第2話 新しい友人は、超面倒臭いイケメンでした
学食へ向かう道中、俺達二人は――というか、久世の奴が、すれ違う学生達や一部の先生の注目を集めていた。
特に女子からの注目度は半端なく、遠目に久世を指さして何やら騒いでいる光景も見えた。どうやら久世もその様子には気付いているらしく、何やら居心地が悪そうに、ややうつむき加減で歩いている。
並んで歩くと、久世の方が俺よりも少し背が高いことが分かった。俺の身長は百六十三センチなんだが、こいつは多分、百七十センチ弱ってところか――くそっ、超イケメンなくせに俺よりも背が高いって、何か許せねぇ。
学食に着いた俺達は、それぞれ自分の夕食のメニューを選んだ。久世はホワイトソースのオムライス一つだけ。俺は大盛りのご飯と味噌汁、ひじき煮、卵焼き、チキン南蛮の皿をトレーに載せた。
会計のためレジに並んだところで、久世が自分の学食パスを差し出そうとしたが、俺はそれを断った。
「えっ、さっきごちそうするって言ったよね?」
「あのなぁ……出会って間もない奴にホイホイ飯をおごってもらう程、俺は落ちぶれちゃいねーよ」
久世は一瞬黙り込んだが、やがて「ふうん」とだけいって、俺の会計から自分の学食パスを引っ込めた。
昼飯時だと非常に混み合う学食も、夕飯時になると比較的閑散としていた。俺は適当にその辺りの席に座ろうとしたが、久世が「出来ればこっちの方がいい」と言ったので、一番隅っこの席に座ることになった。何やら男二人で密会をしているようで嫌だったが、まあ仕方が無い。
「それじゃあ、いただきます」
飯を食う前に、久世は背筋を伸ばし、両手を合わせてそう言った。俺は既に箸を手に取り、卵焼きに手を伸ばしかけていたのだが、仕方なく久世に習って両手を合わせた。勝手な第一印象で、何不自由のない良いところの我が
「結構健康的なチョイスだね」
俺のトレーに並ぶ皿の数々を見た久世が、オムライスを上品にスプーンで口に運びながら笑った。その口元が妙に色っぽく見えたような気がして、俺の背筋に寒気が走った。
「別に。飯食う時のチョイスなんて、大抵こんなもんだろ」
「そうかな? 人によっては、自分の好きなものしか食べないって人もいるよ。その点、キミのチョイスは栄養のバランスが良い」
「ま、そんなもんは人それぞれさ」
それからしばらくの間、俺達はお互いに無言のまま食事を続けた。
「お前、飯食うの遅いんだな」
トレーの上に並んだ食事の量は俺の方が多かったのに、飯を食い終わるのは俺の方が速かった。
「別にいいじゃないか。食事はゆっくりと味わって食べるものだよ」
久世が少し不機嫌そうに俺を見た――って、何だよこいつ、まつ毛もなげーな。
「って言われてもよ、さっきからずーっとチマチマ食ってるじゃねーか。まるで女みたいだな」
俺のその一言が、余程気に入らなかったのだろうか。久世はそれまでから一変して、がつがつと乱暴な調子で、残りのオムライスを全部平らげた。
「これで気が済んだかい?」
やや苦しそうに眉根を寄せながら、久世がじろりとこちらを睨んできた。ありゃ――こいつ見かけによらず、結構負けん気が強い奴だったのかね。
自分の胸元を軽く叩いてから、久世は両手を合わせて小さく「ごちそうさまでした」と言った。その仕草を横目に見ながら、俺がバッグのベルトを肩にかけ、空になった皿の乗ったトレーを手に席を立とうとしたら、久世が慌てて言った。
「ちょっと、
「いや、どこって……飯も食い終わったことだし、あとはもう帰るだけだろ?」
「いやいやいや、ボクはただ一緒にご飯を食べるためだけに、キミを食事に誘った訳じゃないんだ。何ていうかさ、ほら、お互いに親睦を深めるっていうか……」
――ちっ、面倒臭ぇ奴だなぁ、こいつ。
「あのなぁ。お前が美人の女の子だとかいうんだったらともかく、何で俺が男相手にそこまで付き合わなきゃならねーんだ?」
俺がそう言うと、久世はしばらくの間口をパクパクさせていたが、やがてうつむきながら小さなため息をついた。
「そっか。キミもやっぱり、可愛い女の子が相手の方がいいのか」
「何だってんだよ、おい……そりゃ男だったら、まあだいたいそんなもんだろ。お前は違うのか?」
「ボクはただ、普通に話が出来る友達が欲しいだけなんだ」
半ば涙目になって、空になったオムライスの皿をじっと見つめる久世。
俺はこのままその場を立ち去ろうかとも思ったが、メソメソしているこいつのツラを見ていると、何だか無性に腹が立ってきた。
俺は半ば投げ出すようにしてトレーを机の上に置き、戻した椅子を再び引いて腰を下ろした。
「いい
俺が吐き捨てるようにそう言うと、顔を上げた久世が、微かに目尻を拭いながら笑った――こいつ、なまじ中性的な顔立ちをしているだけに、一瞬女が泣いているのかと思ったわ。畜生め。
「ありがとう、新行内君。それと、ごめんね」
「あのなぁ……色々とむずがゆいんだよ、お前。ひょっとして、コミュ障ってやつか?」
