第四図 花いくさ

 さても弥生の時節と相成あいなった。しだいに積もり行きし色白き女房の旅寝たびねも名残のみを惜しみつつようようとくなりくと、あるあした還際かえるさに「もう此方こなたへは参上できそうにございませんこと、如何いかんともしかたく哀しうございます」と言うので、私もいた胸潰むなづわらしくて引き留めようとするけれど、瞬忽にわかに女房は「袖を、屹度きっとご覧ぜられませ」とだけ言って雪果ゆきはての如くに消え失せてしまった。

 これには心惑うよりほかなく、動転して転寝うたたねよりおどろいておのが袖を見れば、射干玉むばたまの夜の衣を裏返して着けていたはずの女房の姿は消えうていた。「四方よも只人ただびとならぬ物の怪のたぐい幻戯げんぎを弄するか」と思われたものの、「そうか『衣を返して重ぬるつまに離る』と、さすれば想人おもいびとの夢にあらわると言うは真実まことであったか」などとあやにも思われる。

 この女房が消えた翌日あくるひの夢に、前栽せんざい梅枝うめがえより、最初に契った紅梅の衣の女房が四、五人を伴って色々の杖をり、それで以て何か打擲ちょうちゃくせんとする挙動そぶり瞋恚いかりたたながあゆまうを見れば、かたわらの御堂みどうの前に植わる桜のもとの、後に契った色白き女房と思われる人のもとまで行くや散々に打ちのめすではないか。何たることかと魂消たまげているうちに夢から覚めた。

 

 

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