交換日記は光年を超えて

セツナ

「交換日記は光年を超えて」


 ある日、変なものを拾った。

 それは野球ボールのようで、でも異様に軽かった。誇張表現でなく重さが全くなかったのである。

 謎の球体は、僕の家の前に落ちていたので、しょうがなく部屋に持ち帰った。

 ゴミ箱に捨てようかと思ったが、改めて見てみると、何やら真ん中に線が入っている。分かりやすく例えると、子どもの頃に100円を握りしめて回した、あのガチャポンのようだ。

 と、言うことは開くのだろうかとそれを上下に引っ張ると、予想通りそれはパカっと開いた。

 その瞬間、中からノートが飛び出してきた。そうノート、大学ノートサイズのどこにでもありそうな普通のノートだ。

 だけど、僕は心底驚いた。だってそのノートが出てきたのは、野球ボールサイズの球体だ。明らかに大きさが合わない。

 呆気に取られている僕。目の前に落ちたノート。数瞬の時間が流れたのち、僕はそれを恐る恐る手に取った。

 手にした感じは普通のノートだ。どこにでもある、大学ノート。

 その馴染みのある手触りに安心した僕は、それを開いてみる。

 パラパラとめくっていくと、最初の1ページ目にメッセージが書いてあった。


『この、のーとをひろった地球のかたへ』


 それは、とても綺麗な筆記で書かれた、けれどやけに平仮名の多いメッセージだった。


『私は、○×△星にすむ**というものです。あなたたちの言葉では、なんと言っていいかわかりません。なので、ポラリス、とでもよんでください』

『私は地球が好きです。だから地球にすむ人と友達になりたいのです』

『もしよろしければ、私と友達になってください』


 宇宙人から交換ノートの申し出、なんて普通では信じられない内容だ。悪戯だと考えるのが普通だろう。

 しかし、僕は現に目の前で信じられない光景を目の当たりにしていた。


『ポラリスさん、初めまして。僕は空と言います、漢字が難しければソラと呼んでください』


 だから、筆箱に刺していたペンを手に取ってノートの主に返事を書くことにした。

 相手のメッセージが平仮名ばかりだったので、漢字にはふりがなを振った。


『僕は地球の日本という国で学生をしています。日本は小さい国ですが、とても良い国です』

『僕はあまり話をするのが得意でないので、話し相手としてはつまらないかもしれませんが、友達になりましょう』


 なるべく書くことを振り絞って、返事を書いた。書き切ってから、これは一体どうすれば向こうに送れるのかと思案した末に、謎の球体を手に取った。

 これでノートが来たのなら、同じ方法で返すのが常だろう。

 ぱかっと開けた球体にノートを近づけると吸い込まれていき、同時に口が閉まった。

 後はこれを宇宙に返すだけだ。窓を開けて、空に向かって投げてみる。

 もしこれでどこかの家の窓を破ってしまったらどうしよう、という不安もあったが、きっと大丈夫だろうとも思った。

 僕のその期待を裏切らずに、球体は重力を感じないような軽さで、放り投げたままに空中へ浮かんで、そして何かに引っ張られるように遥か上空へと吸い込まれていった。


 まるで夢のような出来事の連続に、僕はベットに座り込むとため息をついた。

 しかしそのため息は、全く不快なものではなくて、むしろこれから何かが始まろうとしている事への期待から漏れたものだった。


***


 次の日学校から帰ると、前日と同じように僕の家の前に例の球体が落ちていた。

 そっとそれを拾って、部屋に持ち帰る。

原理は分かっていたので、カバンを下ろすなりそれを開いた。

こぼれ落ちそうになったノートを床に落ちる前に受け止めて、そっとそれを開いた。

 僕の字が並んだページの隣に、綺麗に並んだ文章が追加されていた。


『ソラ!お返事ありがとうございます!まさかこのノートが返ってくるとは思わなかったので、嬉しいです。ありがとう!』

『日本はいろんなモノがゆたかで、すてきな国だときいています』

『ソラは、日本が好きですか?』


 文面から嬉しさが伝わってくるようやポラリスの返事。

 ただの文字だけど、ポラリスの気持ちや人となりが伝わってくるような感じがする。

 会ったこともない、下手したらタコみたいな見た目かもしれない彼女(もしかしたら彼かもしれない)の事を思って頬が緩んでしまう。

 ただの交換日記、そう不思議な道具を介するだけのただの交換日記が、これほどまでに楽しくなるとは思わなかった。

 いや、初めてこのカプセルを開いた時から、僕は日常に飛び込んできたこの出来事に胸を躍らせているのかもしれない。

 どちらにせよ、早く返事を書きたい、早く返事が欲しいという気持ちが強かった。

