ある日森の中、ヴァンパイアと出遭った錬金術師は。
三月べに
短編。
自分が、どう生き方をしていくのか。
自分が、どう終えるのか。
考えたことはあるだろうか。
他人なんて知らない。
でも、私は決めていた。
どう生きていくのか。どう終えるのか、まで。
正直言って、私は人生とやらを諦めていた。
両親から生まれて、愛されながら育って、幼稚園から高校まで通って、大学まで行ってその間に青春を味わう。
そうして、誰かと過ごして、愛して愛されて、両親と同じく結婚して子供を作って。
両親に受けたように愛を注ぎながら育てていき、そして生涯を穏やかに終える。
それがきっと、普通の人生ってやつなんでしょう。
私は、そんな人生を、高校の時だったろうか。もっと前かもしれない。諦めていた。
自分は結構早くに死ぬんだと思い込んでいた年頃。数年先には死んでいる。
思春期のせいか、または中二病ってやつだろうか。
家庭は、いびつ。愛がなかったわけではないけれど、十分な愛情は受けていないと思い、飢えていた。
きっと私は貪欲になっていたのだろう。それで、貪欲ゆえに、飢え死にする。
私の人生計画は、こうだ。
想像して、創造して、ずっとずっとずっと、何かを作り上げていき。
そして、人生を呆気なく終わりにする。
いびつな家庭から目を逸らすために、物語にのめり込んだことがきっかけで想像することが癖になった。
だから私は、筆を手にしたのだ。厳密に言えば、ノートと携帯電話だけれど、それで物語を描いたのだ。
ほとんどが私の現実逃避に過ぎなかったけれど、それでも、携帯電話を通じてネットに上げた小説は、誰かが楽しんで読んでくれた。
物語を描くことかが、私の特技となっていき、そして生き方となったのだ。
描いて、描いて、描いて。
書いて、書いて、書いて。
書き散らかすように、色んな物語を小説にして書いた。
多すぎて、正直私も、どのぐらい書いたかわからない。
青春なんて描けばいい、愛なんて小説の中に描いていくだけで十分だった。
私は、そんな生き方を選らんだ。
私の人生はこれでいいと思った。
山のように書いてきたおかげか、私の物語は出版してもらえるようになって、なんとか生計を立てることが出来るようになった。
残念ながら、自立まではいかない。なんせ書くことしか能がないため、生活能力が乏しくて、家族と同居してもらい、身の回りの世話をやってもらったのだ。
本当に普通に生きていけない人間となったことは少々驚きはしたけれど、序の口だった。
ずっと書き続けていれば、苦しい時期もあって、楽しい時期もある。
それでも続けてきた私に、医者は余命を宣告した。
まだ三十代だ。
私は、あまりにもおかしくて医者の前で笑ってしまった。
だって、ここまで計画通りにいくとは思わないじゃない。
いつかは死ぬとは思っていた。きっと色んなこと対して飢え死で、自分の首を絞めたり切ったりして死ぬとばかり思っていた。
出来れば、呆気なく死ぬような病気を願っていたけれど、それが叶ったのだ。
私の人生は、もう終わる。
呆気なく、病気で死んでおしまい。
それまで、書けるものは書いておきたかった。
息が止まるその瞬間まで、何かを書いていたかったのだ。
だって、これが私の生き方だ。
これが私の息の仕方だ。創造こそ、私の人生だった。
でも、来世では、もうこんな生き方をしたくはない。
出来ることなら、覚えておいてほしくもなかった。
こんな人生だったと知ることなく、普通の人生を歩んでほしい。
そう願っていたのに。
叶わなかったらしい。
私は気付けば、森の中の赤い屋根の一軒家で、一人で暮らしていた。
その世界は、異世界。
よく書いていたファンタジーな異世界だった。
私は本を片手に、錬金術師として生計を立てている。
森を抜けた先に街があるから、錬金術で造り出したものを売って生活をしていたのだ。
結局、生まれ変わっても、私は何かを創造している。
なんでだろう。
前世の記憶を持っているから?
それとも、私は……ーーーー変われないとか?
物語は書かないようにしていた。そもそも前世で書き尽くしたと言える。
現世では、物語として描いていた冒険が出来るので、必要はなかった。
不可思議な生物と戦っては、素材を得る。
前世の地球と同じような素材を発掘したり、採取したりして、私は楽しんでいた。
まだ一年も経っていないからだろう。私は苦しい思いをしていない。
だいたい姿は、十三歳の少女だろうか。
こんな幼いのに、前世と同じ苦しみを抱えていたらと思うと……。
ある日。
私はいつものように街へ、錬金術で作ったものを売りに行った。
帰りには森の中で採取をしつつ、家路を歩く。
森の中が、薄暗いと思いきや、曇ってきた。
ふと、振り返ると、青年が立っていることに気付く。
佇んで、こちらを見ている姿に、少しゾクッとした。
思わず、採取用のナイフを取り出すと、目の前に彼は現れる。
一瞬にして、目の前に移動してきたのだ。
「記憶を見せてもらおう」
ひし形の瞳孔を囲うような黄金の色の瞳を見た。
私の目の奥底を見ているような、見透かされているような感覚を味わう。
かと思えば、胸元に噛み付かれた。
ヴァンパイアという種族か!
