第33話 野生児
誰かに名前を呼ばれ体を何かに揺すられている感覚がした。
自分の肩を揺らしている何かを触ればもふもふしている。
「……撫でられるのは嫌いじゃないんだけど、今は起きろ」
「あたっ」
少しだけそのままもふもふを堪能していたら柔らかい何かがおでこに直撃した。
「小狼?」
目を開けると小狼が僕を覗き込んでいた。
さっきの衝撃は、小狼の右足で小突かれたことによるもののようだ。
状態を起こして辺りを見回す。小狼以外誰もおらず、船にいたはずの僕は薄暗い地下牢にいた。
「ここ……」
「捕まっちまった。あの漁船で近づいてきた奴らに薬撒かれて眠らされたんだよ。そのあと船にピアサが来て、小狼はそいつにやられた。ムカつく」
「他のみんなは? ここにいるのは僕たちだけ?」
「この牢屋にいんのは小狼と仔空だけ。んで」
「え?」
小狼はそう言い牢屋の外に顔を向けた。僕も小狼につられてそっちを見る。
斜め前の牢屋には同じように捕まっているなにかがいた。今気づいたが、ガリガリと言う音が地下牢に響いている。
「……アドルフォ⁈ あいつ、何して」
「歯で檻壊そうとしてる」
「えぇ⁈アドルフォ!」
「仔空! 起きたのか! 俺は今ここから出る!」
「だからそれは無理だっつってんだろ⁈ お前歯折れてもしらねぇかんな⁈」
「俺の歯は強い!」
「人体には限界ってもんがあんだよ!」
薄暗い中目を凝らしてみてみれば、鉄格子に噛みつき壊そうとしているアドルフォの姿が。
僕の存在に気づきニコッと笑っているが、心なしか歯が欠けている。
アドルフォの行動には驚かされることが多いが、野生児はどこに行こうと野生児のようだ。
「アドルフォ、異能力使えないのか?」
「使える」
「それならそれで溶かせばいいだろ?」
「仔空! お前頭いいな!」
「ちょっとは考えなよ」
火の異能力者であるアドルフォなら火で鉄を溶かして柔らかくしてから広げるなりすれば出られる。そう思って聞けばその手があったか!と言わんばかりの顔で笑っている。
アドルフォは頭がいいのか悪いのかわからない。
「
「え」
アドルフォは勢いよく鉄格子に向かって炎の拳をぶつけた。
轟音と共に鉄格子は壊れ、所々地下牢が燃えている。
違う、そうじゃない。
「出れた!」
「「何やってんだバカ!!」」
敵がいるかもしれない場所で大胆に出てきたアドルフォに小狼と2人で頭を抱える。
アドルフォの火に反応して天井の機械が作動したのか大量の水が上から降ってきた。
「水? 敵襲か⁈」
「「お前だよ!!」」
「お前は一回落ち着け!」
「ここがどこだかわからないのに騒ぎを起こしてどうするんだよ!」
「炎狼!」
「「⁈」」
水に気づいて当たりを見回し警戒するアドルフォに怒っていれば、僕たちの檻までやってきた。
そのまま炎の拳で鉄格子を吹き飛ばす。
驚く暇もなく人型小狼に抱えられ間一髪避けるも、前髪に触れた炎と炎熱に肝が冷える。
いつか、いつかアドルフォに殺される気がする。
「殺す気か!!」
「出れるぞ!」
「そうじゃねぇんだよ!」
「ありがとうって言いづらい助け方するなよ……」
「あっちからハクの匂いがする!行くぞ!」
「……仔空、諦めるぞ」
「……うん」
助けてくれただろうことはわかるが助け方に問題がある。
手を腰に当てて笑顔のアドルフォに眩暈がしてきた。
そんな僕たちなんて気にもとめず、ハクさんの匂いがすると走って行ってしまうアドルフォ。
怒る気力も失せてしまったのか、遠い目をする小狼の言葉に僕も似たような顔をしているんだろうと思いながら頷いた。
前を走っているアドルフォを僕と小狼も追いかける。
牢屋を一個一個覗きながら、たまに立ち止まり匂いを嗅いでいる。
方向が決まればあっちだ!と走っているがここは一本道だ。
あっちも何も、そっちに行くしかない。
「なんでアドルフォはあんなに元気なんだろう」
「アドルフォの元気がない日はおそらく死ぬ日だ」
「一生元気なんだね」
「もしくは肉が食えない日」
「食料は、意地でも唸りながら探し回ってる気がする」
「……すげぇ想像できる。もうあいつ獣じゃん。知ってたけど」
「仔空!後ろだ!」
