第51話 夏のバイクは…
(ふう…ようやくここかよ…)
メットのシールドの隙間から手を突っ込んで顔の汗を拭う
渋滞にはまってからここまで、言うほど時間はかかっていない、いいとこ30分てとこか? けどその間に俺のやる気と体内の水分はごっそり失われていた。
やる気は霧散して、水分は汗となって俺のシャツやパンツに染み込んでいる訳だ。
でも、目の前の蓼科白樺湖分岐の信号を過ぎればこの苦行から開放される…はず
信号が青に変わって走り出す、変わらず車は多いけど渋滞ってほどじゃない。
走行風がメット内と体の熱を少しずつ下げてくれる。
(やっぱ止まってるのと動いてるのとじゃ大違いだな)
そこから5分も走れば、建物が少なくなって観光客向けの大きめの建物が点在するだけになる。
(よしよし、こっからだぞ…)
全開にしていた革ジャンのジッパーを閉めてステップに立ち上がり、そのままドスンとシートに座りなおす、こうやると体の力が抜けてリラックスできるんだ。
大門街道に入って白樺湖に向かう、短い市街地区間を抜けると景色が一気に変わった。
空の青と、山の木々や夏草の緑が広がる。
あれだけ渋滞してた車たちはどこ行ったんだって言うくらい車が減って、いいペースで流れていく。
さて、大門名物(と俺は思ってる)連続ヘアピンだ。
先を先を見て、力を抜いて、クルンと向きを変える。
(おっ!俺うまくなってる! てゆーか、車ってヘアピン遅ぇんだなあ、エンストしちまうよ…)
前の車を抜きたいけどヘアピンでは抜けないし、直線になると車も加速するから抜くに抜けない。
(やっぱ車とバイクじゃ走るペースが全然合わないな)
割りと急な登りのヘアピン区間を抜ければ白樺湖まではもう少しだ、俺から逃げるようにペースを上げた車に付いて走って、白樺湖到着。
「ふうっ 着いた着いた」
駐車場にバイクを停めてメットとグローブを外してソッコーで自販機に向かい、
ピッ ガコン! 少しも迷わず購入。
よく冷えて汗をかいている缶を取り出してプルタブを開ける
プシュッ!
「これこれ」
ゴキュッ ゴキュッ ゴキュッ
「ぷはあっ うまっ! やっぱコーラだな」
間髪入れずに残りも飲み干して、水分補給と同時に体の中から冷やす。
「ふう〜 まったく誰だよ、夏のバイクは超気持ち良いとか言ったやつは! お陰でえらい目に会ったわ! まあ…俺なんだけどさ…」
空き缶を捨てて、手グシで髪の毛を拭って空を見上げる。
「でも ちょっとだけ涼しくなった?」
太陽は変わらずジリジリと照りつけてくるけど、標高が上がった分、街中よりは気温が低いのは確かだろう、でもそれだけじゃない、何ていうか… 空気が違うんだ。
「す〜っ… ふぅ〜〜 」
大きく深呼吸すると、景色がより一層鮮やかになった気がする。
「よっし 行くか」
ライダースジャケットのジッパーを首元まで引き上げて、袖のジッパーもキッチリ閉めると気持ちも引き締まる。
キュキュキュ… ヴォン!
「え〜と
回り込むように左折すると結構な登り坂だ、視線を上げて走り出す。
目に入るのは真っ青な空、水色とか空色じゃなくて、もっと濃くて深い青色だ。
右側は山肌が近いけど左側は視界が開けている と かなり下の方に湖が見えた。
「え? あれ白樺湖だよな もうそんなに登ったか?」
きれいな水を
「近くで見るよりこっから眺めた方が絶対きれいだな」
白樺湖を離れ少し走ると、大きな建物と車がたくさん停まった駐車場が見えてきた。
「ん? 車山のスキー場か?こんなに近かったっけ? あ〜 リフトがあるし間違いないな」
スキー場を横目に見ながら素通りして加速すると、すれ違ったライダーが手を上げていった。
(あれ? 知り合いじゃないよな?…)
首をかしげつつ走ると、道は開放感溢れる高原道路に変わる。
道の両側に視界を遮る様な物は無く、遠くまで見通せる。
まず空が広い、そして青い。その青い空には真っ白な雲が浮かび、少しだけ視線を下げれば緑の草原が広がる、背の高い木は生えておらず、広い丘が遠くまでいくつも連なり、その間を縫うようにワインディングロードが走っている。
そして俺も走る!
