第3話

 ロープの輪を作るのは、簡単でしたが、手頃な踏み台が、なかなか見つかりません。三十分程、探してようやくひとつ見つけました。


 苦労して見つけた、プラスティック製の黄色い箱をロープの下に置きました。


「カサカサ」


 さらに、虫たちが近づいて来たようです。

 早く食べたいと言っているみたい。


 私は、箱の上に登り、ロープの輪に頭を入れようとしました。


 その時です。


「家の畑のすぐ傍で、死んでもらっては、困るな」


 まだ若い男の人に、呼び止められました。


 驚いた私は、足を滑らせ、本当に首を吊りそうになりましたが、農業で鍛えられた力強い腕に抱きとめられました。


 彼の家に連れて行かれた私は、彼の畑のすぐ近くで行おうとした、自分の愚かな行為を謝りました。


 彼は、自分の畑に使う堆肥作りのために、雑木林の落ち葉を集めていたそうです。

 

 カサカサと、聞こえていたのは、彼が、仕事をしていた音でした。


 彼は、笑って私を椅子に座らせると、温かい焼き芋とお茶を私にご馳走してくれました。


「家の畑で作ったサツマイモだよ。とってもホクホクして甘く美味しいよ」


 私は、ひとくち齧ると、口の中いっぱい甘さが広がり、涙がこぼれてきました。


「ごめんなさい。とんでもない迷惑をかけるところだったのに。親切にされると何だか涙が、止まらなくて」


 彼は、日に焼けた笑顔で、空になった湯呑みに、お茶を注いでくれました。


「実はそのサツマイモは、今年最初に掘り出したイモでね」


 私は涙を拭い、話始めた彼を見て、初めて気が付きました。


 彼の日に焼けて浅黒い顔は、けっこうハンサムです。


「僕の家には、その年に最初に掘り出したイモを食べた人は、掘り出した人を好きになってしまうという不思議な言い伝えがある」


「恋の魔法のサツマイモという事ですか?」


 えっ、待って。さっき、一口齧った後に、最初に見た顔って…。


 春の陽射しの様な彼の笑顔は、とても眩しく、私の心の中の凍りついた部分を溶かして、元の柔らかい状態に戻していきました。


 その不思議な言い伝えは、本当だったようです。

 それとも私は、特別、魔法にかかりやすい、体質だったのでしょうか?


 それから一年後、彼が、私の旦那様になっていました。


 武蔵野の、あるサツマイモ農家のお話しでした。


         終わり


 



 

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恋の魔法のサツマイモ @ramia294

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