幼馴染が今度は毛布にくるまっている話

月之影心

幼馴染が今度は毛布にくるまっている話

 ここは俺、綾川あやがわ慎之介しんのすけの住む家のリビング。

 リビングには我が家最大のサイズを誇る4K液晶テレビがある。

 買った直後に8K液晶テレビなるものを某家電メーカーが発表して親父がブチ切れまくっていたが、それでもこのテレビは基本的に親父が独占していて親父が在宅中は決して触れる事は出来ない。

 まったく何処の昭和生まれだ……って昭和生まれだったな。


 だがっ!


 昨日の晩から親父とお袋はどこぞのバカップルよろしく、お手々繋いで2泊3日の旅行に出掛けたものだから、明日の晩に親父が帰宅するまでは俺様がこのテレビを独占出来るのだっ!


 両親が居ない2日目の朝、早速俺は今まで部屋のパソコンのさほど大きく無いモニタで見ていた映画を持って来て、DVDプレイヤーに入れてリモコンのプレイボタンを押す。


 大! 迫! 力!


 すげぇ!


 音が後ろから聴こえるっ!


 ハリウッド女優の毛穴まで見えそう!


 これがパソコンで観ていたのと同じ映画だとは俄かには信じ難い程の差だ。




「ホント凄いねぇ。」

「何でオマエが居る?」


 誰かが入って来た事に気付かない程映画に集中していた覚えは無いのだが、気が付くとソファの隣には幼馴染の多度津たどつ美彩みさが座っていた。


 しかも……


 何故か美彩は首から下、つま先までをまるでミノムシのように毛布を纏っていた。


 さらに……


 どう見てもその毛布は冬になったら出してくる俺愛用の毛布だ。


「えぇ?だって今日はおじさん慎之介父おばさん慎之介母も帰って来ないんでしょ?」

「何で知ってる?」

「あ!このシーン好きなんだぁ!」

「聞けや。」


 美彩は目をキラキラさせながら映画に没頭している。

 確かにこの映画は、美彩に勧められて面白いと思った映画で、そこかしこに美彩が好きそうなシーンが散りばめられているのだが。


「だって彼氏のお家事情くらい把握しておかないと彼女失格って言われちゃうでしょ?」

「把握してなくても失格なんて言わないし寧ろそんな彼女の方が怖ぇわ。」

「お義父さんとお義母さんが居ない間に栄養失調にでもなったら大変だし。」

「勝手に義理の両親を作るな。」


 ん?

 それって美彩が晩飯とか作ってくれるって事か?


