第58話 冬の過ごし方

「よっしオッケー」

通販でXJRのバックステップを注文した。

定価五万五千円。高額商品お買い上げだ。

早くも装着した愛車を想像して自然に顔がニヤニヤしてしまう。

冬の間にこっそりカスタムして、春デビューで自慢しようという魂胆だ。

あ〜もう早く取り付けたい、早く自慢したい。

でもココはぐっと我慢だ。喋っちゃだめだし、顔に出してもだめだ。

春まで内緒にしておくのだ。


そして仕事の昼休み。

いつもの自販機前で、いつものメンツで休憩中。

「昨日バックステップ注文しちゃいました。うははっ」

うんムリ、黙っていられない。

だって嬉しいもん、話したいもん。

分かるよね?分かってくれるよねこの気持ち。


「お、マジで?」

「どこのやつよ?」

(これこれ!こう言うリアクションが欲しかった!)

「オーバーっす!」

「マフラーに合わせたか」

「オーバーかあ…結構したろ?」

「五万五千円です!」

「高っ!」

「ずいぶん張り切ったじゃん」

「まあまあ、金なんかいくらでもありますから」

「おっ!?」

「世の中にはw」

「あ〜、まあそうなw」

「もう、はやく付けたくて待ちきれないっすよ!まだ届いてもいないけどw」

「テンション高ぇな!まあ気持ちは分かるけど」

「冬の間にカスタム、正しいバイク乗りの姿だな」

「雪があって乗れないっすもんね、冬はやる事がなくてヒマですよねぇ…」

「あん?」

「…え?」


「「冬はスキーだろ」」

クスダさんとアマイさんに、ずずいと詰め寄られる。

「スキーですか?」

「スキーだろ!」

「サイトウは、やらないんだっけ?」

「ん〜…中学のスキー教室でやっただけっすねぇ」

「は〜ん…スキー楽しいぞ〜」

「ここんトコ行ってないけど、前は仕事終わりに毎日ってくらいパノラマのナイター行ってたわ」

「へえ〜、スキーかあ…」

「夏はバイク冬はスキーって人、結構いるぞ?」

「どっちも荷重移動で曲がる感覚が似てるしな」

「なるほど?」

「やってみたいなら行くか?行くならオレのお古で良ければウェア貸すし」とアマイさん

「板なんかはレンタルすりゃあいいしな」

「マジすか?じゃあ行ってみようかな」

「どうせ行くなら休みに白馬でも行きたいトコだけど、サイトウがキツいか…」

「いや!行けます行けます!」

「でも滑れねぇんだろ?」

「いや!だいじょぶっす!滑れます!何とかなります!行きましょう!」

何の根拠もないけど、勢いで押しきって、じゃあ次の休みに行くか、となった。


そしてやって来たのは鹿島槍スキー場。

「えっ広っ!何ココ!?広っ!!」

霧ヶ峰しか知らない俺にとってそこは広すぎた。

しかもこのスキー場、青木湖スキー場とさのさかスキー場とつながっていて自由に行き来できるらしい。

白馬おそるべし。

早速ウェアに着替える、ベルボトムのオーバーオールみたいだ。ちょっとデカいけどオッケー。

レンタルしたブーツも装着。

「うおーガッチガチだ、ガンダムみてぇ」

スキー場の雰囲気と、ほぼ初のスキーにテンションが上がる。

「ウェアのサイズ合って良かったわ」

クスダさんとアマイさんはとっくに着替え終わって俺を待っていた。

流石に二人は着慣れていてカッコいい。

「チケット買い行くぞ〜」

「はい!」

スキー板を担いで、スキーブーツで雪をぎゅむっぎゅむっと踏みながら、体がガッコンガッコンなりながら歩く。

これも二人はスマートに歩いていく。

そしてチケットセンターで1日券を購入。


「下の方でちょっと練習するかー」

「そうっすねー初心者がいるし」

「いやだいじょぶっす、リフト行きましょう!」

気を使わせるのが嫌だったし、荷重移動ならバイクで鍛えてる、きっと行けるという謎の自信があった。

「一番上まで行きましょう!」

「おいおい…行きたいなら行ってもいいけど知らねぇぞ〜」

「まあ、最悪ボーゲンで降りてこれるか〜」

とは言え、最低限このくらいは知っとけと、右足をガッと踏ん張れば左に、左足をガッと踏ん張れば右に曲がれると教わり、スキーを装着。

(うお!長っ!全然自由が効かんっ!ヤバいかこれ?)

「行けるか?」

「オッケーです!行けます!」

一瞬迷ったけど、今さらヤバいかもとは言えずに見栄を張り、ストックでぐいぐい漕ぎながら進んで、すでに行列が出来ているリフト待ちの列に並んだ。


高速リフトに横並びで乗る。

(うおー!気持ちいい〜!)

リフトが結構なスピードで登り始め、スキー場が見渡せる様になる。

「マジで広いっすね〜ここ!」

「まあな〜、でも栂池とかの方がもっと広いぞ」

「うへぇ〜、すげぇなあ」

広大なスキー場の雪景色にちょっと感動する。


有言実行。

リフトを乗り継ぎ一番上に向う途中、リフトから見える斜面に、

(あれ?これヤバくない?)

