第5話 ボーイズトークもとい、野郎共の集い

「アホやなぁお前、何で講義をブッチして、そのねーちゃんらとトークを続けんかったんや」


 肉と野菜の炒めものに伸ばしかけた箸を止めて、北川が呆れたような顔で俺に言った。


 三講目が終わった後、ぶらりと立ち寄った大学図書館で伊東と北川に出会い、図書館の一角でしばらく後の流れで、そのまま一緒に早めの夕飯を食うことになった。時刻はだいたい、午後五時半過ぎ。


 Lineグループで連絡を取り合ってみたところ、久世は用事があると言って既に大学を後にしていて、さかきは五講目の講義が終わったら学食に顔を出すと言っていた。


「ロン毛のねーちゃんの方はともかく、ショートのねーちゃんの方は、少なからずお前に興味を持ち始めてたんやろ? そこは上手いことトークを持っていかなアカンやないか」


「んなこと言われたってよ」


 親子丼の大盛りの最後の一口を口に運びながら、俺は歯切れの悪い返事をするしかなかった。


「でもさぁ一吾、そこで久世と二人でその合コンに行ってたら、俺らは君達にをしなきゃならなかったところだぜ?」


「総括、ってなぁ……伊東、お前一体いつの時代の人間だ?」


 法学部政治学科の学生同士なので、俺達の間ではたまにこういう会話が飛び交う。ちなみに「総括」とは、今から五十年ほど前の左翼政治運動家の用語の一つで、平たく言えば私刑リンチのような意味を指している。


 今度は北川が、俺の方を見てニヤリと笑った。


「ちなみにそのねーちゃんら、美人やったん?」


「んー、まあまあ、かな」


「ええなぁ、年上で美人のお姉さま。やっぱそれは、行っとかなアカンかったヤツやで」


「そんなもんかねぇ」


 個人的には、微妙にノリが軽すぎる感じがして、正直好みのタイプでは無かった。最初はなから俺のことを恋愛の対象として見ていなかったからってこともあるんだろうが、あんなにもあけすけな物言いをされてしまっては、百年の恋も醒めるってもんだ。


「でもよー、もしも一吾に女が出来たら、こいつのが烈火のごとく怒り狂うんじゃない?」


 ようやく晩飯を食べ終えた伊東が、くくっと喉を鳴らして笑った。俺はじろりと伊東の方を見て言った。


「あのさぁ、そのネタ、久世の前ではもう口にすんなよ? 今朝方けさがたの話も、あいつ良い顔してなかったんだからな」


 俺の言葉に、多少の罪悪感を感じたのだろうか。やや気まずそうに頭を掻きながら、伊東が頷いた。


「ふーん、そっかー。じゃあ今みたいに、久世がいない時だけのネタにするよ」


「いや、そういうことじゃなくてだな」


「それにしても久世の奴、何で一吾にだけはべったりなんかねぇ?」


 御飯と味噌汁、小鉢を食い終わり、最後に残った肉と野菜の炒めものをつつきながら、北川がぼんやりと言った。


「んなモン、俺が知りてぇよ……ただあいつ、高校時代には人間関係で結構苦労していたみたいだぜ?」


 そこで俺は、久世から聞いたあいつ自身の身の上話を、かいつまんで説明した。他人のプライバシーをあれこれべらべらと喋るのは性に合わないが、こいつらが久世と上手くやっていってくれるためなら、話す価値はあるだろう。


「……へえ、あいつも色々と苦労してるんやなぁ」


 俺が話し終わると、晩飯の最後の一口を飲み込んだ北川が、何やらしみじみと言った。


「でもよ、その話からすると、あいつが女の子との会話が苦手なんはまだ分かるけど、俺らとの会話が苦手ってのは何でなんやろうな?」


「えっ、それってどういう意味?」


 首を傾げて尋ねた伊東に、北川は腕組みをして答えた。


「だってよ、今まであいつの周りにいた男連中がばっかりやったってことは分かったけど、少なくとも今の俺らの中で、あいつの見た目にそこまで劣等感を感じてる奴っているか?」


 北川の言葉に、俺は軽く唸った。


「あの見た目でべたべたされるのは、正直気色悪いと思わなくはないが……劣等感ってのは、ねぇな」


 俺がそう言うと、隣で伊東もうんうんと頷く。


「そうだね。久世は久世、俺は俺だもんねぇ」


 北川は腕組みをしたまま椅子の背もたれに背を預け、大きく息を吐いた。


「せやろ? そう考えると、久世のコミュ障って相当なもんやと思わんか?」


「まあ、確かに……って、おっ、榊が来た」


 伊東の視線の先には、何やら疲れ切った顔の榊が右手を挙げて立っていた。


「お待たせー。みんな神妙な顔つきになってるけれども、何かあったの?」


 北川の隣の席に座った榊が、ホットの緑茶のペットボトルの蓋を開けながら尋ねてきた。


「一吾が久世をエサにして俺達を裏切ろうとした話と、久世の昔話」


 そう答えた伊東の脇腹をひじで軽く突いた俺は、ここまでの話を適当に端折はしょって榊に話した。


 俺の話を聞いた榊は眉根を寄せ、青いひげの剃り跡が目立つ口元を尖らせて唸った。


「うーん、今の話を聞いたら、何だか久世が可哀想に思えてきたなぁ」


 まだそれ程長い付き合いではないが、榊はおそらく俺達の中で一番温厚な性格の奴だ。それに、伊東や北川とは違って、俺と久世をつかまえてにすることもない。


「ちなみに、榊は久世の見た目に嫉妬する?」


 伊東の問いに、榊は苦笑した。


「そりゃまあ、あれだけの超イケメンだったら、ぜひ顔面を交換して欲しいなって思ったりはするけれども……そんなのどだい無理な話だし、人の顔のことをいちいち気にしたって、しょうがないからねぇ」


「だよねぇ……となると、ますますあいつが一吾にしか懐かない理由が分からんのよ。これはやっぱり、あいつが一吾のことを特別な相手だと思って……あいてっ!」


 また伊東がつまらんことを言い出しかけたので、今度は軽く後頭部をはたいてやった。両手で頭を押さえた伊東を見て、北川と榊が笑う。


「でも、久世の人見知りについては、周りがとやかく言って治るものでもないし、本人がちょっとずつ変わっていくしかないと思うけれどもね」


 緑茶を口に含みながらそう言った榊に、俺は軽く頷いた。榊の言う通り、こればっかりは他人がどうこう言って何とかなる問題じゃない。あいつが自分で乗り越えなきゃいけない問題だ。


 でもなぁ、あいつのあの性格で、そうそう簡単に変わっていけるとは思えないんだよなぁ。早く俺から独り立ちしてもらうためにも、やっぱあの二人との合コンの話、受けておいた方が良かったのかなぁ。

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