「けどたった2日だけだぞ。最悪食わなくても死にゃせんし、いざとなったらコンビニでも弁当屋でも行けば……」

Shut up !お黙り

「何で英語なんだ。」

「映画観てるから。」

「オマエ……英語の成績って……」

「ギリ赤点回避。」

「影響されすぎのレベル超えてんだろ。」


 とは言え、美彩が晩飯だけでも作ってくれると有難い事この上無し。

 俺は半分だけ諦めつつ半分だけ期待をしてソファに体を沈め、美彩と一緒になって映画の続きを観ていた。




 昼前になり、(腹鳴りそう)(鳴った)(また鳴りそう)……を繰り返し始めた頃、観ていた映画は最後のスタッフロールが流れ始めていた。


「ふゎぁ……相変わらず面白かったな。」

「でしょ?大きい画面で観ると尚更よね。」

「ところで腹減らないか?」

「う~ん……ちょっと空いて来たかな?」

「俺もだ。」

「そっかぁ……」

「……」

「……」

「え?」

「ん?」


 映画はエンディングテーマとスタッフロールだけになっていたが、美彩は本編を観ていたそのままの状態で画面を食い入るように見ていた。


「いや……俺が栄養失調とか何とか……」

「そうだねぇ……確か食器棚の上の収納にプロテインとドライフルーツ入りのシリアル、冷蔵庫に牛乳が入ってるよ。」

「オマエ何しに来たんだよ?てか何で知ってる?」


 美彩は『にへへっ』と笑いはするものの、毛布にくるまったまま動こうともしないで居る。

 ふと俺の頭の中に、『美彩がこういう格好で動かない時は何かある』という危険信号のようなものが流れた。


「なぁ、美彩?」

「ん~?なぁに?」

「まさかオマエ……その毛布の中って……」

「毛布の中?温かいよ?」

「そういうんじゃなくて……」


 恐らく今日初めて、美彩が俺の顔を不思議そうな表情で見た。

 と思ったら、すぐ『( ̄▽ ̄)』こんな顏になっていた。


「な、何だよ?」

「はっはぁ~ん……慎之介、毛布の中の私の格好に興味があるんだぁ……」

「え?あ、あ~……」


 俺は美彩から目線を外して部屋を見回した。


「ん~?興味あるならそう言ってみ?」

「えっと……正直に言うぞ。」

「うんうん。」

「無い。」

「なんだとっ!?」

「無い。」

「2回も言わなくていい!アンタ自分の彼女が毛布の中でどんな格好してるか興味無いとかどういう神経してんだよぉ!?」


 美彩が物凄い早口で言ってるが、人んちに勝手に上がり込んで勝手に人の布団にくるまるヤツに言われたくは無い。


「じゃあどんな格好してるんだよ?」

「え……」


 美彩の顔が微妙に引き攣る。


「興味持てって言うなら持ってやろう。どんな格好してるのか見せてみ?」

「ぁぅ……」


 絶対いつものパターンだ。

 だが毎度毎度驚かされるような俺ではない。

 俺は美彩の方に体を近付けて手を毛布に掛けた。


「ちょっ!ま、待って!」


 俺が毛布を引っ張ろうと力を入れると、美彩は毛布の中で毛布をしっかり握って抵抗していた。


「いぃや待たぬ!興味持てって言ったのは美彩だからなっ!」


 何だかんだ言って物理的な力だけなら負けるわけがない。

 俺は掴んだ毛布を力任せに引っ張った。




「は?」


 ばさっと解けた毛布の中に居た美彩は、普通に薄いピンクのトレーナーに青いミニスカート姿だった。


「( ̄▽ ̄)ニヤ」

「なっ!?」

「ふっふっふっ。引っ掛かったね好色一代男クン。」


 美彩はそう言うと毛布の端を持ってムササビのように両手を広げて見せた。


「そう毎回慎之介がムラムラするような格好ばかりしてると思ったら大間違いだぞっ!」

「ムラムラしてるのオマエだろうが!」

「ちっちっちっ。」


 美彩は両手を下ろすと、ソファの上にあぐらをかいて膝の上に手を置き、ニヤニヤと俺の顔を見た。


「この毛布は半年の間クローゼットの中で眠っていたから、慎之介の匂いが殆ど無い。よって!ムラムラする要素が無い、ただ温もりを与えてくれるだけのアイテムに過ぎないのだっ!」


 俺は呆れた顔で美彩を見るしかなかった。

 こいつはこういうヤツなんだ……仕方ない。


 ん?

 おぃ……。


「それよりも……美彩……」

「なぁに?」


 勝ち誇ったような笑顔で首を傾けて俺の顔を覗き込む美彩に多少イラつきを覚えたがまぁいいだろう。


「高校生くらいになると女子は服とか色々大人っぽくなってくるよな。」

「は?と、突然どうしたの?」

「今まで可愛らしい物持ってた子が突然大人びた服着たりして。」

「ま、まぁ……それは……人それぞれとは思うけど……あるかな……」


 俺は目線を美彩の顔と足元を行き来させていた。


「美彩はそういうの無いのか?」

「え?私?私は……その……えっと……慎之介は私が大人っぽくした方がいいと思う?」


 美彩は顔を赤くして俺の方をチラチラ見ながら言った。


「俺はまぁ、正直どっちでもいい。美彩が自分で決める事だからな。」

「何か冷たい言い方だなぁ……何なの?」


 俺は美彩の足元に目線を止めた。




「まぁ……黒のレースとかは嫌いじゃない。」

「ほっほぉ……やっぱ慎之介はそういう大人っぽいn……」




 美彩は一瞬何かを言い掛けたが、微妙に赤らんでいた顔をこれでもかと言うくらい真っ赤にしてあぐらをかいていた足元を両手で押さえ付けた。


「ばっ!ばか!どこ見てんのこのヘンタイ!ドスケベ!チカン!」


 またこのフレーズか。


「だからそれとなく言ってただろ!」

「そんなので分かるかっ!そんな事言いながらジロジロ見てたんだなっ!?」

「見てたんじゃねぇ!見えたんだ!」

「うっさい!私だってやる時はやるんだっ!」


 え?

 やる……って何を……?

 俺は美彩の顔をじっと見てしまった。


「あっ!今いやらしい事考えただろっ!このドヘンタイっ!」

「う、うるせぇっ!俺だって年頃の男子なんだ!そんなの見せられて冷静に居られるほど悟ってねぇわ!」


 美彩は足元を両手で抑えたまま上目遣いに俺を睨んでいたが、やがて表情を緩めて俺の目をじっと見てきた。


「な、何だよ?」

「慎之介は……やっぱしたいと思うの?」

「は?」


 『そういう事』って……やっぱ『そういう事』だよな……。


「今日……おじさんもおばさんも居ない……よね?わ、私……慎之介なら……」

「ま、ままま待て待て待て!」

「何よ……」


 さすがにこの状況でその台詞はアウトだろ。


「いや……そりゃ俺だって考えないわけじゃないけど……その……そういう事はもっと順序を踏んでだな……」

「順序?でも手を繋いだりキスしたり一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝たりはもうとっくにしたじゃん?」

「小学校に入る前の話を持って来るんじゃない。」


 やや不服そうな顔をする美彩。


「だって付き合いだしたって言ってもやってる事は前と同じなわけだし、前から付き合ってたと思えば昔から順序を踏んでるでしょ?それとも慎之介は私と……そ、そういう事したくないわけ?」

「そんな事言ってないだろ。てか前から付き合ってた事になんかなれるか。」


 俺はソファに座り直して顔だけ美彩の方へ向けた。


「確かに美彩との付き合いは長いけど……何て言うか、いくら思春期って言っても軽々しく欲をぶつけたくないんだよ。」

「慎之介……」


 俺は手を美彩の頭の上に置いてぽんぽんと叩いて笑顔を見せた。

 美彩も俺の笑顔に応えるように笑顔になった。












「欲はDドライブの『History Movie』のフォルダでぶつけられるもんね。」












「え"……」




 俺はダッシュで自室に向かった。












 俺のパソコンのDドライブから『History Movie』のフォルダは消えていた。

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