第16話


 ヴァルクは液体を避けて人差し指と中指を伸ばした。氷のつぶてを挟んでドラキーに投げ返す。


 ドラキーが口を開いた。歯で氷を砕き足を前に出す。


 ヴァルクも肉迫して腕を振りかぶった。


「いいぞー! やれやれー!」

「おめぇどっちに賭ける?」

「ヴァルクにお前の骨付き肉を賭けるぜ。ぶっへぇ⁉」


 遠回しな侮辱を吐いた顔面にゲルまみれの野菜を投げつけて、改めてドラキーとの小競り合いに臨む。


 ドラキーとの戦績は353戦172勝171敗。勝ち越すなら今日が好機だ。全神経を注いで相手の一挙手一投足に注目する。



 この酒場は魔物狩りギルドが運営している。実力さえあれば身元不明でも受け入れる都合上、素行の悪い利用者も多い。


 そういった輩に対処すべく腕の立つ人員が配置されているものの、ヴァルクたちを止めようとする人影はない。ユミアやポーリンはおろか、酒場の関係者もまたかと言わんばかりに苦笑いしている。


 ヴァルクとドラキーの喧嘩において、騒々しさ以外で迷惑をかけないのがルールだ。積み重ねた信用のおかげで、実害が出るまでは黙認されている。


 ここぞとばかりに二人の酔っ払いがテーブルに歩み寄った。


「なあなあ姉ちゃん、あっちで俺たちと飲まねえか?」

「いえ、私たちには仲間がいますので」

「いいじゃねえかよ。あいつら喧嘩にいそがしいみたいだし」

「あんなクソガキどもより俺らと遊んだほうが楽しいぜ?」


 二本の右腕が伸びた。それぞれユミアとポーリンの手首を握る。


「ちょっと、触らないでくださいません?」

「いいじゃんいいじゃん減るもんじゃないしー」

「ここ騒がしいし別の店行こうぜぇ。俺らいいとこ知ってんだぁ~~」

「おおっと! 手が滑ったあああああアアアアアアアアアアッ!

 おおっと! 手が滑ったあああああアアアアアアアアアアッ!」


 酔っ払いの左頬に靴裏が食い込んだ。奇妙な悲鳴に続いて二つの巨体が床を鳴らす。


 二つの真っ赤な顔が痛みと憤怒にゆがんだ。


「てめえら! やりやがったな!」

「大人しくしてりゃ調子に乗りやがって!」


 酔っ払いが戦意をみなぎらせて床を蹴る。


 怒声を上げて迫る二人は体格がいい。大してヴァルクとドラキーの体は十代後半程度。殴り合いになれば勝ち目はない。


 それはあくまで、争うのが人と人ならの話だ。


 ヴァルクとドラキーは自身の姿を魔法で偽っている。正体がばれないように膂力には制限をかけているものの、魔物狩りの依頼をこなすために人外の一歩手前でキープしている。


 そうでなくても長年の戦闘経験を積み重ねてきた。真正面から大振りする相手に遅れは取らない。


 殴り合いにすら発展せず、床の上に二人の男が転がった。


「ざまあみろ。人の仲間に手を出すからだ」


 ヴァルクは鼻を鳴らして元いたテーブルに戻る。椅子に座ってユミアやドラキーと同じテーブルを囲んだ。フォークの先端を肉のブロックに突き刺して口に運ぶ。


「ありがとねヴァルク」


 ヴァルクは食事の手を止めてユミアの瞳を見据えた。


「それは何の礼だ?」

「さっき私たちを守ってくれたでしょう? そのお礼」

「ドラキーも格好良かったですわよ」

「勘違いすんな。俺らは喧嘩の邪魔をされたから、そのやつ当たりをだな」

「そういうことにしておきましょう」


 ユミアとポーリンの和やかな視線を受けて、ヴァルクとドラキーはバツが悪そうに頬をかく。


 入り口の扉が勢いよく開け放たれたのはその時だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王は追う。勇者は逃げる 原滝 飛沫 @white10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