第三図 しのぶ草

 そうして明け暮らしていると、ある日の秉燭ひともしごろに、年の頃十二、三程と見ゆる女房が玉章ふみを差し置きに訪れた。見れば先だっての玉章ふみが結び目もそのままに戻って来ていたので、いとしもせぬ思いをいだきつつ、別して玉章ふみしたためて歌を副えた。

 

しのぶ草露のなさけはかけよかしうき世の中にありはてぬ身に

(人目を忍ぶ貴方あなたでもせめて忍ぶ草に置く露ほどの情けはお掛け下されば宜しいのに。貴方あなたとの交情なからいいささか満ち足りぬものを感じている我が身ですよ)


 これを幼気いたいけな女房の手頸たなくびに結び付けて取らせる折に「これ、御遣おつかいの名は何と申されるか」と誰何すいかすると「おぎと申します」といらえる。

 もう還り着くやと思う頃合ころあいに、再び「お返事でございます」と差しいだされし玉章ふみを見れば、


しのぶともゆきつもりなばかよひぢのふみみしこともあらはれやせん

(幾ら人目を忍んでもしきりに行来ゆききしては、雪の積もる通い路に踏みあしあとあらわれるように、玉章ふみり取りとてあらわになってしまいましょう)


とあったので、こう返した。


中々にしのばゞむすべあやめ草つゝむなみだのもりもこそすれ

なまじいに人目を忍ぶというのならば一層いっそ文目けぢめの付かぬこの恋路を終わらせて下さい。菖蒲包あやめづつみひそかに隠しこらえていたなみだが我が文目あやめより洩れては困ります故に)

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