第56話 秋ツーリング その1
10月の下旬、少し前まで青々としていた山の木々や町の街路樹があざやかな黄色や赤色に色づき、いたる所でハロウィンの装飾がなされ、気の早いテレビでは冬のCMが流れ始める、そんな季節。
北は寒いからという理由で南の沼津にツーリングに来ていた。
コンビニの駐車場で俺は、クスダさんのニンジャの隣にXJRを停めてグローブを外してメットを脱いだ。
「え? 何すかコレ? メッチャ暖かいんですけど」
「確かに暖かいなあ、長野県とは大違いだわ」
「うわー マジかこの暖かさ、ここに住みてえ」
大袈裟じゃなくて長野県とは気温が違い過ぎた。
地元ではすでに、朝晩はストーブやコタツが必要なほど寒いのだ。
今回のツーリングも寒いのは分かっていたから、8時集合、ダベって8時半出発、くらいの遅めのスタートだったけど、
手がかじかんで体が固まるほど寒くて、最初のコンビニ休憩の時はみんな口をそろえて寒い寒い言って震えていた。からの、この暖かさ。
別世界だわ、ライダー天国だわココ、ガンダーラはここにあったんだ。
あ、ちなみにみんなってのは、クスダさん、アマイさん、ケンゴ、テル、俺、の事ね。久しぶりのマスツーだ。
「いやあ、ほんと暖けえな」
「ジーンズでも良かったかも」
真っ赤なジャンパーを着たケンゴと、Leeのレザーパンツとブーツでバッチリ決めたテルがニヤニヤしている。
「カツの彼女も暖かいって?」
「はあ? 何言ってんの? 俺に彼女なんて…」言いかけてハッとして、あわててXJRのタンデムステップを見ると、両方とも出されていた。
「うわ!やられた。いつからよ?」
「1回前の休憩の時からだよ」
「「あっはっはっは」」 みんなが楽しそうに笑う。
タンデムステップを出されていたくらいで何がそんなにおかしいの? と思ったあなたの為に説明しよう。
2ケツしている訳でもないのにタンデムステップが出ているというこの状況。
彼女が居ないさみしい男が、せめてタンデムツーリングの気分だけでも味わいたいと、架空の彼女の為にタンデムステップを出している痛い奴、と解釈されてしまうのだ。
これを仲間内では ’
「そういやあサイトウ、後ろ向いて彼女に何か言ってたよな?」
「あ~ なんか腰に手を回してる
「大丈夫か? 寒くないか? もっとくっつけよ、とか言ってたんじゃねえ?」
「「あっはっはっは!」」
「くっそ~! 全然気づかなかった!」
こういうイタズラは他にもあって、信号待ちの間に人のバイクのウィンカーをそーっと出したり、ホーンをプッと鳴らして知らん顔したり、前のバイクに後ろからタイヤをこつんとぶつけて、ハンドルをクイクイ動かしてバシバシ叩いたり、あとは、メットのシールドをあげて口だけパクパク動かして実際は何もしゃべってない、とか、色んな事をやっていた。その内の一つがこの妄想タンデムって訳、ぜひお試しいただきたい。
ただ、すべての彼女がいないバイク乗りは、いつかタンデムシートに彼女を乗せて走りたいと願っているはずだから、マジでキレられない様に仲間うちだけにしておいた方が良いことを念のため付け加えておくよ。
ちなみに俺は、いつか彼女とタンデムで夏の霧ヶ峰に行って2人でソフトクリームを食べる、というささやかな野望をいだいている。
ひとしきり笑った後、このコンビニで昼飯となった。
今回のツーリングは、沼津かどっかで(適当)海鮮かなんか(適当)を食おう。という目的が一応あったけど、道中のんびりしすぎてすでに昼過ぎなので、ここでいいやという事になった。
何か食おうという目的でツーリングに行って、良さげな店が見つからないとか、混んでるからやめようとか、疲れたからもうどこでも良い、みたいな理由で結局コンビニで済ませる事は割とある。目的が達成できなくても、まあ次は食おうぜとか、次は行こう、とかなるから、それはそれで次回のお楽しみって事で。
バイク乗りたるもの前向き思考で行こうぜ。
ウチらのツーリングは、目的地までバイクで行くこと、道中の走りを楽しむ事がメインで、観光や食事にガッツリ時間をかける事はまず無い、観光目的なら車で行けばいいじゃん、てなる。
バイクでとことこ、のんびり観光。みたいなツーリングは今はまだ良いかな。
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