「採りすぎちゃいましたね。後で差し上げますね。」



そう言って風呂を勧められ、素直に従った。







野菜の収穫なるものを、初めて体験させられ。


いい大人がつい童心に帰り…

土にまみれるのも気にせず、はしゃいでしまった。

傍目にはたぶん、気づかれない程度に。


だが…





顔中汚した私に、いつもの雰囲気を一蹴して大爆笑した新垣。


不思議と嫌な感じはなく。

素な彼に、私は自然と顔が綻んでいた。








旧式のガス風呂に浸かり…新垣の話を思い出す。


彼は小さな頃から、ここで祖母と暮らしていたようで。2年ほど前に大往生で、この世を去ったのだそう。






「もう出られたんですか?」



15分で風呂から上がり。

土塗れの私服は洗濯するからと、彼の部屋着のスウェットを借りる。






「やっぱり大きかったですね。」



袖を捲っても、襟の部分が広すぎて肩がスースーする。


ダボダボの新垣の服を纏った私をじっくりと眺めた後、彼は目を細め…





「可愛いですよ。」



クスリと、さも愛おしげに微笑んでみせた。



四十手前のオッサンのどこが可愛いのやら…。

馴染みの無い感想を述べられ。

困惑する私は、思わず彼から目を逸らしてしまった。








「どうぞこちらへ、実家にでも帰ったと思って寛いでて下さい。」



寧ろ自宅のアパートより、この場所の方が落ち着く。


太い柱、刻まれた傷、家屋の鳴く声、

そして都会の喧騒から切り離された静かな空間───…



他に聞こえるのものは、居間に隣接した古風な台所で新垣が野菜を切る軽快な音。




余りにも雑音が少なくて。

空っぽになる頭の中、ふと…手紙の内容が脳裏を過ぎった。









「…家族、は…?」



ぽつりと呟いた疑問に、新垣の手と鼻歌が止まる。






「あ、気になりますか?」



含みのある笑みを携え、問い返す新垣。

…なんだかいたたまれない。





「いや、静か過ぎるなと思って…」



なるべく平静を装って答えれば。

ああ…と新垣は納得したように相槌を打つと、外に向かって誰かを呼び始めた。


暫くすると─────…






「ニャ~…」


チリチリと鈴を鳴らし、

颯爽と居間に顔を覗かせたのは、


真っ黒い猫…






「俺の家族、シマです。」



黒猫なのにシマ。

大抵の人が抱く疑問を表情へと露わにすると、





「ばあちゃんが名付けたんです、面白い人なんですよ~うちの祖母。」


おかげでかなり救われたのだと。

新垣は遠くを見据えながら、意味深な事をぼそりと呟いた。





「俺、天涯孤独なんです。」



温かな食卓を囲み、世間話するみたく切り出した新垣。


余りにさらりと告げられたものだから。

驚く暇もなく、彼は続けた。






「親に、捨てられたんですよね。で、祖母に拾われた…。」



祖母と呼んでいるが…

実際はかなり遠縁の親戚らしく。


いい加減な母親は、父親が誰かも判らない我が子である自分を捨て。また別の男と駆け落ちし…。

お荷物とばかりに親戚中をたらい回しにされていたところを、亡き祖母が引き取ってくれたんだそうだ。





なんとも複雑なドラマのような話。



同情とか…本来ならするべきなんだろうけれど。

彼が余りにも平然としていて、微塵も辛そうな素振りを見せなかったから。



私も特に気を遣うでもなく、





「そう、か…。」



あえて軽く流すように、それを受け止めた。


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