第31話 マグロが食べたかっただけなのに

翌朝。


「ハク帰って来とったね」


「ハクさんどんな反応だった?」


「これは夢だって言い聞かせて寝やがった」


「見たかったね」


「うん。全然起きん。ハクー、あ。起きた?」


「近いな」


 話し声に目を開ければ、目の前に桜の顔が。寝起きなのかツノが生えている。


「……桜こいつ誰だ」


 起き上がり、昨日の夜見た、桜の隣にいる男を指差す。


「小狼」


「いい加減認めろって」


「俺は認めない。小狼は、もっと……こんなやつじゃない……!」


 夢じゃなかったのか……!

 当然のように男の頭を撫でる桜と、撫でられる男こと小狼。

 納得がいかない。桜が年上の男を手名付けているような絵面も気に入らない。

 何より小狼はこんな態度のでかいやつじゃない!!


「ハクさん!キュウも話すんですよ!」


「拙者を持つ時はちゃんと抱えんか」


 そういいながらキュウの脇を抱えて、俺に見せる仔空。キュウに文句を言われ抱えなおしている。

 拙者ってなんだよ。


「武士か?お前は武士の魂でも宿ったのか?狐侍か?」


「フェネックじゃ!」


 俺の頬に肉球が刺さるが攻撃力はゼロだ。

 喋る狐に人になる狼。俺がいない数日に何があった。


「びっくり?」


「ハクさんびっくりした?」


「おぉ。なんなんだこいつら」


 近距離で聞いてくるちびっこ2人にそう言えば、顔を見合わせて喜んでいる。

 よくわからんが俺が驚くのが嬉しいらしい。


「こんにちは!!隣村から来ましたタイガっす!!」


「まだおはようだよ」


「おはよう!!」


「タイガは朝から元気だな」


 勢いよく玄関を開けて入って来たのは、朝から元気なタイガ。その後ろにはエラルドが。  

 雪山は危ないこともあり、最近はエラルドと一緒にしか来ていないが、毎日のようにうちにいるのは変わらない。

 朝タイガを送り届け、エラルドはまた村に戻っている。


「ハク、帰って来たのか」


「昨日の夜な」


「ネッヒはどうした」


「アド迎えに行きました」


「また朝から脱走して雪山に行ったんです。何がそんなに気になるのか一回見てくるって」


「だからジジイもアドルフォもいねぇのか」


「また凍って帰ってくんじゃねぇの?」


「あいつは懲りんからのぉ」


「あぁ……あ……?」


「喋った……?!」


 仲間がいた。俺だけがこの不可思議な現象に適応していないのかと思っていたが、エラルドとタイガもこいつらが喋ることは知らなかったらしい。

 珍しくわかりやすく驚いた顔をしたエラルド。

 タイガに至っては目をこれでもかと広げ、口も床に顎がつきそうなほど開けて驚いている。

 それを見てニヤニヤしている桜と仔空。


「今知らない声が2人いたんだが」


「拙者はアイドル精霊じゃ!思う存分かわいがるがよい!」


「俺も精霊ー」


「人になった……?!」


「……誰だ?」


「小狼でーす」


「えぇぇぇぇぇぇぇ?!?!?!」


 タイガの声は、山でアドルフォを捕獲していたジジイにまで聞こえたそうな。

 タイガのリアクションが桜と仔空のツボに入り話にならず、キュウによりキュウと小狼がなぜ話すようになるのかを教えてもらった。


 2人は精霊であり、ジジイと契約を結んだことで喋るようになったとのことだった。

 言霊は本当になんでもありだな。1番の驚きは、亀爺だ。

 結界張ってたのは亀爺で、尚且つあいつも喋るらしい。

 ここ数十年エサをやったりしていたが、喋っているところなど見たことがない。

 今度声でもかけてみるか。


「喋るんだ。すっげぇ!」


「すごいじゃろ!」


「おう!」


「すげぇ純粋。こういう反応が正解よ?わかる?廃れた大人のハクさんよ」


「お前に言われたくねぇんだよ」


 誰よりも驚いていたタイガだが、子どもの適応力というものはすごいもので、今では目をキラキラ輝かせてキュウと話している。

 小狼がすげぇムカつく奴になってしまったことを、俺はまだ受け入れられない。


「あ!ハクさん、俺マグロが食いたいんだ!」


「マグロ?」


「ネッヒさんに行ったらハクさんが帰ってきたら船に乗ってマグロ釣ってこいって!」


「僕も食べたいな」


「ハクが帰ってきたら行こーって言いよったんよ」


「マグロか」


 俺も久々に食べたい。最近は人攫いの件であまり桜の相手ができていなかったこともある。

 ちびっこたち連れて、父ちゃんの船でマグロ釣りに行くのもありかもしれない。


「いいな、行くか」


「よっしゃ!!」


「エラルドも行くか?」


「そうだな。1人でちびっこ3人、4人か。大変だろ」


「拙者はちびっ子ではないぞ」


「アドルフォのことだ」


「そうだな。海に落っこちても困る」


 各々に喜ぶちびっこたちを横目に、エラルドを誘う。

 ジジイはおそらく来ない。1人でも別にいいが万が一がないとも限らない。来てくれるのは助かる。


