第60話 バイク屋にて その2

「このニンジャはさっきまで居たお客さんのなんだけどね」

「ああ、カップルの」

「そう、その彼氏の方ね」


話しを聞くと、店長が1人飲みに行った居酒屋のカウンターで、同じく1人飲みに来ていた彼氏さんと隣同士になって、ちょこちょこ話をしながら飲んだらしい。

「で、話の中で彼氏が今400ccのバイクを買おうかどうか迷っていると」

「400cc? ニンジャじゃなくて?」

「そう、ニンジャじゃなくてね。で、その彼氏が昔は400ccのバイクに乗ってて色んなトコにツーリング行ったりしてて、大型も取ろうかなと思ってたくらい好きだったらしいんだけど、周りにバイク仲間が居なくて、だんだん乗らなくなって… 何年か前に手放したんだって」

「まあ、良くある話ですねえ」

「まあね、それでちょっと前に彼女ができて、バイクに乗ってたんだって話したらその彼女さんが、バイクの後ろに乗ってツーリングに行ってみたい、と」

「お~、バイク乗りの夢の1つですねぇ」

「だよね~w。で、彼氏の頭にパッと浮かんだのが、トップガンのトム・クルーズ」

「これまた王道ですねw」

「ニンジャの後ろに彼女を乗せて走りたいと、彼氏のバイク熱も再燃。とは言え大型免許どころかバイクも持って無い。

憧れのバイク、夢のタンデムツーリング。でも現実的に考えて400ccのバイク購入が精一杯だよなってなって」

「まあそうですよね、400ccのバイク買うにしたって相当頑張って何とかって感じですよね普通は」

「それで、思い立ったが吉日、善は急げと思ったんだけど、好きだったとはいえバイクに詳しい訳じゃないから、まずは某バイク屋に見に行ったんだって」

「ああ、赤と黄色の店かな」

「そこで店員さんに、これこれこうでバイクを見に来たと説明したら、それでしたらこちらはいかがですか?ってRVFを勧められたんだって」

「RVF? って結構レーシーなバイクですよね?あまりタンデム向きとは言えない気がしますけど…」

「まあ…そう…かな、で、その店員さん曰く、ニンジャと同じでカウル付きだし、タンデムするならパワーもあった方が良い。と」

「う~ん…」

「まあそれで彼氏も、確かにパワーがあった方が良いし、何よりカッコいい。と気に入って、金額を聞いたら70万円です。と」

「おお~、いい値段しますねえ」

「で、流石に即決はできないからちょっと考えさせて欲しいって事で、さてどうしようか?と悩んでいる最中だ、と」

「なるほど」

「それでまあ、話を聞きながら考えてさ、おせっかいと言うか、余計なお世話と言うか、実は私バイク屋なんですけど…って」

「ああ、そこで余計なお世話が出てくるんですねw」

「彼氏さんちょっといいかな?って。そのバイク屋さんの意見を否定するつもりもないし、彼氏さんが納得してそのバイクを買うのならそれで全然良いんだけど、その70万円、もっと違う使い方も出来るよって言ったんだよね」

「違う使い方?」

「そう、まずは70万円を現金でオレに渡してって」

「あやしい!怪しすぎる!w」

「彼氏さんも同じリアクションだったよ、いきなり何言ってんだこのオッサン!みたいなw」

「そりゃそうですよ!」

「まあまあ落ち着いて、と。もしオレの事を信じて70万円渡してくれるなら、まず10万円あなたに返します。と」

「ん???」

「そしたらその10万円を持って教習所に行って、大型二輪の免許を取得して下さい、中免をもってるなら大体10万円くらいで取れるはずだから。って」

「ん? まあその位ですかね?」

「そしたら、あなたが教習所に通っている間に、私はオークションでニンジャを探して、購入します」

「ん~…ん?」

「オイルを交換して、必要ならキャブやブレーキをオーバーホールして、各部を整備して安心して乗り出せるように準備します」

「はあ…?」

「それで、無事免許を取得出来たら、免許を見せに来てください。そしたら、もう5万円返すから、彼女さん用のフルフェイスのヘルメットとジャケットを買ってあげて下さい。物にこだわらなければグローブくらいまで買えるはずだから」

「…」

「最後に、彼女と二人で、買った装備を持って店に来てください。これが約束出来るなら、何とかそれまでに間に合う様にニンジャを用意してあなたにお渡しします。ただし、約束を破ったり、やっぱりバイクいらないとか言われてもお金は返しません」

「そう言う事!? いやでも、えーと10万と5万で… 残り55万円でニンジャ買って整備までって無理じゃないですか?」

「はは! 彼氏さんにもそう言われたよw 正直儲けはほぼ無しか、良くてトントン、タイヤが駄目だったら確実に赤だね。でもパッキンとかのパーツ代なんかはたいした事ないし、点検や調整なんかはオレがこつこつ時間かけてやれば良いだけの話だしね」

「いやいや、工賃って知ってます?」

「それはそうだけどほら、隣に座ってこんな話になったのも何かの縁だし、自分の店で買ってくれたバイクでタンデムツーリングに行ってくれるって嬉しいじゃん。って言うのは建前で、オイル交換とか来てくれたり、原付欲しいって人が居たらウチの店を勧めてくれたら儲けになるじゃん。って言うのが本音ねw まあ、あれだよ、先行投資ってやつ?ははは!」

(この人は…、どれが建前で、どれが本音なんだかw)

「て言う話をして、同じ70万円使うにしても、こんな使い方も出来るよ?どうする?って。で、いま彼氏は教習所に通ってて、ニンジャを購入して整備を始めたって連絡したら彼女と二人で見に来たって言うのがさっきの話ね」

「はは… なんて言うか… 普通のバイク屋じゃないですよねw」

「あ~、マイガレージ兼店舗だからねw」



――― 後日。

俺はその店でリトルカブを購入した。





















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