「!」
小狼と走りながら話していれば、前を走っていたアドルフォが突然後ろを指差しそう言った。
何事かと、僕が後ろを振り返るよりも先に金属音がぶつかる音が響く。
僕と何かの間に入った小狼が刀で受け止めたようだ。
相手は飛んで下がり、間合いを取った。
「子ども?」
「脱獄禁止なんだけどー」
僕たちとそう歳の変わらない子供がナイフを片手に立っていた。
何かわからないが、凄く嫌な感じがする。
村であったやつと同じピアサなんだろうか。でも、人の姿をしていて言葉を話している。
「ピアサか⁈」
「おぉ、そうだ。はじめて正解したな」
「くせぇ」
「お前ら2人は先行け。小狼1人で十分ーー」
「炎狼!」
「小狼の話聞いてくれる⁈」
肩を叩いていた刀を構え直した小狼の言葉を遮って、今日連発している技を放つアドルフォ。
狼の炎がピアサに襲いかかるも、ピアサは軽く飛んで避け、ヘラヘラ笑っている。
「やばっ、火の異能力者?赤い炎じゃんウケる」
「ピアサって喋るの?」
「レッドに適合したやつら喋んのよ」
「離せ!俺が倒す!」
小狼はまた突っ込もうとしているアドルフォを片手で押さえながら答えてくれた。
「子ども、だよね」
「レッド飲んだ年齢がピアサの見た目になる。ガキに見えて70は超えてんじゃねぇのか? そうだろ? おじいちゃん」
「おじいちゃんとかひどーい! まだ15歳なんですけどー」
僕たちと見た目はそう歳の変わらないピアサは、拗ねたように言う。
小狼は、それに対して少し茶化すように聞き返した。
「嘘つかないでもらえます?」
「嘘じゃないもーん」
ピアサは、ナイフをクルクル回しながら面白そうに答える。
「ねぇねぇ、なんで耳生えてるの?ちぎって食べてもいい?」
「小狼の耳は超美味しいからダメでーす」
「えー!たーべーたーいー」
「あーげーなーいー!」
「小狼、遊んでる場合じゃないと思う」
敵同士のはずだが、何故だが息のあった様子で話している2人。
そんな場合じゃないよ。みんなを探しに行かないと。
小狼を冷めた目で見上げていると、暴れていたアドルフォが急に大人しくなったことに気づく。
すると、突然小狼の耳に噛みついた。
「いてェっ!何すんだコラ!」
「まずい。嘘つくな!」
「お前はピアサか!普通くわねぇだろ!」
「嘘つきは泥棒猫だ!」
「泥棒猫?」
「猫じゃねぇよ!狼だよ!」
「そっち?」
ピアサそっちのけで始まるケンカ。
いつものように額を突き合わせて歪み合っている。
だから、そんな場合じゃないんだってば。
「キャハッ、ウケる。僕にもちょーだい♡」
「小狼の耳を食べていいのは桜ちゃんだけなんだよ」
「桜が食べたくないよ」
そんな会話をしていれば、ピアサが動いた。
笑顔のまま僕たちに向かって走ってくる。
「仔空、ハクとエラルドと合流しろ。この先にいる」
「うん!アドルフォ行くよ!」
そう言いアドルフォの手を引くも、振り払われる。
アドルフォは戦いたいようだが、小狼に任せるのが最善だ。
駄々をこねるなとアドルフォの腕をもう一度掴もうとするが、ピアサがアドルフォ目掛けて斬りかかってきた。
驚く僕と迎え撃とうとするアドルフォの間に小狼が入り、ナイフを刀で受け止め、蹴り飛ばす。
勢いよく立っていた場所よりも後ろに飛ばされたピアサは、またすぐに笑顔で起き上がった。
「邪魔するな!」
「アドルフォ」
「独り占めは許さん!」
「向こうにすげぇ強い敵がいんだよ。それはハクでも倒せねぇらしい」
「! 本当か?」
「おぉ」
「仔空! ついてこい!」
「うわっ!」
向かってくるピアサから目を背けずに、アドルフォにここだけの話のように話す小狼。
ハクさんでも倒せない発言に瞳を輝かせるアドルフォは、僕の首根っこを掴み引きずりながら走り出す。
「んじゃ、とっとと終わらせるか」
そう言いピアサと対峙する小狼を視界に入れたあと、アドルフォの手を振り払い、僕は前を向いて走り出した。
ブルースターアイリス Usagi @unohanayukito
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