「なにこの道 サイコーじゃん!」
この時点で暑さも、渋滞のイライラも完全に吹き飛んでいた。
と またすれ違うライダーが手を上げたのが見えた。
(これはアレか ライダー同士の挨拶って事か…)
今度は俺の方から手を上げてみると、手を上げて返してくれた。
(やっぱり! これってビーナスラインだから? 乗鞍ん時ってどうだっけ? 街中じゃやらないよなあ…)
そんな事を考えながら走っていると、さほど大きくもない駐車場に車やバイクが停まっているのが見えてきた、そこには申し訳程度の看板があって (富士…見…)
看板につられて振り返るように左を見ると、
「うおっ!?」
そこにはバカでかい山があった。
てっぺんをスパッと切り取った様な特徴的な形と、遠近感がバグるそのデカさは間違い様がない、富士山だ。
「え? こっから富士山見えるんだ つーかデカっ!」
何度も振り返りながら富士山を見る。デカいし、カッコいいし、やっぱ富士山は別格だ。
(これ逆からくれば正面に見えるって事か?だったらこの道を帰るってのもアリだな)
「俺、この道好きだ~」
スピードは抑えて、笑顔は全開で走る。
景色も、道も、天気も、下界よりあきらかに涼しい気温も、全部気持ち良い。
右に左に傾けながら、高めのギアでゆったり流す。
(やっぱり夏のバイクは…)
「おっと」
俺はすれ違うライダーに片っ端から手をあげて走っていた。
(タンデムは100%返してくれるな)
(カーブ中に上げてくんなよ〜)
(いやアイツ手ぇ振りすぎだろw)
色んなリアクションが楽しい。
「いや~ ビーナスライン良いわ~」
走ってみて分かったけど、ビーナスラインは観光客向けのホテルやドライブインみたいな建物や、展望ポイントなのかジャリ駐も割と多い。
今、俺の左に見えてきたジャリ駐もかなり広いし、何かの建物もある。
「結構停まってんな お こっからも富士山見えんじゃん」
停まろうかな、どうしようかな、なんて考えながら素通りしてしばらく走ると、下り坂の先に大量のバイクと車が停まっているのが見えた。
「ん? 霧ヶ峰か?」
近づけば見覚えがあった。
「あ~やっぱそうだな、真っすぐ行くとスキー場で… 右はどこ行く道だっけ? とりあえず止まるか」
ウィンカーを右に出してゆっくり駐車場に入る。
(いや すげぇバイクの数だな、100台…もっとか? こんな台数初めて見るわ)
バイクと人の間を縫うように走って、空きスペースにXJRを停める。
グローブとメットを外すとさわやかな風が吹き抜ける。
「ふぅ~」
一息ついて見まわせばバイク、バイク、バイクだ。
「マジ すげぇな、ちょい見てこう」
色んな形、いろんな色のバイクがある、ライダーの格好も様々だ。
みんなニコニコして、楽しそうに話をしていて、見ている俺もなんだか嬉しくなってくる。
今ここに居る人たちは、ほとんどの人が赤の他人同士で、共通点といえばバイクが好きで、このくそ暑い中バイクでここまで来たっていう事だけだと思う。
でも不思議な連帯感ていうか、仲間意識っていうかが沸き上がってきて、
「ようこそビーナスラインへ!」
なんて口走ってしまいそうになる。俺って変かな?
で 結局のところ夏のバイクはどうなんだ って?
そんなの、もう言わなくても分かるだろ?
なに? どうせ、暑くて最悪だけど、最高に気持ち良い!とか言うんだろ だって?
あはー、惜しいね、ちょっと違うんだな
正解はこうだよ
夏のバイクは
最高に熱くて、最高に気持ち良い!!
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