ヴァンパイアには、血から記憶を覗き見る能力があると聞いたことがある。
言葉の意味を理解した時には、私は自分の記憶に溺れていた。
自分が、どう生き方をしていくのか。
自分が、どう終えるのか。
考えたことはあるだろうか。
他人なんて知らない。
でも、私は決めていた。
どう生きていくのか。どう終えるのか、まで。
書き続ける人生を、あっさりと終えた。
私は、藍色の夜空の下。零れんばかりの星が満点に輝く、森の中にいた。
そこで、神様と会ったのだ。
「つらい人生だったね」
全て知っているかのように、少年の姿をした神様は声をかける。
「でもね、きっと魂の底から愛していたから、仕方なかったんだよ。君はその生き方を愛していた。それはつらくもあっただろう、けれども愛しくもあって、愛し続けていたんだ」
ぽろっと涙が零れ落ちた。
「どうか、来世も愛するといい。自分が選んだ生き方を。大丈夫、今度はそんなにつらくないよ」
瞼で涙を退かしてみれば、少年の姿をした神様は、同じ夜空の色をした髪を持っている。
キラキラと、星が揺れては輝いていた。
「どうしてかって? 君が報われるようにしたいからさ」
涙は止まらなくなってしまう。
ああ、きっと私は。
どこか心の片隅で、この生き方が、報われてほしいと思っていたんだろう。
報われてもいいのだと、神様から言ってもらえることがどんなに救われることか。
私は救われたかったんだ。
「自由に生きるといい。また愛していける生き方を見つけて、心地よく呼吸をして、生きていくんだ」
神様は、そう笑いかけた。あどけない少年の無邪気な笑い方。
そして、私に好きな姿を与えた。
好きな能力ももらった。
好きな場所に家ももらった。
思い出した。
私は。
望んで、ここに生きているのだ。
また創造する生き方を選んで、生きていたんだった。
神様に救われて、与えてもらって、私は生きている。
「っ、すまない」
私から離れたヴァンパイアは、そう謝罪を口にした。
「転生者だったのか……すごくつらい思いをして生きてきたのだな」
ヴァンパイアは、泣いている。
私の記憶を見て、涙を流していたのだ。
私は痛む胸元を治療するため、常備している傷薬を腰のポーチから取り出して塗った。
これも錬金術で作ったものだ。スッと消えていく痛みと傷。
「本当にすまない。君を調べるように依頼されたんだ」
「え?」
誰かに依頼されて、私の記憶を覗き見たの?
「ああ、腕のいい錬金術師が現れたが、幼すぎる上に謎めいてすぎて怪しいから、と」
確かに、怪しいことは否定が出来ない。
しかし、だからと言って、ヴァンパイアに襲わせるなんて、犯罪行為ではないか。
「依頼主は誰ですか?」
「その前に」
ヴァンパイアは、私にハンカチを差し出した。
私も涙が止まらないでいたからだろう。
全てを思い出して、涙が溢れて止まらない。
仕方ないので、ハンカチを受け取り、涙を拭った。
「申し訳ないが、依頼主は明かせない」
「……」
私は背の高いヴァンパイアを睨むように見上げる。
「代わりと言ってはなんだが、オレが償いをする」
ヴァンパイアは私の前で片膝をついて、逆に私を見上げた。
「君に付き従おう」
「じゃあ依頼主を」
「それ以外で」
「……」
傅いたヴァンパイアに私はにっこりと笑いかけたあと、グーで右頬をパンチさせてもらう。
これは、噛まれた当然の報復である。
しかし、悲しいかな。自己回復力が高いヴァンパイアは、ケロッとしていた。
私の手の方が、ダメージが多いみたい。
「なんで、付き従うって話になるんですか?」
「神様と同じで、君の生き方に感銘を受けたからだ。どうか、現世の生き様を間近で見させてほしい」
私の生き方に感銘を受けた、か。
くすぐったい言葉だ。
照れてしまう。
「嫌です。依頼主を吐いてください。その人を殴ります」
「オレが償うので」
「それってあなたに利益があるってことじゃないですか……図々しいです」
きっぱりと断りを入れた。
「オレには時間がたっぷりある。ずっと口説かせてもらう」
「くどっ……? 嫌ですってば」
「ふふっ。諦めない」
ある日森の中、ヴァンパイアに出遭った錬金術師は、神様に転生させてもらった異世界の転生者。
腕のいい謎めいた幼い錬金術師と、ヴァンパイアは、のちにコンビと呼ばれるようになったりするけれど。
それはまた、別の物語となるーー。
end 20211023
ある日森の中、ヴァンパイアと出遭った錬金術師は。 三月べに @benihane3
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