「随分と失礼な物言いをするんだなぁ、キミは」
久世はほんの一瞬だけ眉を上げて怒ったが、すぐに肩を落として再びため息をついた。
「でも、うん……そうなのかも知れない」
「あン?」
「お恥ずかしい話なんだけれども、ボクには友達って呼べるような相手がいなくてね。地元にいた時もそうだったし、
そう口にした久世は、気恥ずかしそうに苦笑した。
「いやお前、それだけ顔が良ければ、そうそう人間関係で苦労なんかしないだろ?」
あとは性格さえ良ければ、という台詞は飲み込んだ。俺だって別に、こいつをいじめて喜ぶような趣味は持ち合わせちゃいない。
俺の言葉に、久世はふるふると被りを振った。
「あのね……異性からは『そういう目』で見られて、同性からは『色目を使う奴』だって嫌われる。人間は、その気になればどこまででも冷たくなれるんだよ」
「……」
「でもまあ、中学生ぐらいまでは、まだそれ程でもなかったんだけれどもね。高校時代は、ボクにとっては思い出したくもない悪夢の日々だった」
俺は何とも気まずくなって、ほぼ空になっていたグラスの底に残った冷たい水をすすった。ずずっ、という音がして、久世は一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「イケメンにはイケメンなりの悩みがある、ってか?」
「まあ、ね。ボクはそんな毎日が嫌になって、自分のことを誰も知らない場所で、今までとは違う自分になりたいって思った。だからこの、あららぎ国立大学に入学したんだ」
「へぇ」
俺は腕組みしていた両手を軽く広げて、久世に笑ってみせた。
「でもよ、人間そう簡単に別人にはなれねぇだろ?」
だが久世は、逆に俺に向かってニヤリと笑い返した。
「実はボクには、いくつかの特技があってね。これでも見た目は、高校時代からすると随分と変わったんだよ」
「何だよ、それ」
ほんの少しだけ興味が湧いた俺は、軽く身を乗り出した。
「そこまで言うんだったらお前、高校時代の写真とか見せてみろよ」
だが久世は、俺の予想に反して、ふふんと鼻で笑ってみせた。
「嫌だよ……少なくとも、今はね。キミがボクの友達になってくれて、いつかその時が来たら、ね」
「……おいおい、それってダチになってくれっていう奴の態度じゃねーよな?」
俺が乗り出した身を引いて不機嫌そうに鼻を鳴らすと、久世は一転してあたふたと弁解しだした。
「あ、いや、気を悪くさせたのなら謝るよ。ごめん。それに……」
「それに、何だよ?」
俺がじろりと睨むと、久世はさも居心地が悪そうに、もじもじと身体をくねらせた。
「今はまだ、他人に昔の写真を見せるのが恥ずかしいんだ。いやホント、勘弁して」
そう言って軽く頬を染めながら、両手を顔の前で合わせる久世を見ていると、何やら全身がむずがゆくなってきた――あのさ、その見た目でそういうことするの、やめてくれねぇかな。
「分かった、その件についてはもういい。俺だって、わざわざ無理強いしてまで見せてくれだなんて思ってねーよ」
「そっか、ありがとう」
「でもよ、いくら見た目が変わったっていっても、さっきも言ったように中身までそう簡単には変われねぇだろ?」
俺がそう言うと、久世は気まずそうに自分の頬を掻いて苦笑した。
「いや全く、キミの言う通りだよ……それに正直なところ、どんな風に友達を作ったらいいのか、それすらも忘れちゃった」
「そりゃまた随分と、コミュ障をこじらせていやがるなぁ。じゃあ、何でさっき俺の隣の席に座って、わざわざ声までかけてきたんだ?」
俺の問いに、久世は腕組みをし、少しの間黙り込んだ――やれやれ、腕も
それからしばらくして、久世は何やら気恥ずかしげな笑みを浮かべながら答えた。
「そうだね。その理由は二つあるけれども……一つは、キミがあの部屋の中でただ一人、誰とも話をせずに独りでいた事」
「はあっ?」
「既に出来上がっている人の輪の中に、突然やってきてすぐに飛び込めるほどの度胸は、ボクにはないよ」
「……まあ、そりゃそうだ」
「それに、あの場でキミが独りでいたってことは、ボクと同類の人間なんじゃないかって思ってね」
そう言って、久世がクスリと笑う。
「ひっでぇ言われようだな、おい。俺はお前と違って、もうちょっと付き合いってものが出来るぞ。あの時はただ、面倒臭かったってだけで」
俺が吐き捨てるようにそう言うと、久世はやや引きつった笑みを浮かべた。
「で、もう一つは……完全なボクの勘だよ」
「勘?」
「そう。あるいは、キミが身にまとっていた雰囲気とでもいうか」
「何だそりゃ?」
思わず首を捻った俺に、久世は穏やかな笑みを浮かべた。
「キミが身にまとっていた雰囲気が、ボクには何とも心地よく感じられた……きっとキミは良い人だ、そう思ったんだよ」
不覚ながらも俺は一瞬、久世のその笑みに見とれてしまった――って、いやいやいや、こいつは男だ。男の俺が、男の笑顔に見とれてどうするんだよ。気色の悪いっ!
