第59話 バイク屋にて その1

自宅近くの会社に転職したのを機に、通勤に2ストの原付きスクーターを使うようになった。

加速が良いし、カストロールのオイルを入れて、ホントに甘い匂いがするんだなあ…なんて、普段の足としても重宝してたんだけど、寒い時期はとにかく調子が悪い。

フケないし、アイドリングも安定しないし、信号待ちでストンとエンジンが止まる。

雪道の下り坂なんかは最悪だ、ゆっくり慎重に下りたいけど、アクセルを吹かしていないとエンストしてしまうから、アクセルを吹かしながら、ブレーキで車速を落とすいう非常に繊細なアクセルワークとブレーキワークが必要になる。そんな状況でプスッとエンジンが止まった時はマジでコケると思った。

全くもってキケン極まりない。

いやいや、そもそも雪道をスクーターで走ること自体がキケンなのでは? という至極当然な意見は一旦置いといてもらって。

ともあれ、そんな事を何度となく体験すれば、バイク変えようかな?という思考に至るのも、これまた至極当然の流れで…


インジェクションとは言わないまでも、せめて4ストだよなあ。どこかに安い出物がないかなあ。そんな事を考えながら、何の気なしに普段使わない商店街の道にスクーターを走らせていると、数台のバイクが並んでいる店に気が付いた。

(ん? バイク屋か?)

近づいてみると、小排気量のバイクが5〜6台店先に並べられていた。

(いつの間に出来たんだ? て言うか、このタイミングでこの出会い。こりゃ買えってことか?w)

笑みを浮かべてスクーターを降りた。


こぢんまりした店構え。出入り口のガラス戸に【MCサービス】とカッティングシートが貼ってある。(MC…モーターサイクルかな?)店内に目を向けると、カップルと話をしている店員が見え、目が合ったので軽く会釈をする。

(勝手に見させてもらうか)

まず目が行くのはスーパーカブ。郵便配達でお馴染み、今更説明不要の日本が世界に誇るスーパーなバイクだ。冬でも元気に走り回れるバイクとしてパッと思いつくのはやっぱコレだろう。

(でも、ちょっとデカいんだよな)

隣に並んでいる原付きスクーターと比べると二回りは大きい。

と、更に奥にあまり見慣れないバイクがあった。

パッと見はカブ。

丸目一灯のヘッドライトに大きなレッグガード。

でもタイヤが小さい。

全体的に丸みをおびた女子ウケしそうな、スーパーカブをギュッと小さくした様な可愛いスタイル。

でもボディカラーが、こげ茶&銀なので可愛いというよりは、 渋い。

(あれもカブ?…)

記憶を探っていると、ガラガラっと戸が開いて店内からカップルと、その後に店員が続いて出てきた。

「じゃあ、よろしくお願いします」

「はい、ありがとうございました〜」

笑顔のカップルを、これまた笑顔の店員が見送る。

その店員は俺よりも五つ六つ年上だろうか?


「いらっしゃい」

カップルを見送った店員がにこやかに声をかけてくる。

「こんちは、店長さんですか?」

「あ〜、店長っていうか従業員っていうか、一人でやってるんで」

「なるほど」

「修理かな?」

俺のスクーターをちらりと見て店長が言う。

「いや、久しぶりにこの道を通ったらバイク屋が出来てたんでちょっと寄ってみようかな、と。冷やかしオッケーですか?」

「ああ〜、全然いいよ〜、冷やかしてってw」

人当たりが良い店長さんだ。

「実は4ストの小さいのが欲しいなと思ってて、今時期2ストだと調子悪くて…」

「あ〜、2ストは寒い時はどうにもなんないね〜」

「通勤に使いたいんで朝イチの調子が悪いと厳しいんですよ、で、勝手に見させてもらいましたけど、あの奥の茶色のやつって…」

「茶色?… あ〜リトルカブね」

「あ〜、カブにしては小さいなと思ったけど、そういやそんなのもあったか」

まさに小さいカブそのものだった訳だ。

「あれは冬でも調子良いよ、キャブオーバーホールしたばっかりだし、エンジンかけてみようか?」

言うが早いか、リトルカブを引き出してきてくれた。

リトルの名の通りスーパーカブと比べたらだいぶ小さいけど、スクーターよりは大きい、そんなサイズ感だ。

「よっ、と」

さして力を入れる風もなく、ストンとキックを降ろすと、プルンっと一発始動。

ストトト… と軽快なアイドリング音が聞こえてくる。

「エンジンかけてすぐ走り出す、みたいな事をしなければ朝イチでも問題ないよ、まあ、2ストのスクーターと比べたらメッチャ遅いけどw」

「あ〜、やっぱそうですか〜」

「まあ、トコトコ走るにはいいけどね、元々原付きってそういうもんだし。ちなみに遠心クラッチは乗ったことある?」

「いや、ないです」

「じゃあちょっと説明しようか」

プルルンッ プルルンッ と軽く吹かして

「うん、いいかな。まず、左足でギアチェンジするんだけどクラッチは無くて、ただつま先側を踏むだけ」

カチャン。

「これで一速に入った、エンストもしない。で、アクセルを開けると走り出す」

「へぇ〜」

「つま先側を踏むたびに二速…三速… あ、三速がトップね。で、走行中はもっかい踏んでも三速のままだけど、停車中だけはニュートラルに戻る」

カチャン。

「ん??」

「え〜と…走行中に三速からニュートラルに入ったら危ないじゃん? もう一回分踏み越えて一速に入っちゃったら強烈なエンブレで前転しちゃうよw」

「確かにw」

「けど、三速で走ってて信号で止まったとするでしょ? で、かかと側でシフトダウンなんだけど、二速、一速、ニュートラルって戻すより、つま先側を一回踏んでニュートラルに戻すほうが楽チンじゃん、四速のカブなら尚更だよね?」

「お〜、なるほど〜、賢いっすねぇ〜」

「で、右手が前ブレーキで、右足がリヤブレーキね。この辺もスクーターとは違うから、もし乗り換えたら最初はちょっと戸惑うかもね」

「ブレーキはいいけど、前を踏んでアップだとギヤチェンジ間違えそうだなあ…」

「あ〜 普通は、かき上げてアップだからねぇ。MTギヤつきのバイクも待ってるの?」

「9Rに乗ってるんですよ」

「お、ユメタマか。いいねぇ。でもホントに、乗り換える時はしっかり頭を切り替えないと危ないんだよね。クラッチレバー無いのに握ろうとするくらいなら良いんだけどねw」


(リトルカブありかもなあ…)

食指が動き始めたのを見て取ったのか、「ああ、中へどうぞ」と促されて店の中に入ると、ちょっとした応接スペースとバラシ中の赤黒のニンジャGPZ900R。奥には古いカワサキのZ。さして広くはない空間に工具やパーツ類がギュッと詰め込まれていた。

「デカいのも扱ってるんですね」

「あ〜…、基本的にはやらないんだけど、ニンジャは余計なお世話焼いちゃったって言うか…、奥のマークIIは自分のだし、ほら、マイガレージ兼店舗だからw」

「ははっ!ある意味理想の生活ですねぇ」

「ん〜、まあ中々うまいこといかないけどねぇ」

「余計なお世話焼いちゃったり? 何かめんどくさい仕事受けちゃったんですか?」

「いや、そういう訳じゃなくて…」


と、店長は話し始めた…



















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