と思ったけど、リフトを降りて頂上から見下ろす斜面は俺の予想を超えて、更にヤバい景色だった。

(もう崖じゃんコレ〜!?)

スキー場に行ったことある人なら分かると思うけど、リフト降りてすぐの滑り始める場所ってメッチャ急斜面なんよ。

「うははっ!やっぱやべぇだろ?」

「もう後戻り出来んぞ〜w」

二人に煽られる。

「右足ガッで左、左足ガッで右っすよね?」

「お?行く?」

「そうそう、それで合ってるよ」

男は度胸!行ったらぁ!!

「行きます!」


ストックっでグイッと漕ぎ出す。

スサアァァァッ!!

サラサラのパウダースノーを巻き上げて滑り出す!

(うおぉぉぉーっ!!!速っ!怖っ!!)

足をガッとかの問題じゃない。

曲がれないし止まれない、というか何もできない。ただただ体を突っ張って加速していくだけ!

(とにかく足を!)

最初の急斜面を過ぎて多少緩やかになった所で右足をガッとやってみる。

(おっ?)

左に曲がった!

左足をガッとやってみる。

ズサアァァァ!!

(ぐっ!踏ん張れない!ダメだ!)

左足を踏ん張っても右には行けずに、真っ直ぐ加速していく。

そしてそのまま、真っ直ぐと左にしか行けない俺は、必然的に左の雪壁に突っ込んだ。

(うおおぉー!)

ボフッ!!

派手に突っ込んだけど柔らかい雪がクッションになったお陰で、冷たいだけで痛くはない。


俺が必死の形相で滑っている、時間にして10数秒?、上からは楽しそうな声が聞こえていた。

「おっ!」

「行けー!」

「焦ってる焦ってる!」

「うははっ!」

「お!お!?左行ってるぞ?」

「あ〜!行った行った〜!w」

「はい!ドーン!!wうはははっ!!」

スキー場って結構声届くのね。


雪の中から這い出てくると、クスダさんとアマイさんの二人がズバアッと雪を大量に巻き上げて目の前で止まる。

くやしいがカッコいい。

「大丈夫かサイトウ?」

「あ〜全然だいじょぶっす!」

「いや、全然ダメだろ?w」

「いやいや!まだ最初なんで!次は行けます!」

「ホントかよw」

「そんなに甘くね〜ぞ〜w」


その後も俺は左の雪壁と戯れながら何度もリフトに乗って、ガンガン滑った。

「右に行けないんすよ〜」

「体が逃げてんだよ」

「もっとこう、エッジを立てる感じでだな…」

「それに、板が勝手に重なるんすよ、俺の意志とは関係無しに!」

「あ〜、最初はそうなんだよな〜」

正直全然滑れんし、連絡通路を通るたびにストックでグイグイ漕いで、俺だけ汗だくだった。

でも、すげぇ楽しい!!

上からの景色は雄大で最高に気持ちいいし、リフトも楽しいし、ふかふかのパウダースノーは転んでも全然痛くない。

お手本の二人はすげぇ格好良くて、うまく滑れなくても、にゃろう!今度こそ!という気になる。


そんなこんなでひとしきり滑って、レストハウスで昼休憩、お盆を持ってレーンに並んで牛丼を受け取る。

(何だこのシステム?面白ぇw)

スキー客でごった返す中、何とか空いてるテーブルを探して座り、ブーツから足を開放。

(ふは〜、気持ちえ〜)

「最初よりは滑れる様になったか?」

「はい!スパルタコーチのお陰でw」

「おいおい、てっぺん行くって言ったのはサイトウだからな?」

「冗談ですよw」

「まあ、普通は行かんからなぁw」

「何とかなると思ったんですけど、何ともならなかったですw」

「盛大に突っ込んだからなあ」

「めっちゃ笑ったわw」

「いや〜でも、スキー難しいっすねぇ」

「ほぼ初めてなんだろ?良く付いてきてるよw」


飯の後は眠くなる、しばらくダラダラぐでぐでしてから午後の部スタート。

体は疲れてきてるけど、そのお陰で余計な力が抜けてるのか、午前中よりはうまく滑れてる気がする。

いや、やっぱ気のせいだわw。


結局、最初から最後まで、徹頭徹尾、首尾一貫して左に上手く曲がれないまま、初白馬スキー体験は終了した。

どうやら、俺にはスキーのセンスが無いみたいだ。いい経験が出来たけど、もう当分スキーは良いかな。




〜あとがき〜

自分にはスキーのセンスがないと判断した当時の私は、スキーを諦めスノボにはしり、小さなエア台を飛べる位には滑れるようになり、その後、長い長いブランク期間を経て、スキーのリベンジを果たす事が出来ました。


改めて思うのは、確かにバイク・スキー・スノボ、どれも荷重移動が大事だなって事。

そして共通点がもう一つ、それは、

「楽しい」って事。

バイクもスキーもスノボも簡単じゃあない。

自分の中の理想の姿が高ければ高いほど、近づこうとすればするほど難しくなる。

でもだからこそ「楽しい」のだ。


さあ部屋を出よう。

弧を描け!

軌跡を刻め!

排気音を響かせて疾走しろ!

雪煙をあげて滑走しろ!


四季を駆け抜けろ!!






































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