生存欲

 覚めて欲しくない夢を見た。

 心地いい暗闇と、息苦しいほどの静寂と、ゆっくりと命を蝕む冷気が五感を支配していた。

ひとつ、息をする度に意識が遠退き、瞬きをすれば目尻から涙がこぼれ落ち、指先を動かせばそこから熱が奪われた。

 じわり、じわり、じわりと生命が削り取られていく感触は、ひどく恐ろしく、とても寂しく、そして、驚くほどに安息を覚えた。

 自分が自分であるままに消えていける。そんなことが、何よりも嬉しく思えたのだ。

 かの文豪は『誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?』と言ったが、それは一番おぞましい死だと『私』は思った。

 眠るように、穏やかに、それは苦しみがなくて良いのかもしれない。けれど、けれどもだ。苦しみのない人生など、痛みのない最期など、あまりにも虚しい。『私』が『私』であったことを置き去ってこの世から発つのは、とても寂しい。

 『私』であったことをこの身に刻み、その苦しみごとこの世から旅立てなければ、それは『私』の人生ではない。

そこで、目が覚めた。

そして悟った。

『眠るように息を引き取る』とは、こういう事だ。

夢の中であろうと、きっと、死は平等な苦しみなのだ。

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ゆめゆめ 弌原ノりこ @mistr_1923

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