「あ、あのなぁ。いきなり訳の分かんねぇこと言ってんじゃねーよ」
「ふふっ。実際にキミは、今こうしてボクの話し相手になってくれているじゃないか」
いやまあそれは、事の成り行きで仕方なくというか――一見何の不自由もしていなさそうなイケメンのくせに、まるで路上に打ち捨てられた子犬みたいな奴、さすがにほっとけねぇだろうがよ。
「……ははーん。さてはお前、いつもそんな感じで笑ってみせて、講義の時にも女を口説いているんだな?」
やや苦し紛れな俺の切り返しに、今度は久世が顔を赤らめた。
「いや、彼女達とは別にそういう関係じゃなくて……って、何でキミがそんなことを知っているのさ?」
「だってよ、お前、その見た目で自分が目立っていなかったとでも思ってるのか? それに、俺とお前は学部も学科も同じなんだから、必須科目の講義の時には、何度かお前を見かけているぞ?」
「うっ……」
「あーあ、いいよなぁイケメン様は。わざわざ自分から口説きに行かなくても、女の方から言い寄ってきてくれるんだからなぁ」
「そっ、そういう言い方はやめてくれないかな」
久世はむっとした表情で、俺を睨んだ。
「さっきも言った通り、ボクはただ、普通に友達を作りたいだけなんだ。彼女達とは友達になれればとは思ったけれども、別に恋人にしたいとか、そういう風に思ったことは一度もないよ。だって……」
「だって、何だよ?」
「……いや、何でもない」
――あーあ、何で俺、こんな面倒臭そうな奴の相手なんかしているんだろうな。全く、我が事ながらだんだん馬鹿らしくなってきた。
学食の壁にある時計にふと目を向けると、時計の針は既に午後六時を回ろうとしていた。自分が思っていたよりも随分と長く、久世と話し込んでしまっていたようだ。
辺りに目を向けると、俺達二人以外にはあまり人影が無かった。遠くの方に見える厨房の中から、おばちゃん達の話し声が微かに聞こえてくるぐらいだ。
「おい、さすがにそろそろ帰ろうぜ。俺も
俺がそう言うと、久世はさも名残惜しげに視線と肩を落とした。
「うん、そうだね。今日はボクの話に付き合ってくれて、どうもありがとう」
――んな顔すんじゃねーよ、気持ち
「ところでお前、出身は京都って言ってたよな?
俺の問いに、久世はただ黙って被りを振った。俺は軽く舌打ちしつつ、ズボンのポケットの中から自分のスマートフォンを取り出して、久世に差し出した。
久世は一瞬、呆気に取られたような表情を浮かべた。じれったくなった俺は、半ば
「ったく、とろくせぇ奴だな。お前もスマホ出せって言ってんだよ、連絡先ぐらいは交換してやる」
「えっ? それじゃあ」
久世の表情が、ぱっと明るくなった。こいつの放つキラキラオーラが全開になったようで、俺は何とも気まずくなり、一つ咳ばらいをしてから、再び自分の手の中のスマートフォンを久世へと突き出した。
電話番号とLineのアドレスを交換した後、久世は満面の笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、新行内君。キミはボクにとって、大学生になってから初めての友達だよ」
「たかだかダチ作るぐらいで、いちいち大げさなんだよ馬鹿」
俺の言葉に、久世は軽くうなだれた。
「えっと、うん……それはそうなのかも知れない、ごめん」
「それに、つまんねぇ事でいちいち謝るんじゃねぇよ。あとな……一吾だ」
「えっ?」
きょとんとした顔の久世に、俺は軽く笑ってみせた。
「俺のこと、毎回苗字で呼んでいたら舌噛みそうだろ? だから、昔っから俺のダチはだいたい、俺のことは名前で呼ぶんだよ」
俺の言葉に、久世は顔を赤らめ、はにかんだ笑みを浮かべた――いやだから、頼むからそういう反応はやめてくれ。気色悪いから。
「へえ……そう、なんだ。だったらボクのことも」
「いや、お前は久世だ。絶対に久世だ」
「ええっ、何で!」
「うるせぇ。気に入らねえってんなら、今すぐダチをやめるぞ?」
こんな男だか女だか分からんようなイケメンと名前で呼び合うなんてのは、俺の精神衛生上、非常によろしくない。こいつばっかりは絶対に譲れないラインだった。
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