第54話 とある夏の日
デカいタンクに覆い被さるように上体を伏せ、スクリーンの少し上から前方を
ゴォォォ… ヴォォーン!
ボボボボボ… ババババッ!
排気音と風切り音が混ざり、ヘルメットと両肩を殴りつける様に熱風が通り過ぎて行く。
「暑い!」
まだ午前中だって言うのに、部屋の気温は30度を超えていた。
熱気をかき混ぜるだけの扇風機に当たりながらゴロゴロしていた俺は、窓の外の夏空を見ながらしばらくぼーっとする。
「…はあ …海、行きてぇな…」
のそりと起き起き上がって、ジャージのハーフパンツからリーバイス501に履き替え、半袖Tシャツの上からGベストを羽織る。
そして俺はクソ暑い部屋の中から飛び出し、クソ暑い炎天下の中、クソ暑いエンジンにまたがって走り出した。
剥き出しの腕に直射日光が突き刺さり、熱い空気の塊が連続で叩きつけられビリビリと震える。シャツの袖がバタついて鬱陶しい。
(やっぱ半袖で高速は無理があったかな)
手足をたたんでスクリーンの内側に逃げ込んでも風圧は防げない。
駆るはカワサキZX-9R C型 マレーシア仕様のフルパワーモデル。
その性能の3分の2程を発揮しているだろうか。
走行車線を走っている車を一瞬で追い抜き、XJR400では到達できない速度での巡行。
向かい風に耐え、横風にあおられながら走る。
速く走っている様子を、風を切って走る。なんて言うけど少なくとも俺は体験した事がない。一体、何に乗って何キロ出せば風が切れるのかと思う。
今の俺は熱気の流れに潜り込んで、押し退けながら走っているって感じだ。
体に纏わりつく濃密な熱気を押し退けながら、泳ぐ様に走る。
「おっとオービスか」
アクセルを戻して上体を起こすと、ぶわっと風圧を受けて、戦闘機のエアブレーキの様にスピードが落ちる。
そう言えば、290キロ以上の速度だとオービスが感知してシャッターを切る前に走り抜けるから写真に撮られないって聞いた事があるけど本当かな?
もちろん試す気は無いけど。
「よっし、行くか!」
再びアクセルを開けて真夏の日差しと熱風に立ち向かう。
日本海まで、あと100キロ。
上越で高速を降り走行風がなくなると、とたんに暑さが増す。熱風でも無いよりはマシらしい。
潮風が混じる空気を感じながら街なかを抜ければ、海はもう目の前だ。
砂浜近くの駐車場にバイクを停めてメットを脱ぐと汗が吹き出した。
「暑っつぅ!」
近くにあった自販機でコーラを買って一息で半分ほど飲み干す。
「ぷふぅ、新潟も暑ちぃなあ」
コーラの残りを飲みながら砂浜へ歩く。
ここは海水浴客がごった返し、ナンパ合戦が繰り広げられる様な場所じゃあない。
小さな子ども連れの親子がメインのおとなしい海水浴場だ、それが良い。
ザザァ… 心地よい音と共に波が砂浜に打ち寄せ、溶けるように消えていく。
太陽に照らされて海面がキラキラと光り輝き、水平線が真っ青な空と混ざり合う。
空には、モコモコした真っ白な入道雲が力強く立ち昇り、青と白のコントラストで夏の空を彩っている。
(海! だーっ!!)
