第30話 喋るんです
厳しい寒さが続く今日この頃、雪山は危険だと言うこともあり、最近は必要最低限しか外に出なくなった。
アドも、雪の日は山よりも家にいることの方が多い。
ハルトネッヒさんに、雪が10センチ以上積もったら家に来いと言われているようだが、気づいたら外に出て走り回っている。そのため、強制的に言霊で家に連れ戻されているのをよく見る。
こんな寒い時期に上半身裸なアドはいつか凍死してしまいそうだが、本人曰く火だから平気らしい。
炬燵で丸まっている仔空が、ありえない、という目で見ていたのは、昨日の話だ。
ハクは雪が積もっていようとピアサ狩りに駆り出されており、一昨日もハルトネッヒさんに飛ばされていた。
難しい顔をしてハルトネッヒさんと話している姿をたまに夜中に見かける。何か問題が起きているのだろうかと心配になるが、ハクが怪我をして帰ってきたところは見たことがないので、心配しすぎるのも良くないかと首は突っ込まないようにしている。
ハクは忙しそうだが、私は今日も今日とて暇である。
炬燵に入って、みかんを食べながら何やら喧嘩をしている小狼とアドを見守りながら思った。
「いいなぁ」
「何が?」
思わずつぶやいた独り言は、キュウちゃんを膝に乗せ、みかんを食べている仔空に聞こえていたようだ。
「小狼と話せるのいいなって」
「あれ、本当に通じてるのかな」
「わからんけど」
前々から思っていたことではあるが、やはり羨ましい。
小狼はとても賢い。人の言葉を理解しているのか、私の言葉も通じるしある程度の意思疎通はできる。けれど、小狼が何を思っているのかたまにわからないことが私はある。
「ハルトネッヒさん、小狼ってしゃべったりしないんですかね」
「喋らないと思うよ?」
ファンタジーのような世界なら、動物がしゃべることもあるんじゃないかと無茶を言えば、ハルトネッヒさんは新聞を読んでいた顔をあげ、私を見た。
「犬は喋らん」
「ほら」
「ですよね」
「精霊は、話さんこともないがな」
「精霊?」
そう言い、ハルトネッヒさんはまた新聞に視線を戻した。精霊は話すらしい。
……精霊とはなんぞや。
「ワン!」
そんな話をしていれば、小狼がやってきた。
「うちも小狼と話したいな」
そう言えば、小狼は何故かハルトネッヒさんを見つめる。
視線に気づいたハルトネッヒさんは、眉間に皺を寄せ小狼を見た。
「断ったのは誰じゃ」
「ワン」
なんの話かわからないが、小狼は真っ直ぐそのままハルトネッヒさんを見つめている。
「"人語を話せ"」
「爺さんの精霊になっちまうのはこの際しょうがねぇ。だから、ワン」
「「喋った⁈」」
ハルトネッヒさんの言霊で喋り出した小狼。
小狼から聞こえてくる男の人の声に、仔空と2人で驚く。
アドは大して驚いていないどころか、興味がみかんに移り皮ごと食べている。
言霊であってもあまり長くは話せないのか、もう戻ってしまっている。
ハルトネッヒさんは、小狼の言葉にため息を吐いた。
「"精霊になれ"」
「ワン」
「キュウ!」
ハルトネッヒさんの言葉に小狼と、仔空の膝からテーブルの上に移動したキュウちゃんが返事をした。
すると、小狼がいた私の隣には、耳の生えた、袴を着た男の人が。
「誰……?」
「小狼です!」
「「「えぇーー⁈」」」
小狼、人になんの⁈オオカミじゃなかったの⁈てか精霊なの⁈
ニコニコして尻尾をパタパタ振っている人型小狼に聞きたいことは山ほどあるが、これにはアドも驚いていた。
「拙者はアイドルじゃ!思う存分可愛がるがよい!」
「拙者⁈」
「キュウも喋るのか⁈」
もはや何が起きているの変わらない。キュウちゃんも喋りだした。
キュウちゃんは小狼とは違って子どもの声だ。
「こやつらは精霊じゃ」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている私たちに、ハルトネッヒさんがそういった。
「精霊?」
「そうじゃ!」
私の言葉に元気よく答えるキュウちゃん。
「なんで小狼だけ人になったの?」
「小狼は戦闘精霊だから」
「「戦闘精霊?」」
仔空が聞けば、小狼が答える。
戦闘精霊?戦える精霊ってこと?
