第3話 教習所

「うわっ とっ…と」

ガシャン

曲がり切れずに縁石えんせきに突っ込んでコケた


オレは教習所に来ていた

普通自動二輪免許 通称中免ちゅうめんを取得する為だ

中免があれば400cc未満のバイクを公道で運転する事が出来る

自動車の運転免許は持っているので 座学はほぼ必要ない バイクの運転さえ出来れば免許取得となる

すでに何度か乗っていて 今日はコース外で八の字走行の練習をしていた


「大丈夫ですか?」

「行きたい方を見て」

「体の力を抜いて」

「ハンドルで曲げようとしないで もっと傾けて大丈夫」


「はい すいません」

バイクを起こしながら答える


教習車には大袈裟おおげさな位のガードが付いているのでコケてもバイクにダメージは無い

小回こまわり練習のゆっくり八の字走行なので体にもダメージは無い

でも精神的なダメージがでかい

オレってバイクの運転うまいかも?とか思っていた自分が恥ずかしい


自分の名誉の為に言っておきたいんだけど オレは自転車は普通以上に乗れる

いやホントに

フロントアップやジャックナイフやジャンプくらいは出来るし リヤブレーキをロックさせてブレーキドリフトみたいな事も出来る


けど バイクの運転は別物だった

これはあくまでオレの個人的な考えなんだけど 

自転車と同じ感覚で運転出来るのは原付スクーターまでだと思う 


大きく違うのは 車重 と 車体を傾けて曲がる という事

特に 車体を傾けて曲がる これが出来ない

ハンドルを切るのではなく バイク本体を傾けて曲がる

バイクは腰で乗る なんて言われる理由がここにある

これこそがバイクの大きな魅力であり 楽しさなんだけど

慣れない内ははっきり言ってこわい


自転車の感覚で これ以上傾けたらコケるというラインを超えるまで傾けても

全然余裕なんだけど

一定以上傾くことを体が拒否する 要するにビビってしまうのだ

バイクの傾き角度を バンクかく って言うんだけど

ほとんどの人にとってこのバンク角は未体験だと思う



八の字走行を再開すると

「上半身と腕の力を抜いて」

「もっともっと傾けても大丈夫」と 教官から声がかかる


(分かってるよ! 分かってるんだけど…)


オレと同じ様に八の字走行をしている他の教習者と教官の走りを見比べれば

一目瞭然で 教官が大きく傾けてクルリと旋回しているのに対して

その教習者も車体を傾けられずにハンドルだけで曲がろうとしてどんどん大回りになっていく


(オレもあんな感じなんだろうな… くそ とにかく今はこの感覚に慣れるしかない)


人間の体はとても良くできていて 感覚や操作を体が覚えてくれると

頭で考えなくてもできるようになる

自転車で例えるなら

乗れる様になるまでは バランス ハンドル ペダルをぐ ブレーキと

多くの事に気を使い 考えながら練習したはず

でも乗れるようになると なぜ乗れなかったのか不思議になるくらい自然に運転できる これが体が覚えてくれた状態だ


バイクの運転も初めは順序を頭で考えないとできない

発進ひとつ取っても

両足で車体を直立に保ち 右手でフロントブレーキをかけたまま

左手でクラッチを握り 左足で一速に入れ脚を下ろす 右足でリヤブレーキをかけ

右手のフロントブレーキを離してアクセルを開けながら

左手のクラッチを徐々に離すと発進 といった具合だ


これらの操作を一つ一つ思い出しながら考えながらやっていたり

体がビビってバイクを傾けられません なんて事じゃお話にならない


でも焦ってもしょうがない 教習所に来る人のほとんどがバイクに初めて乗る人たちだ 多少上達の早さが違っても似たり寄ったりで 下手くそなのが当たり前なんだから



――― その後も教習所に通い続けて

体が操作を覚え 傾ける事に慣れ スラロームやクランクや一本橋 急制動や坂道発進 色んな練習をして

バイクの動きを体が覚える頃にはもうバイクの運転が楽しくてしょうがなくなる


出来なかった事が出来る様になる喜び

車体をバンクさせて曲がる バイク特有の感覚

人車一体には程遠くとも バイクを操る喜び

何が楽しいって 


 









 








 




 





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