第32話 子どもの処刑人

「ハク!起きろ!」


「…」


「起きんか!!」


「でぇ!」


 頬に強烈な痛みを感じて起き上がる。

 何事かと周りを見ればキュウが呆れた顔をして座っていた。どうやら尻尾で叩かれたらしい。

 頬をさすろうと手を動かせば、鎖の音が。視線を下に移せば手枷がつけられていた。あたりは薄暗い。


「地下牢?」


「捕まってしもうた」


「ハク」


 名を呼ばれ、声をたどりに振り向けば、向かいの牢屋にエラルドの姿がぼんやりと目に入った。


「エラルド、なんで俺たち捕まって……桜、ちびっ子たちはどこ行った」


「近くにはいない。どうやら別々に捕まったようだな」


「小狼の気配は近いぞ。精霊同士はわかるんじゃ」


 船に乗り込んできやがったピアサにまんまとやられた。

 小狼やアドルフォ、最近修行を始めた仔空はなんとかなるにしても、桜とタイガは心配だ。


「さっさと出て桜とタイガ探しにいかねぇと」


「そうだな、タイガと桜は心配だ」


「手枷をなんとかせんといかんじゃろ」


「んなもん壊せばいいだろうが」


 力尽くで枷を外す。バキャッ!という音がして簡単に外れた。エラルドも同様に手枷を壊している。


「化け物かお主らは」


「刀、ねぇ!」


「とられるに決まっとるじゃろ」


 刀があれば鉄格子を斬って簡単に出られるというのに、その刀がない。どうやって牢屋から出るかと考える。

 力技で左右に無理やりこじ開けて通れるスペース作るか?