情報を処理できずに混乱している私を、小狼はニコニコ見つめている。と思えば、私の手を取り自分の頭の上に置いた。
撫でると尻尾をブンブン振っている。
うん、小狼だ。人だけど。
「お前、強いのか」
「当然だろ?そこのキツネは弱っちぃけど」
「フェネックじゃ!」
小狼を真っ直ぐ見ながら聞くアドに、軽く答える小狼。
どことなく返答の仕方がハクに似ている。
それに地団駄を踏み怒るキュウちゃん。
「キツネくんよ、ここでのアイドルの座はもう小狼に奪われてんのよ。わかったらとっとと森におかえり。お出口はあちらでーす」
「相変わらずムカつくやつじゃのぉ!お主のどこがアイドルなんじゃ!青犬め!」
「狼だわ!弱っちいキツネくんがイキってると恥ずかしいよ?やめとけ?」
「リーダーに向かってなんじゃその態度は!」
「小狼とキュウは仲悪いの……?」
「んー……?」
煽りまくる小狼とそれに怒っているキュウちゃんの喧嘩を見て、2人は仲が悪いのか?と私に聞く仔空。
どうなんだろう、わからない。
というか小狼そんな性格だったのね。仔空のような性格なのかと思ってた。
「勝負しろ!」
「小狼に勝ったことないでしょうよ」
小狼を指差しそういうアドに、めんどくさそうに言う小狼。
「戦え!!」
「喧嘩なら外でせい"飛べ"」
怒ったアドが小狼に飛びかかれば、2人揃ってハルトネッヒさんに外に飛ばされた。
「全く、血の気の多いやつらじゃ」
やれやれといった様子のキュウちゃん。
「精霊って、なんですか?」
それ。精霊ってなんだ。
私もハルトネッヒさんに視線を向ければ、ハルトネッヒさんが口を開いた。
「初めて言霊が宿った異能力者が、動物たちに言霊で力を与えたんじゃ。それが精霊と呼ばれておる。精霊は言霊の異能力者と契約しなければ、ただの動物と変わらん」
「言霊使いから離れることはできんがな。全員この山におる。戦闘精霊の
言霊が使える人が生み出したものだということか。
小狼やキュウは精霊だけど、ハルトネッヒさんと契約していたわけではないから、喋らなかったらしい。
精霊になれという先程のやりとりは、どうやら契約したということだったようだ。
小狼やキュウの他に、あと三匹、山に精霊がいるらしいが、黒い虎なんていたっけ?
「キュウは、何精霊?」
「アイドル精霊じゃ!」
「要は何もできん」
「皆を癒しておるじゃろ!なんじゃその言い方は!」
アイドル精霊ことキュウちゃん。
確かに癒し担当だが、アイドル精霊ってなんだろう。
初代の言霊異能力者の方は、癒しが欲しかったのかな。
「不死鳥と亀爺は、もう契約しておる。随分前にな。あとは黒虎だけじゃ」
「え?」
そういい、キュウちゃんはなぜか炬燵の中から出てきて、私の膝の上に座った獅子丸を見た。
「亀爺と不死鳥、今は
「あぁ」
「この島を守っておるのは亀爺の結界じゃ」
「亀爺すごい」
「たまに家の中をゆっくり歩いている亀ですか?」
「あぁ。あやつも喋る」
「「喋るんだ……」」
本当にゆっくりしか動かない亀さんがいることは知っていたが、あの亀さんが亀爺で、なんなら島に結界を貼っていたとは。実はすごい亀さんこと亀爺も喋るらしい。
話してみたいな。お爺ちゃんなのかな
「如月はたまにこの山を飛んでおる赤い鳥じゃ」
「あぁ!あの綺麗な鳥!」
「精霊だったんだ」
山の上をたまに飛んでいる綺麗な鳥は、ハルトネッヒさんは如月だといっていたが、精霊だったらしい。
仔空も見たことがあるのか納得している。
「戦闘精霊や拙者と違ってあまり長く外に出ておれんからのぉ、普段はネッヒの中におる」
「中?」
「精霊は、言霊使いの能力の一部じゃ。主人が呼べば出てこられる。戻れと言えば、消えて戻る」