 だから僕は、慌ててペンを手に取り返事を書くのだった。



***


 それから、僕とポラリスは何度も何度もやりとりを重ねた。

 本当に些細な日常の出来事。

 ポラリスが聞きたがるので、僕の話が大半だったが、時々彼女の話も聞いた。

 彼女が地球に興味を持ったきっかけ、彼女の生活、家族、友人。

 それらは時として僕の想像もつかない内容だったりもするが、彼女が抱える悩みは案外僕と変わらなかったりもした。


ある日の僕らの会話の中で、こんなものがあった。


『私は、友人を傷つけてしまいました』

『思い悩む彼女に、上手く言葉をかけられず、辛い顔をさせてしまったのです』


『それは辛かったね。友達もキツかっただろうけど、ポラリスも傷ついたね』

『素直に謝ってみなよ。きっと友達も話せば分かってくれるよ』


『ソラ!聞いてください。友人と話をしました。彼女も同じ気持ちだったようです』

『私達は仲直りができました。これもソラのおかげです』


 この頃にはポラリスも漢字を覚えていて、スムーズな文面のやりとりが出来る様になっていた。


 同じ頃、僕も小学生の頃からの友人と喧嘩をしていた。

 些細なことがきっかけだったと思うが、時間が経つにつれどんどん話しづらくなっていた。

 だから、ポラリスの言葉を受けて、僕も彼に話しかけ謝ることにした。


「ごめん」


 謝ると、彼も気まずそうな顔を浮かべた後、照れた時に見せるへにゃっとした笑顔を浮かべて「こっちもごめんな」と言ってくれた。


***


 そんなやりとりを重ねて行くうちに、月日はどんどん流れていき、最初にノートを開いてから2年の月日が経とうとしていた。

 高校生だった僕は、いつしか大学か就職か、進路を決めなければならない時期に差し掛かっていた。

 そして、僕は2年の歳月の中で、ポラリスの事を好きになってしまっていた。

 好き、と脳内に浮かんだ時には、きっともう恋に落ちていたのだと思う。

 彼女との交換ノートにその言葉を書くのはあまりに勇気が要るので、何でもない紙に『好き』と書いては、何をしているんだ僕は、とその紙をゴミ箱に捨てた。


 そんなある日、ポラリスとの交換日記で僕は進路に悩んでいることについてもらした。


『僕は何をしたいか分からないんだ』

『自分に何が出来るのか、分からない』


 我ながら恥ずかしい悩みを言っていると思ったが、僕らの間にはもう隠し事なんてなかった。

 ポラリスから返ってきたノートにはこう書かれていた。


『ソラの気持ちはよく分かります。何をしたらいいか、悩みますよね』

『でも、実は私には一生のうちにしたい事が一つだけあるんです』

『あなたに会いたい』


 とても、とても唐突なポラリスの言葉。

 その言葉に、気持ちに、僕は舞い上がってしまう。


『僕も会いたい、ポラリスに会いたい』


 ポラリスからの気持ちが友情だろうと、恋愛感情だろうと、どちらでも良かった。

 僕はポラリスと会いたい。


 ポラリスからの返事には、こう書かれていた。


『でも、私の星とソラの居る地球を渡るには、とても長い時間が要ります』

『私たちの星の技術を持ってしても、無機物を行き来させるので精一杯です』


 彼女の文字に絶望を感じる。

 僕は彼女に会えないのだろうか。

 だが、僕から彼女への想いは止める事が出来なかった。


『どんなに遠かろうと、無謀だろうと、僕は君に会いたいよ』

『僕は君が好きだ』

『僕たちは、宇宙が広すぎて、会えないだけだよ』

『僕の心は、常に君のそばにある』


 何度も何度も、書き捨てた『好き』の文字。

 一度気持ちを書き綴ったら、もう止まらなかった。

 読み返すと、書いている内容のあまりの恥ずかしさにページごと破いてしまいそうだったから、急いでノートを球体にしまった。

 そして気持ちを誤魔化すように、それを空へ投げる。


 球体が空に吸い込まれて行くのを見つめる。それはもう何度も何度も見た光景だが、今回はそれをしみじみと眺めてしまう。

 そして、それが上空に吸い込まれたのを確認してしばらく経ってから、僕はある事を心に決めた。


 いつか、宇宙へ行こう。


 さっきまで散々悩んでいた進路への道筋が、決まった瞬間だった。

 どんな形でもいい、どんな結果でもいい。

 僕は、宇宙へ行く。そして、ポラリスへ会うんだ。


 僕らは、宇宙が広すぎて会えないだけだよ。

 僕らの間に横たわる距離が、何万、何億光年だとしても、僕は君に会いに行くよ。


-END-

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