ロボットのスープ

浅瀬

ロボットのスープ




 寸胴がいくつも転がる広場には、古い型のごつごしたロボット達が並んでいた。


 塗装もはげて、給油口から漏れたオイルが乾いて、体をてかてか光らせている。

 行列の先頭には、赤いのれんの屋台があった。


「……へえ。ラーメン屋だ」


 四隅にふさ飾りのついた、屋根がある自転車をこいでいたリミットが、ものめずらしさに足を止めた。


 屋台でロボット達は、脇の下や首の後ろや、背中などにある給油口から、ラーメンのスープをそそぎこまれていた。


 レードルで寸胴から、琥珀色のスープをすくっていくのは、疲れた顔をした男だ。

 リミットは興味を持って、自転車を広場の隅に止めると、自分も行列に並んでみることにした。


 ちょうど惑星ツーリングの途中で、腹ごしらえもしたかったところだ。



 スープを入れられたロボット達は、最初こそ目を光らせて元気になったが、すぐに動きが緩慢になって、また行列の後ろに並ぶのだった。


 とうとうリミットの番が来た。


 屋台の男はよどんだ目で、白いスカートにブーツ姿の軽装で立っているリミットを見た。

「給油口はどこ?」

「ないわ」

 リミットは笑顔で答えた。


「わたし、人だから」


 男が少し正気を取り戻した。

「人?……へ、こんな辺境の星に……」

「辺境だから来たの」


 言いながら、リミットは背負っていた鞄から銀色のカップを取り出した。


「スープをもらってもいい? ラーメンのスープは飲むの久しぶり」

「やめたほうがいいよ。これはロボット用のスープなんだ。飲むためには作っていないから、とんでもない味がするはずだ」


 男は顎にひげを生やしていたが、顔つきはまだ若かった。

 男に言われて、リミットはカップを残念そうにカバンにしまった。


「僕はラーメン作る才能がなかったんだよ」


 男は自嘲するように続けて、リミットの笑顔に対して、無理やりつくった笑顔を返してくれた。


「どうして? ここでお店をやっているじゃない」


「もう二つ向こうの惑星でも営業したことあるんだ。散々だった。僕のラーメンで人に喜んでもらったことはないよ。ただ、ロボットだけがありがたがってくれた。……売れなくて、捨てるしかなかったスープをオイル切れの野良ロボットに分けてやったんだ。それが、ここで店を開くことにしたきっかけかな……」


 喋りながらも、ロボット達へスープを注ぐ手を男は止めない。

 邪魔にならないように、リミットは屋台の内側へ回って、男の横に立った。


「……喜んでくれるなら、相手がロボットでもすてきだと思うよ?」


 うん、と男がうなずく。

「僕も最初はそう思ってた。……でもね、ラーメンのスープって嗜好性が高いものでしょ? 濃い脂と塩分は癖になって、中毒みたいにやめられなくなる。それってロボットも一緒みたいなんだ。……ここのロボット達はもう、このスープなしじゃいられないんだよ。もはや、他のことはなんにもできない。毎日ただ、このスープを欲しがるだけ」


 僕はこんなものを作るんじゃなかった、と声をふるわせて、男は唇を噛んだ。


「ねえ、もしロボット達にスープをあげなかったら、どうなるの?」


 寸胴のスープはもう半分ほどに減っている。

 行列はまだまだ続いていた。

 リミットの問いに、男が顔を向けた。


「分からないんだ」


 かなしそうな顔だった。


「……どうなるかわからないんだよ。だからやめるのが怖いんだ。もう僕は、ここで必要とされる以上はラーメンのスープをここで作り続けなくちゃいけない。……一生ね」


 大変だね、と言おうとして、リミットは言うのをやめた。ただうなずいて、後は何も言わなかった。


 男がそこからもう何も話そうとしなかったので、リミットは「帰るね」と言って、最後に男の名前を聞いた。


「破天荒」

 男は答えた。


「他の人にはやり遂げられないようなことができるようにって、親がつけてくれた名前だったよ」


「いい名前だね」

 にっとリミットは笑って、手を振りながら屋根つきの自転車にまたがった。


 男も手を振り返してくれる。

 リミットはペダルをこいで、行列のロボット達を追い越していった。

 後ろは振り向かなかった。

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ロボットのスープ 浅瀬 @umiwominiiku

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