第55話 未定は決定

年々ねんねん夏が短くなってる気がする。

長い梅雨があけて、暑ぃなあ、くそぅ… とか言いながら走ってたと思ったらお盆が来て、気がついたら9月に入ってる。

子供の頃の夏は間違いなくもっと長かった。とか言うと、「それはね、10才の夏は人生の10分の1で、20才の夏は20分の1だから、相対的に短く感じるんだよ。」なんてもっともらしい事を言う人が居るけど、それって合ってるの?そういう事なの?


9月の諏訪湖ら辺は、朝晩かなり涼しくなって日によっては寒いと感じる位まで気温が下がる。でも、天気の良い昼間は汗ばむ位暑くなって、長Tと革ジャンで走ると丁度良い、まさに適温。そう、つまり今日みたいな日は最高のはず。


という訳でプチソロツーだ。

バイクの装備を持って、洗濯中の母親に声をかける。

「ちょいバイク乗ってくるわ」

「はいはい、今日はどこ行くの?」

「え? ん〜… 山?」

「は? まあどこでも良いけど気を付けてよホントに」

「分かってるよ、じゃあ行ってくる」


別に目的地をごまかした訳でも、嘘をついた訳でもない、ただ単にどこに行くか決まってないだけの事。

バイクに乗ることは決定、目的地は未定、そーゆーこと。

バイク乗りにとって、未定は決定なのだ。

違う?違うか、違うかも知んない。


突発的ソロツーリングの良い所は、天気を確認してからツーリングに行けるってトコだよな。

これがもし、

「次の日曜ツーリング行こうぜ」

なんてダチに声をかけておいて、雨でも降ろうもんなら、

「おい、雨じゃね〜か〜」

「俺に言うなよ」

「じゃ、誰に言えばいいんだよ?」

「まあまあ、天気はどうにもならんよ、来週にしようぜ」

「あ、オレ来週は無理だわ」

「オレもちょっと…」

「んじゃあ、来月か〜」

「まあ、しょうがねぇか、カツが企画した時点でこうなるんじゃねぇかと思ったよ」

「そうだな、ケンゴが雨男なのは今に始まった事じゃないからなあ」

「そうそう、テル=雨 だからなあ…」

「いや、イコール雨はおかしいだろ!」

とかなるに決まってる。

あ〜、目に浮かぶわ。


9月って暦の上ではもう秋だっけ?

よく分からんけど、夏の暖かさを残しつつ、秋の涼しさを感じる、そんな季節だと思う。

まずは、白樺蓼科しらかばたてしな方面に向かう。

目指すは、車や人が少なくて、信号が少なくて、道がくねくねしてて、バイクで走ってて気持ちいいトコ。

例えば、峠とか高原道路とか。

つまり、山だw。


国道を外れて農域公道…じゃない、広域農道を走る。

広域農道って国道と並行してるイメージがあるけどそういうふうに作ってんのかな?

国道と違って信号が少ないから車の流れが良いし、山に近いから景色も良い。良いことづくめだ。

茅野ちの富士見ふじみを過ぎて、案内標識に小淵沢こぶちざわの文字が出てくる。

(よし、この辺から山に入ってみるか)


山に入ると気温が下がって、日がかげるとかなり涼しい。

良い天気だし、山も青々としていて紅葉のコの字も無いけど、夏の暑さとは全然違う、空の色や山の色がやわらかくなってる気がする。

バイクに乗るようになって、気温とか季節とか景色に目が行くようになった。俺も大人になったもんだぜ。

とは言え、バイクはやっぱ走るのが楽しい。

いい感じの道の、いい感じのコーナーを、いい感じのスピードで走れると最高に気持ちいい。バイク乗りなら分かってくれるよね。

適当に曲がって来たけどこの道、いい感じの道だw。清里きよさと野辺山のべやま? なんかそっちの方に行く道だ、多分。

(あ〜、この道気持ちいいわ〜、覚えといてまた来よう。おっ、あっちにデカい橋が見える、次来たときはあっち行ってみるか〜)

なんて考えながら走る、けどこういうのは大抵忘れちゃって行かなかったり、行きたいのに思い出せなくて行けなかったりする。


峠道の頂上を過ぎて下り始める、どこに出る道かよく分からんけど、まあ大丈夫だろ。

下りきって道がT字で分かれる。

(ん〜、帰る方向は、こっちか…)

山沿いをはしる道。こういう道もいいよね。くねくねしてるけど峠道みたいなアップダウンが少なくて先が見通しやすい。

案内標識発見。

小海こうみ佐久さく…は〜ん、佐久に出んのか、いいじゃん)


コンビニで小休止。ケツが痛くなって来たら休憩のサインだw。コーヒーを買ってバイクの近くに腰をおろす。

愛車と景色を見ながら一口飲んで、一息つく。

「ふ〜…」

ツーリングライダーの休憩と言えばこれだけど、一人でやるのはまだ少し恥ずかしくもあり、けど誇らしくもある。


ツーリング再開。

佐久まで行って和田峠で帰るルートで行けばいいかな、とか考えながら走っていると、対向車のVMAXのライダーが人差し指をビッと立て、天高く突き上げながら俺とすれ違って行った。

「なんだそりゃ!? え?今の、俺にやったの?どゆこと?」

メットの中でハルク・ホーガンばりに、いちば〜ん!とか叫んでたんだろうか。

もし次会うことがあったら、俺はスタン・ハンセンのテキサスロングホーンで返してやろう。ウィーーッ!


佐久から軽井沢方面には行かずに諏訪に戻る。このままいけば和田峠につながるはず、と、案内標識に白樺湖の文字が。(あ〜、そう言やこっちから行った事ってないかも…どうすっかな…)

少し悩んでやっぱりそのまま帰る事にした。(あの道もまた今度だな)

コンビニの前を通ると和田峠有料道路割引券とデカデカと書かれた紙が目に入った。新和田トンネルの料金は結構高い ※2023年現在無料化されてます

旧和田峠に迂回するかとも考えたけど、めんどくせっと思って最短ルートで帰った。

帰り道って意識になると、とたんに寄り道とかめんどくさくなるのって俺だけかな。


峠を越えれば諏訪だ。まだ明るい時間帯だけど気温が下がって来たのを感じる。

(白樺回りにしなくて正解だったな)

やっぱり、夜になっても暖かい夏とは違う、バイクに快適に乗れる時間はどんどん短くなっていく。

ガソリンスタンドに寄ってガスを満タンにしてから帰宅した。


「ただいま」

「おかえり、早かったじゃん」

「ああ、冷えてきたからとっとと帰って来た」

「ふ〜ん、それで結局今日はどこ行って来たの?」


「え? ん〜… 山?」

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