服は洗濯するからと、彼の部屋着のスウェットを借りる。
「やっぱり大きかったですね。」
袖を捲っても、襟の部分が広すぎて肩がスースーする。
ダボダボの新垣の服を纏った私をじっくりと眺めた後、彼は目を細め…
「可愛いですよ。」
クスリと、さも愛おしげに微笑んでみせた。
四十手前のオッサンのどこが可愛いのやら…。
馴染みの無い感想を述べられ。
困惑する私は、思わず彼から目を逸らしてしまった。
「どうぞこちらへ、実家にでも帰ったと思って寛いでて下さい。」
寧ろ自宅のアパートより、この場所の方が落ち着く。
太い柱、刻まれた傷、家屋の鳴く声、
そして都会の喧騒から切り離された静かな空間───…
他に聞こえるのものは、居間に隣接した古風な台所で新垣が野菜を切る軽快な音。
余りにも雑音が少なくて。
空っぽになる頭の中、ふと…手紙の内容が脳裏を過ぎった。
「…家族、は…?」
ぽつりと呟いた疑問に、新垣の手と鼻歌が止まる。
「あ、気になりますか?」
含みのある笑みを携え、問い返す新垣。
…なんだかいたたまれない。
「いや、静か過ぎるなと思って…」
なるべく平静を装って答えれば。
ああ…と新垣は納得したように相槌を打つと、外に向かって誰かを呼び始めた。
暫くすると─────…
「ニャ~…」
チリチリと鈴を鳴らし、
颯爽と居間に顔を覗かせたのは、
真っ黒い猫…
「俺の家族、シマです。」
黒猫なのにシマ。
大抵の人が抱く疑問を表情へと露わにすると、
「ばあちゃんが名付けたんです、面白い人なんですよ~うちの祖母。」
おかげでかなり救われたのだと。
新垣は遠くを見据えながら、意味深な事をぼそりと呟いた。
「俺、天涯孤独なんです。」
温かな食卓を囲み、世間話するみたく切り出した新垣。
余りにさらりと告げられたものだから。
驚く暇もなく、彼は続けた。
「親に、捨てられたんですよね。で、祖母に拾われた…。」
祖母と呼んでいるが…
実際はかなり遠縁の親戚らしく。
いい加減な母親は、父親が誰かも判らない我が子である自分を捨て。また別の男と駆け落ちし…。
お荷物とばかりに親戚中をたらい回しにされていたところを、亡き祖母が引き取ってくれたんだそうだ。
なんとも複雑なドラマのような話。
同情とか…本来ならするべきなんだろうけれど。
彼が余りにも平然としていて、微塵も辛そうな素振りを見せなかったから。
私も特に気を遣うでもなく、
「そう、か…。」
あえて軽く流すように、それを受け止めた。
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