と心の中で叫ぶ。
海無し県民にとってこの風景は、夏のあこがれ、まさに夏そのものだ。
「よし。海入ろう!」
俺はバイクに戻っておもむろにGベストとTシャツを脱ぎ捨て上半身裸になる。
ジーンズの裾も膝上までまくり上げる。と
「ねえ、あれ見て… え?マジ? クスクスクス…」
見たいな話し声に顔を上げると。
女子二人が俺の方をチラチラ見ながら通り過ぎていく。
「何だよ!いいだろ別に、パンツになってる訳じゃねーし!俺だって海入りてーんだよ!」
なんて言える訳もなく、そそくさと砂浜に向かって裸足になる。
「熱っ! けど歩けないほどじゃないか」
砂浜を波打ち際までつま先で跳ねるように近付くと、足の裏に湿ったあったかい砂の感触、そして、冷たい波がさあっと足をさらう。
「うひょー、気持ちいいー!」
膝下まで海に入って、冷たい海水と足裏を流れるやわらかな砂の感触、そして夏の海の風景を楽しむ。
足湯ならぬ、
「さてお次は。」
俺は乾いた砂浜に戻ってあお向けに寝っ転がる。
「あちちっ」
太陽が眩しくて目を開けていられなくて、目をつぶるとまぶたを通して真っ赤な空が見える。
熱い砂浜と照り付ける日差しを肌に感じながら、耳には心地よい波の音とちびっ子のはしゃぎ声。最高の環境音の中ひと眠り…
「なんて出来るかーっ!暑っついわー!」
5分と経たずに汗が吹き出して、顔から脇から流れるのが気持ち悪いったらない。
「やっぱ海パンじゃないときびしいか…」
「まあ、一通り海を楽しんだから良しとするかぁ」
バイクに戻って砂だらけの体を見る。
「せめてタオルくらい持ってくるべきだったなあ、…しょうがねぇ」
Gベストで体に付いた砂をはたき落としてTシャツで汗を拭く。
「で、コレ着なきゃだよな…」
汗でくっついて着れなくて、ジタバタしながらTシャツを着るだけでまた汗が出てくる。
「ふう、もう一本コーラ飲んで帰るか」
ゴクゴクと飲みながら帰りのルートを考える。
「とりあえずガス入れて、来た道帰るってもんか、クソ暑いし下道ダラダラ走りたくね〜しなあ。よし決まり。」
高速に乗る前にスタンドでガスを入れる。ほんの数分止まるだけで顔に汗が流れてくる。
「早く高速に乗らなきゃ死んじまうよ」
上越インターから乗って高速巡航スタート。
走行風があるだけマシだけど暑い事に変わりはない。
「やっぱ帰り道は気合が入んないなあ…」
左ヒジをタンクにのっけての片手運転。140くらい出てると風圧が体を支えてくれてリラックスして走れる。
道路の先の
陽炎は近付く事もなければ、離れて行く事もない。
「逃げ水とはうまいこと言ったもんだよなあ あ〜 だる… そういやあの2人結構可愛かったなあ… 声かけりゃ良かったわ〜」*注 そんな度胸はない
「お姉さんこんちわ〜、今日は彼氏ほっぽって女子だけで海水浴?」なんつって。 *注 繰り返すがそんな度胸はない
「え? 彼氏居ないの? 2人共メッチャ可愛いのに、え〜じゃちょっと遊ぼうよ俺も今フリーなんだよね、OK?マジ? よし行こう行こう」みたいな? あ〜イケてたなコレ。 *注 妄想だから大目に見てください
「なんか、もう喉乾いてきたな。どっか寄ってソフトクリームでも食おうかなあ、バニラと巨峰のミックスが良いな… 次のパーキングどこだっけ? あんま手前で食ってもあれだし
そんな事を考えながらぼへっ〜っと走っているとだんだん眠くなってくる。
夏の高速道路は時の流れがゆっくりな気がする。
真っ青な空と、白い入道雲。道路上には熱気が溜まり、ゆらゆらと陽炎が揺れる。体を包み込むような熱い空気はどこまで走っても終わりが来ない。そのうちに体感速度もゆっくりになってくる…。
「いかん!こんなペースじゃホントに寝ちまうよ。ちょっと気合入れるかあ。」
体を伏せてアクセルを開ける。
ガガァアアアッ!
ボ…ババババッ!
排気音を置き去りにして、熱気の塊に突っ込んで行く。
「とっとと家帰ってキンキンに冷えたビール飲むかあ!」
「いやいや、やっぱソフトも捨てがたいな…」
いやいや…
いやいや…
しかし、あっちぃなあ…
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