猫舌おかあさん

「お母さんは、猫舌だったな」

「うん。私でも飲めるスープをふうふうっていつもやって飲んでた」


私は、スマホを枕元から取った。


「お母さんにおやすみ言ってから寝ようか、かすみ」

「うん」


妻はかすみが保育園の年長の時、病気で亡くなった。

妻は病気が発症してから亡くなるまであっという間だったけれど、私たちに沢山の写真や動画を残してくれていたのだった。

私たちは寝たまま、妻とかすみが動物園でサンドイッチを食べている動画を観た。


「お母さん」

「うん。かすみ、だんだんお母さんに似てきたね。ほら。まん丸の目、目じりの感じ。笑ったときの口元」

「そう?」


私は言っておかないとならないことがあると思った。


「ねえ、かすみ」

「何?」

「猫舌お母さんは、ないものじゃないよ」

「え?」

「いるよ。いろんなところに」

「・・・」

「ほら。電波で飛んでくる。それをお父さんとかすみで毎日観てる」

「そっか。そうだね」

「空気マンみたいなもんだよ」

「え?」

「空気マンも本当はいるんだよ」

「そうなの?」

「ウォーウォー 空気マン ここらにいるはずだけど♪だよね」

「うん」

「ウォーウォー 空気マン いまいちはっきりわからない♪」

「うん」

「だけど僕らはいるのを知っている♪」

「うん」

「そばにいるとちょっとだけ匂う♪」


かすみは小さく笑った。


「ねえ。お父さん。知ってる?お母さんの使ってた衣装ケース」

「え?」

「お母さんの匂いがするんだよ」

「ちょっとだけ匂う♪」

「いるよ」

「いるね」

「おやすみなさい。お父さん、お母さん」

「お休み。あ、あとね」

「なあに?」

「かすみの負けだよ。ほら、猫舌お母さんの、ん」

「あ」


かすみは目を閉じ、そのまま口を開いた。


「お父さん」

「何?」

「緑のたぬき、食べたい」

「じゃ。お父さんは、赤いきつね」

「ふふ」

「明日一緒に買いに行こう」

「うん」

「年越しそばかな」

「うん」


そう言うとかすみは眠ってしまったので。


かすみの中にもお母さんがいることを私は言い忘れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ないものしりとり 味噌醤一郎 @misoshouichirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