たまにしか見られない赤い鳥を見られた時はいいことがある、と勝手に決めていたが、どうやらハルトネッヒさんが出し入れしていたらしい。
ハルトネッヒさんの中にいるというのがいまいちわからないが、呼べばどこからか出てきて、戻れと言えばどこかへ戻っていくということなのだろうか。
「なんで小狼とキュウは契約しなかったの?」
「精霊は契約を交わせばその相手には逆らえん。契約というのは言霊使いと、命を共有することだからのぉ」
「命を共有?」
「ワシが死ねば、こやつらも死ぬ」
「「えぇ⁈」」
そんな重い契約を、あんなあっさり交わしてよかったのだろうか。
そんなことを考えていれば、気絶しているアドを担いだ小狼が帰ってきた。喧嘩はどうやら小狼の勝ちらしい。
「小狼は、青狼って名前なん?」
「小狼は小狼」
「ん?」
「小狼が気に入ってるから小狼がいい」
小狼に青狼という名前があるのなら、それで呼んだほうがいいのかと思って聞けば、どうやら小狼という名前は気に入ってくれていたようだ。
本人がそう言うなら小狼でいっか。
「ハクも知らんかったんかな?」
「ハクは知らん」
「じゃあハクさんびっくりするかもね」
「どうやって驚くかな」
「は?は言いそう」
「言いそう!」
喋るようになったキュウちゃんと、人になり喋る小狼を見たときのハクの反応を考えて、ワクワクしてきた。
ドッキリを仕掛ける仕掛け人のような気持ちだ。
仔空も同じ気持ちなのか楽しそうな顔をしている。
ハクは今日帰ってくるらしい。
仔空と2人でワクワクしながらハクの帰りを待った。
◇
ピアサ狩りを終え、今日中に帰ると手紙は出したが、思ったよりも遅くなってしまった。
日付はもう超えている。みんな寝ているかもしれない。
「ただいま」
「おぉ、おかえり」
そう思いながらも、小さな声で挨拶をすれば、知らない声が。
居間には、肘で頭を支えて寝っ転がっている男がいた。
「…………誰だよ!」
「見てわかんない?」
「そんな耳生えた人間俺の知り合いにはいねぇ」
マジで誰だ。
ジジイの気配はちゃんとあるところからして、不法侵入者ではないのだろう。
つかこいつ耳と尻尾生えてんだけど。
「帰ったのか。どうせ帰ってくるのなら明日の朝帰って来ればよかったものを。子どもたちはもう寝てしもうたぞ」
「……俺は疲れてるんだな。そうだ。寝るわ。おやすみ」
耳が生えた男がいると思えば、今度はその近くで伏せていたキュウが喋り出した。
何が起きてんだよ。
頭が追いつかず、もう寝ようと畳の部屋に向かえば、いつも桜と寝ている小狼の姿がないことに気づく。
「小狼どこいった」
「何?」
「お前じゃねぇよ」
なぜか返事をする半獣人間。
獅子丸は桜の足元で丸まっているが、ジジイの方にもいない。
「ハクさんよ、小狼ならここにいるでしょうよ」
小狼を探していればそういう半獣野郎。
「お前のどこが小狼なんだよ」
「どこからどう見ても小狼でしょうが!」
「どこからどう見ても人間なんだよ!」
「夜中に騒ぐでない。うるさいじゃろ」
「なんでお前も喋ってんだよ!」
「この姿になんねぇとわかんねぇのか?」
「は⁈」
本当に何が起きてんだ。
半獣人間は突然小狼の姿に変わった。さっきまでいた半獣人間はどこにもいない。
「……わかった。夢だな」
「夢じゃねぇよ」
「小狼がそんなに性格も態度も口も悪いやつなわけがない」
「お前に言われたくねぇよ!」
「寝るわ」
俺はそう言い、桜の隣に布団を引き寝ることに決めた。
「現実逃避してんじゃねぇよ」
「せっかく帰りを待っておったというのに、褒美も何もなしか」
そんな声が聞こえたが無視し、俺はそのまま眠りについた。
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