 ジジイに担がれ帰ってきた気絶してるアドルフォを連れ、大人2人、ちびっ子4人、精霊2体で俺たちはマグロ釣りへと向かった。



「寒い……!!」


「仔空は本当に寒がりだな」


「寒いよ」


「もう一枚着てくりゃ良かったんじゃないか?」


「雪だるまになっちゃうよ」


 ガタガタ震えている仔空と俺に抱きつき暖を取る桜。

 タイガとアドルフォはワクワクの方が勝っているらしく、2人で走り回っている。

 アドルフォに至っては、起きた瞬間からジジイが着せた服を燃やし上半身裸の状態だ。

 あいつはいつか凍死する気がする。


「落ちんなよ」


「あっ、先生ー!!」


「言ったそばから落ちるなよ!」


「何やってんだお前は」


「アドルフォ飛び込むな!バカかお前は!!」


「魚がいた!」


「真冬の海に素潜りに行くやつがいるか!」


 落ちるなと言ったそばから海に落ちかけ、エラルドに助けられているタイガ。

 魚を見つけて飛び込もうとするアドルフォを、慌てて止める小狼。なんだかんだアドルフォの子守は小狼がしている。


「アドルフォはなんで寒くないんだよ……」


「ターザンだから」


 寒すぎてそれどころではない2人との温度差が激しい。

 キュウは俺の肩にいるので、たまに飛ばされかけている。


「ハク!!拙者を少しは助けんか!!」


「肩から降りろよ」


「拙者は負けんぞ!!」


「なんで風と戦ってんだよ」


 マグロが釣れる場所はどこだったか。どうせならデカイのが釣りたい。


「桜!」


「ん?」


「笛貸してくれ!」


「なんで?」


「クジラを呼ぶ!」


「呼べないと思う、あ、あぁ」


 桜から笛を強奪して、クジラを呼ぶ!と笛を吹き始めるアドルフォ。

 突発的な意味不明な行動に頭にハテナが浮かんでいる桜だが、まぁいいかとアドルフォの好きにさせている。


「ハク、船」


「あ?」


 桜が指さす方を見てみれば、見たことのない漁船が。

 こんな時間帯にここら辺通る船なんかあったか?

 こちらへ近づいてきているような気をもする。

 漂流しているような様子はない。気にせず、ぶつからないようにだけ舵を切る。


「どんどん近づいて来とる」


「なんだろうね」


「なんか用でもあんのか?」


 逆方向へ舵を切ろうと、追いかけてくるように近づいてくる漁船。

 ここら辺は俺たちの領域だ、だの稀にいるめんどくさい漁師だろうか。

 絡まれるのは実にめんどくさい。避けようにも向こうのスピードの方が早く、結局至近距離まで近づかれてしまった。


「なんか用かー⁈」


「実は、魚を取りすぎて魚の重みで船が安定しないんです!良かったらもらってくれませんか⁈」


「なんだそりゃ」


 漁師が魚の重みで沈没なんざ、そんなダサいことはない。


「貰えるもんはもらっとくか。おぉ!いいぞ!」


「ありがとうございます!」


 そういい俺は船を少し寄せる。


「ハク!」


「あ?」


「変な匂いすんぞ!」


「変な匂い?……するか?」


「……わからん」


「僕もわからないです」


「いや、臭ぇぞ。船離した方がいいんじゃねぇの?」


 鼻のいい2人だけが何かを察知したらしい。

 エラルドに視線を向けるも、わからないと首を振られた。タイガもやたら嗅いでいるが、わかってなさそうだ。

 アドルフォの鼻は、本能的な危機察知能力が高い。小狼のいう通り断って離れるかと考えたところで、睡魔が俺を襲った。

 薬品を撒かれたと気づいた時には、ちびっ子たちは倒れ、俺とエラルドと小狼も膝をついていた。


「なんなんだお前ら」


「睡眠薬なんざ撒きやがって」


「狼の鼻殺す気か!」


 睡眠薬を撒かれたようだが、俺はまだ耐えられる。とっととこいつらを締め上げよう。

 ちびっ子たちを寝かせ、船に移ろうとした直後、俺たちの背後に音もなくピアサの気配が降り立った。肌に刺さるようなビリビリと感じる強者の気配。

 こいつはやばい。なんで突然特級、いや、超特級クラスがこんなところにいんだ。


「"眠れ"」


 俺が刀を抜き振り返るよりも先に、男の声が俺を支配した。

 ジジイの言霊をかけられたような感覚に近く、抗う術もなく薄れゆく意識。

 船縁に立つローブを着たピアサを視界に入れながらも、俺はそのまま気を失った。が、すぐに覚醒し、男に斬りかかる。


「すごいな」


「ジジイのより弱い。お前何者だ」


 難なく避けられる。このレベルのピアサと対峙するのは久々だ。

 エラルドと小狼も覚醒したのか、男の動向を窺っている。


「"動くな"」


「、意味ねぇんだ、よ」


 一瞬異能力で動きを止められ、それを解こうとしている隙に何かを撃たれた俺は、そのまま完全に気を失った。


「そうかな?異能力はとけても、麻酔は無理だろ。……聞こえてないか」

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