ハードボイルドな緑のたぬき。
夕日ゆうや
ハードボイルドな緑のたぬき。
「こちら〝緑のたぬき〟。〝赤いきつね〟応答どうぞ」
『こちら〝赤いきつね〟。ターゲットを確認。方位角12度修正』
無線越しのハスキーな声にザザッとノイズが混じる。
俺は狙撃銃の角度をずらし、壁越しにいるターゲットを狙う。
「方位角セット」
『ファイヤ』
赤いきつねの声を聴き、俺は引き金に指をかけ、引く。
引き金が動き、ハンマーを動かし、プライマーが火花を散らし、炸薬に引火。爆発。圧力の高まったケースボディは弾丸を押しだす。
初速マッハ5の弾丸はガラスを突き破り、薄い樹脂を突き破り、
『任務完了。よくやった、緑のたぬき』
「ブラボー、赤いきつね」
俺たちは結果を確認後、すぐさまに場所を移す。
できるだけ一目に付かない階段を降り、忍び足で進み、車へと乗り込む。
同時に車に乗り込むと、俺は訊ねる。
「昼飯は?」
「できているわよ。ほら、あなたは緑のたぬき」
「おお。この香り、本物だ」
割り箸を割り、するするとそばをすする。そしてふわふわな香ばしい小エビ天ぷらに箸をつける。
この瞬間が何よりもうまい。もちろん、隣にいる相棒があってのこと。
クラフトビールをあおり、さらに一口。
「うまい」
この一言に尽きる。
仕事終わりの何よりの幸せだ。
「思い出すな」
「なにを?」
とぼけるように呟く相棒。
彼女はちょうどお揚げに口をつけていた。あの甘いダシの味は忘れられない。
「俺とお前が会ったときのこと」
「ええ。あのときもこんな昼下がりだったわね」
「お前の銃弾が俺の天ぷらを台無しにしてな」
思い出に浸ると、俺は思い出す。
相棒とのなれそめを。
まだ今の地位を築く前の話。
最高の狙撃手になる前、半人前だった俺。
感情のままにつき動き、正義を信じて戦っていたあの頃。
だが、そんな青臭い俺の前に彼女が現れたのだ。
そして英才教育をうけた彼女から学んだ。
感情に流されてはいけない。そしてこの仕事は正義なんて安っぽいものじゃない。
国家の安寧のため、粉骨砕身する、社会の歯車。社会の闇。
「つまらない思い出よ。今では最高のパートナーなんだから」
「ふっ。違いない」
再びクラフトビールをあおると、最後の一口。スープごと口に流し込む。
「さ、次の仕事だ」
ハードボイルドな緑のたぬき。 夕日ゆうや @PT03wing
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