水ようかんと光速で思考する若者の話
蠍犬
水ようかんと光速で思考する若者の話
夢を見た。時刻は午前3時50分、携帯の液晶画面から放たれる光が目を刺す。日本との時差は17時間だから、向こうはいま夜の9時くらいかと暗闇の中でぼんやり考える。
妹とふたりで水ようかんを食べたことがあったかどうかは記憶にないが、多分ないと思う。でも夢の中で一緒に水ようかんを食べた女性は紛れもなく私の妹だった。姿形は私の知らない誰か、もしくは表の記憶には残っていない誰かのものだったけれど。
夢の中で彼女は好きな異性の話をしていた。なんでもその異性は、光の速さで物事を考えることができるのだという。必然的に考える事柄の量が膨大になり、かつ誰とも考えた内容を分かち合うことができないその若者は、時に自分の能力について悩み、そして孤独に傷付き、妹に癒しを求める。その癒しが肉体的快楽である必要はあるのだろうかと疑問に思ったけれど、それに耽って一時的に苦悩を遠ざけることはままあることのようだから、そういうものかと聞き流した。
光の速さ、というのは神経線維を流れる電気信号の比喩かと尋ねたが、どうやらそういうわけではないらしい。確かにその比喩では誰もが光の速さで思考していることになる。ともかく、その若者は一頻り癒しを貪ると、悩みなど元から存在しなかったかのように思考を再開し、妹の元から消える。妹は余韻に浸りながら若者を見送り、日常に戻る。
水ようかんを付属のプラスチックスプーンで少しずつ削り、口に運びながら、妹はその若者のことをどう思うかと私に尋ねる。どうと尋ねられても、光速で思考するということ、字面も具体例も、私には全くわからない。私はひとつの物事を処理するのに恐ろしく時間がかかる人間なので、そんな力があるなら一度使ってみたいと思うくらいだ。能力を持っている者にしかわからない苦しみというものがあるのだろうが、それは持たない者からしてみれば絶対に共有することのできないものだ。たとえ理解しようと努めたとしても。私は、君が傷付かず良い関係を保てるならそれで良いと思うと応えた。
「相変わらず、わたしに興味がないんだね、お兄ちゃん」
彼女はそう言って寂しげに笑い、視線を手元に移した。彼女の手には、いつの間にか御守りが握られていた。そこで目が覚めた。正直、夢で良かったと胸を撫で下ろした。
携帯を手に取り久しぶりに連絡してみる。赤子の世話をしている彼女がすぐに返信をすることはないと思っていたが、予想外にすぐ返事が来た。文字の羅列を目で追いながら、季節外れの水ようかんを贈ることを決めた。
水ようかんと光速で思考する若者の話 蠍犬 @scorpio-dog
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