第4話 逆ナンだと思ったら、体のいいダシ扱いでした
久世と別れて学館に入り、登りのボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待っていたところで、背後からパタパタと誰かが駆けてくる足音がした。
「ねぇねぇねぇ、ちょっとキミ」
聞き覚えのない声に振り返ると、そこには見知らぬ女が二人立っていた。
一人は黒髪のショートボブ、もう一人はアッシュブラウンのセミロングで、二人とも見た目は結構美人だと思う。どっちもこじゃれた服を身にまとい、たぶん二人とも俺より年上っぽい。
ショートボブの方の女が、俺を見てにっこりと笑った。
「キミ、最近ちょくちょく構内で見かけるんだけれども」
えっ、何? これっていわゆる逆ナンって奴?
「あの“王子”の友達だよね?」
――アッハイ、そーゆー流れの話ね。まあ、どうせそんなもんだろうさ。畜生。
「えっと……“王子”って、一体誰の事っスか?」
我ながら白々しい台詞を吐いたもんだと思ったが、俺の言葉に今度はセミロングの女が答えた。
「またまた、とぼけちゃって。最近いつも一緒にいる、あの可愛らしい彼のこと。誰が呼び始めたのかは私も知らないけれど、誰も名前を知らないから、女の子達はみんな“王子”って呼んでるみたいよ」
やっぱり久世のことだ。うわぁ、超面倒臭ぇ。
そこでチン、とベルが鳴り、エレベーターの扉が開いた。それ程大きくもないエレベーターから、中に乗っていた学生達がぞろぞろと出てきた後、俺と一緒にエレベーターを待っていた学生達がぞろぞろとエレベーターに乗り、俺一人だけを置いてエレベーターの扉が閉まる。俺は小さくため息をついた。
「それで?」
「キミ、さっきまでずっと“王子”と一緒にいたじゃん? あの子の名前、教えてよ」
そう言って、俺の方に近寄ってくるセミロングの女。ふわりと漂ってきた甘い匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。俺は何と返事をしたものか、少し悩んだ。
「えっと、ッスね……そういう話は、本人に直接聞いてもらった方が」
俺の言葉を途中で遮ったセミロングの女が、呆れたように言った。
「あのねぇ……キミには分からないことかも知れないけれど、あの子のファンだって女の子の数は、すっごく多いのよ? 目立つような場所で、自分から目立つような真似は、なるべくしたくないの」
「女同士のそういう駆け引きって、結構凄いんだよー?」
そう言ってニヤニヤ笑う、ショートボブの女。何だよ、この話の流れ?
「いや、その手の話は確かにさっぱり分からないっスけど、ここで俺に話しかけているよりも、あいつの方に行って直接話をした方が早かったんじゃないっスか?」
俺がそう言うと、ショートボブの女がふるふると被りを振った。
「あー、ダメダメ。たぶんキミなら知ってるんだろうけれども、彼、なーんか他人に対してガードが固いところがあるらしいんだよね。あと、最近じゃ全然関係のない男子が、突然彼との会話に混ざってこようとするっていうか?」
うーん、それってひょっとして北川のことか? でも北川は、そんなに頻繁に久世の後をつけまわしているって訳じゃないだろうしなぁ。
もしそうだったら、たぶん久世が北川のことをもっと嫌がっているはずだし――だとしたら、その辺にいた見知らぬ野郎共が、突然ダチのふりをしてあいつに近寄ってきてるってことなのか?
久世の奴、俺の知らないところで色々と苦労しているんだなぁ。俺だったらそんなふざけた奴、「誰だよお前」って一発殴っているところだろうけれども、あいつにそんなガッツがあるとも思えんしなぁ。
「アタシ達が知ってる情報じゃ、”王子”がいつも仲良くしている人間って、どうやらキミしかいないみたいなんだよね。違う?」
うっ――そこは出来れば否定したい。したいんだが、あいつが俺以外の奴と積極的に話をしている光景って、確かにまだ見たことがねぇ。伊東達と一緒にいる時でも、自分から積極的に話をするって雰囲気は、まだないしなぁ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、突然セミロングの女が軽く両手を叩いて笑った。
「あっ、そうだ! キミ、”王子”と私達二人、四人で合コンしない?」
「……はあっ?」
思わず目が点になる俺。そして、彼女の隣で口を尖らせるショートボブの女。
「ええーっ。エミはそれで良いのかも知れないけれど、それってアタシに何もメリットないじゃんかー」
「そんなことないよー。ほら、この子だってよく見れば、なかなか悪くないじゃない?」
「んんー……そうかなぁ。どうだろう?」
うーんと小さく唸りながら、じろじろとこっちを見てくるショートボブの女。そこそこな美人に見つめられているはずなのに、全然嬉しくねぇ。
そうこうしているうちに、三講目が始まるチャイムが鳴った。やべっ、うっかりしてた。
「あー、俺、もう次の講義が始まるんで。それじゃ」
「ええっ! ちょっと、待ってよー!」
俺は大急ぎでその場を逃げ去り、エレベーター横の階段を段飛ばしで駆けあがって、三講目の授業がある教室に飛び込んだ。幸いにして講師はまだ来ていなかったが、空いている席は講師の真ん前のエリアしか残っていなかった。
これじゃおちおち居眠りも出来やしねぇ――席に着いて筆記用具やノート、テキストをバッグから出しながら、俺はさっきの女二人を恨まずにはいられなかった。
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