「ハク、キュウ、少し離れろ」


 いつのまにか牢屋から出ているエラルド。エラルドの言う通り少し離れる。キュウは俺の肩に避難した。

 エラルドが鉄格子に軽く触れる。すると、ふれた場所からバラバラと砕け、四角い空間が出来た。

 エラルドの牢屋も同様に穴が空いている。


「そういや、なんの異能力なんだ?」


「俺は破壊だ。触れたものをこうやって粉々に砕くことができる。自分で砕いたものなら、元に戻せる」


「すげぇな。それ人間も砕けんのか」


「まぁな」


 エラルドの異能力はどうやら破壊のようだ。

 人間も砕けるとか強すぎねぇか。ピアサなんざ触れれば一瞬じゃねぇかよ。


「拙者を砕く気か⁈」


「俺がそんな非道徳的な人間に見えるか。頭に何かついてるからはらおうとしただけだ」


「……拙者はビビリなんじゃ」


「「知ってる」」


「知ってるとはなんじゃ!お主らの前で怯えたことなどないぞ!」


「うわっ!!」


「ぎゃあ!」


「ビビリじゃねぇか」


「そんなことしとる場合か!!」


 キュウの頭についていた蜘蛛の巣をはらってやるエラルド。

 エラルドの優しさからくる行動に対して、自分の反応は良くなかったかもしれないと反省している様子のキュウ。精霊だからかは知らないが人間味がある。

 何やらキャンキャン吠えているので脅かしてみれば、肉球で頬を刺された。

 尻尾は威力があるらしいが、肉球は攻撃力ゼロなんだよ。


「波動、…桜もタイガも小さいんだよな。小狼は、確かに近いな」


「誰かと一緒に動いているようだな。とりあえずそっちと合流するか」


「おぉ。強いのが、チラホラいるよな」


「早速、近くにいるな」


 牢屋が並ぶ道を抜け、古びた鉄の扉を開ける。

 エラルドの言う通り、近くにいる強い気配に警戒しながら出れば、丸い広場のような場所に出た。あたりは白い壁に囲まれている。


「なんだここ」


「何もないのぉ」


 俺たちが出てきたような錆びた鉄の扉が3箇所と、一つ重厚感のある大きな扉があるだけで、他は何もない。

 あたりを見回していれば、突然大きな何かが上から降ってきた。


「ドラゴン……?」


「翼はないから、トカゲだろ」


「そう言う問題じゃねぇだろ!デカっ!!」


「ハク!あまり大きな声を出すでない!気づかれたらどうするんじゃ!!ぎゃー!!」


「お前の方がうるせぇよ」


 キュウの声に気づいたのかこちらを振り返り、俺たちを視界に入れたデカいドラゴンもどき。

 大きさは全長およそ10mほどといったところか。


「こいつじゃねぇな」


「あぁ、近くにピアサがいるはずだ」


 強い気配はこいつじゃない。波動で気配を探っていればまた耳元で騒ぐキュウ。


「ギャー!!」


「だからうるせぇよ!」


「猪?」


「なんで猪もそんなデカいんだよ!」


「牛もいるぞ」


「ハク!なんなんじゃここわ!」


「俺が聞きてぇよ」


 今度は通常のサイズよりも10倍ほど大きな猪と牛が。こんなデカいやつは見たことがない。

 俺たちに闘争心を燃やしているのか、猪と牛が後ろ足を何度も蹴りあげる。突っ込んでくる気満々だ。そのせいで地面が揺れている。


「こいつらだけいれば一年分ぐらいあるか?」


「もっとあるだろ」


「トカゲは、あの大きさならそれなりに肉ありそうだな。猪に牛か。ステーキ、すき焼き、猪鍋、マグロは釣れなかったが、こいつらでも悪くないな」


「この状況でなんで飯のことが考えられるんじゃ!食う前に食われてしまうじゃろ!」


「デカいだけだろ?ビビりすぎなんだよ」


「ビビっておらん!お主らの代わりに危機感を感じておるだけ、ぎゃぁぁぁぁ!!」


「本当にうるせぇな!怖いなら隠れてろ!」


 キャンキャンうるさいキュウは、俺の服の中に隠れる。

 俺たち目掛けて突っ込んできた大型獣たちだが、ものの数秒で勝敗はついた。


「これどうやって持って帰る」


「後でいいだろ」


「今はどうでも良いことじゃろ!」


「可愛そう!なんでそんな酷いことするの?」


 倒したはいいものの、このサイズをどうやって持って帰るかを考えてなかった。

 親指で背後にいる大型獣を差しながらエラルドに聞くもあしらわれる。

 そんなことよりとりあえず先に進もうと歩みを始めた直後、拗ねたような子どもの声が耳に入った。

 その声の主を確認すれば、そこにはまだ幼い少年が。


「誰だお前」


「僕はNo.2。アルって呼ばれることが多いよ」


 ピアサだ。波動からして子どもの割にそれなりに力があるらしい。

 見た目は、桜やタイガと同年代ぐらいだ。

 笑顔で俺の質問に答えているが、気は抜けない。

 さっきの大型獣どもは、このガキの異能力か?


「二、さっさと殺さないと」


イーはせっかちだな。強い大人と話す機会なんてあんまりないじゃん」


 気配もなくやってきたもう1人の中世的な子ども。こいつもピアサだ。

 二と呼ばれたちびっこよりも3、4歳ほど歳上のように見える。

 一と呼ばれた子どもは、二よりも圧倒的に強い。船であったやつよりは弱いが、それでもなかなか出会う強さのピアサじゃない。


「お前ら何歳だ」


「僕はね、10歳。一は17歳だよ」


「ピアサになった年齢じゃねぇ。生きてる年数を聞いてんだよ」


「だから10歳と17歳だってば」


「……本気で言ってんのか」


 エラルドが驚きを含んだ険しい声で問い返す。俺もピアサのガキを見ながら訝しむ。

 ピアサの強さは人を食った数と比例する。今まで出会ったことのある特級のピアサは、100年をゆうに超えていた奴らばかりだ。


「お前ら、数年で何人食いやがった」


「さぁ?そんなの数えないからわかんない」


「二、向こうの牢屋からも数人逃げた。そっちも殺さなきゃいけない。話は終わり」


スーがいるから平気じゃない?」


「ハカセに叱られる」


「それはやだな。よし!僕はあのおじさん!」


 二がエラルドを指差しそう言った瞬間、俺の心臓を狙い、一の右手が伸びてきた。

 すんでのところで後ろに飛んで交わす。しかし、ピアサはスピードを緩めることなく俺に向かってくる。

 刀を抜こうとして、腰元に何もないことを思い出す。


「ねぇ!やべっ」


「ハク!」


「おじさんは僕ね」


 ピアサの蹴りが右脇腹に入り、数十メートル吹っ飛び壁に背中から叩きつけられる。


「ってぇ」


「ハク!大丈夫か⁈キュウっ」


 そういい俺の襟元から顔を出すキュウをまた押し込む。

 休む暇もなく繰り出されるピアサの正拳突きを避ければ、轟音と共に壁に大きな凹み。そこから亀裂が走る。


「キュウ!お前小狼と合流しろ!場所わかんだろ!ついでにどっかで刀見つけたらもってこい!」


「御意!!」


 キュウを逃がし、ピアサと距離を取る。エラルドを横目で確認すれば、エラルドの周りにはまたもでかい獣たちが。

 やっぱりあのガキの能力か。


「余所見するほど余裕がある?」


「はっ、多少な」


「!くっ」


 喉元を狙って伸びてきた腕を片手で受け、蹴り飛ばす。ピアサが壁に叩きつけられる音が響く。

 刀がなくともなんとかやれそうだ。子どもだろうがなんだろうが関係ない。強いものが勝つ。


 久しぶりの強者相手に自然と気持ちが昂ってきた俺は、休ませる暇もなく地面を蹴り、ピアサとの距離を詰めた。

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