Knock knock

鏡乃

Knock knock


 

 コンコンコン 失礼します

 それは焦燥。黒いスーツに身を包み、きつく束ねた長い髪。ドッペルゲンガーは一人また一人と消えていく。昨日までの戦友は、今夜は渋谷でお疲れパーティーをするらしい。この扉の先で待つ初めて出会う人々に、私は私が何者であるのかを三割り増しで語り聞かせる。可笑しいね。そんなこと、私が一番知りたいのにさ。



 ドンドンドン ごめんなさい

 それは恐怖。いつもは開いているばあちゃんの部屋。ケンちゃんがよく言ってるから、僕もマネしただけなんだ。「くたばれ」がそんな意味だなんて、本当に知らなかったんだ。別に開けてほしいわけじゃない。ただ、こうやって音を鳴らして声を張り上げなければ、パパもママもばあちゃんも、僕がここにいることを忘れてしまうんじゃないかって。そうしてとうとう僕はこの地球に溶けてしまって、みんなの頭の中からいなくなっちゃうんじゃないかって、それがいちばん怖かったんだ。



 トントントン 一緒に帰ろう

 それは後悔。ミルクベージュの長い髪をカールさせ、華奢な白肌が目に眩しい。彼女が叩いたその肩は私が愛する人のもの。幼い頃は道端のたんぽぽを引っこ抜いて、私にプロポーズの真似事なんてしていた彼は、今はクラスのマドンナと幸せそうに笑っている。花が咲いたような笑顔に惚れたなんて、どこでそんな表現を覚えたんだか。蟻が付いていると突っぱねた光り輝くたんぽぽを、あの春に戻れたら、きっと掴んで離さないのに。



 ダンダンダン もう一度

 それは挑戦。朝が来るまで夢を語った友人は、子供が産まれて田舎で家業を継ぐという。飽き性な従兄弟のお下がりでもらったこのドラム、初めはただのサンドバック代わりだった。いつまで続けるつもりだ、そんなものはお遊びだ、お決まりのセリフ。遊びで稼いじゃ悪りぃのかよ、本気で遊んじゃダセェのかよ。あークソ、全然ダメだ、今日はてんで集中できねぇ。もう一度、頭から。

 


 トクトクトク ねえ聞こえた?

 それは希望。私の内側から微かに、けれど確かに感じる鼓動。本音を言うと、手放しで喜べるわけではない。ふとした瞬間に漠然とした不安が押し寄せる。共に笑って、涙を流して、時にはすれ違うこともあるかもしれない。挫けてしまう時が来るかもしれない。けれど、どんな時でも君が心まで閉ざしてしまわないように、そんな存在になれたなら。



 見える扉、見えない扉。

 人と人を隔てるもの、貴方と私を繋ぐもの。

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Knock knock 鏡乃 @mirror_no

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