第29話 命懸けの報告

 陸軍、花の本拠地のある一室にて、1人の陸兵が駐屯地の現状報告に来ていた。


「申告いたします!承和国そがこく駐屯地所属、陸軍軍曹山田誠一やまだせいいち、ただいま到着いたしました!」


「やぁ、ご苦労。異常はないかい?」


「はっ!」


 まだ若い陸兵の初々しい敬礼を、笑顔で見る嶺依。


「チョコ食べるかい?」


「あ、ありがとうございます!」


 嶺依は、緊張しているのかガチガチな山田に、チョコを差し出す。

 山田は一瞬戸惑うも、キビキビとした動作で受け取った。


「こちら、報告書になります!」


「ありがとう。確認するよ」


「できれば!早急にお目通しいただけますと幸いに存じます!」


 嶺依は渡された白い封筒を手に、少し陸兵の様子がおかしいことに気がつく。

 緊張しているだけとは思えないほど、異様に冷や汗をかき、手も僅かに震えていたのだ。

 横で控えていたナートも気づき、嶺依に目配せをする。


「私は!夏嶺依大将のことを心から信頼しております!」


「ありがとう」


「失礼いたします!」


 山田はそう高らかに嶺依に伝えると、背を向け、退室して行った。

 山田が去ったあと、数秒の沈黙が流れる。


「ナート、承和国駐屯地に偵察隊の派遣を」


「直ちに」


 ナートが退室後、嶺依は山田から受け取った手紙に目を通す。

 手紙をしまいながら、嶺依は眉根を寄せる。

 チョコを一粒口に入れ、やや思案したあと席を立ち、足早に部屋を出た。



 俺は人攫いの一件で、ジジイに火の国へと飛ばされた。

 陸軍に話を聞くなら、大将に直接聞くのが手っ取り早いだろうと、花の本拠地へと訪れていた。

 事前連絡も何もなしにフラッと寄ったからか、俺の姿を見つけた若い陸兵に止められる。


「何者だ!」


「ハク・アイザック。ここの大将に用があってきたんだが……そんな集まるなよ」


 大将に用があると言えば、どこから出てきたのかワラワラと集まってくる陸兵たち。

 あっという間に囲まれてしまった。

 めんどくせぇな。

 後ろ頭をかきながらどうするかと悩んでいれば、知ってる顔が。


「あ。なぁ、大将にーー」


「嶺依大将ーー!!」


 顔見知りの陸兵に声をかければ、ギョッとした顔をして、大慌てで駆け出した。

 まるで化け物でも見たかのような顔しやがって。失礼なやつだな。

 そいつが去った後も、俺への警戒心は緩めず、陸兵たちにはどことなく緊張感が漂っている。


「何事です、……事前に連絡は?」


「してねぇ」


 欠伸をしながら嶺依を待っていれば、陸兵たちが道を開けた。

 先頭には嶺依の右腕であるナートの姿が。

 俺の顔を見てまたお前かという表情をするナート。


「してください。さもなければ、いつか死人が出ます」


「誰が死ぬって?」


「我々です」


「殺さねぇよ」


 キリッとした顔でボケなのか本気なのか分からないことを言う。


「やぁやぁ、君はいつも突然くるね。今日こそ陸軍潰しに来たのかい?」


「潰さねぇよ!潰しに来たこともねぇよ!お前が適当なこと言うからめちゃくちゃ殺気高まってんじゃねぇか!」


 笑顔で適当なことを言う嶺依の言葉に、周りの陸兵の緊張感と殺気が一段と高まる。


「リベリオンの君がくるとさ、やっぱり構えちゃうだろ?」


「リベリオンじゃねぇんだよ」


「噂じゃ、隊長だって聞いたけどね」


「入った覚えもねぇよ。だからお前が適当なこと言うからどんどん殺気高まってくだろうが!鎮めろ!」


 なんで俺が陸軍のやり方に意を唱える奴らの隊長になっているんだ。

 俺がそうじゃないことなどわかっていて、あえて言ってくるからタチが悪い。

 俺と陸兵で遊んでんじゃねぇよ。


「人攫いの件できたんだよ」


「もしかして犯人君?ナート、連行しよう」


「極悪非道の最低野郎ですね」


「濡れ衣も甚だしいな!!」


 遊びには付き合っていられない、と本題を言えば、なぜか犯人にされる俺。

 こいつらと話してると話が進まない。

 嶺依の暴走を本来なら止める係であるはずのナートが、仕事を放棄していることも大きな要因だ。

 なんで今日ノリノリなんだよ。注意しろ。


「ま、冗談はさておき、着いてきてよ。先生から君のことは聞いていたからね」


「前から聞こうと思ってたんだが、なんでジジイのこと先生って呼んでんだ」


「先生は先生さ」


 嶺依はそう言いながら、ハクを応接室へと案内する。ナートは陸兵たちに持ち場に戻るよう指示を出したあと、俺たちの後ろに続いた。

 ジジイは陸軍とも繋がりがあるのは知っているが、なぜか先生と呼ばれている率が高い。そもそも陸軍との繋がり自体謎だ。

 ジジイは何者なんだと言う疑問は度々浮上するが、聞いても教えてくれないので謎のままだ。

 部屋に着き、俺は手短にあった椅子に腰掛けた。机を挟んだ俺の前に、嶺依が座る。


「本当についさっきの話なんだけど、ある陸兵がこれを届けてくれたんだ」


「手紙?」


 嶺依はそういい制服の内ポケットから白い封筒を取り出し、俺に見せた。


「山田誠一軍曹、ここから北にある承和国の駐屯地に勤める兵士だ。この手紙には、その駐屯地の地下で人体実験が行われているという旨が書かれていた。しかも子どものね」


「人攫いの犯人お前らってことかよ」


「それは語弊があるな。陸軍の一部の人間だ。それに、そんな施設は今すぐ潰しに行くつもりだよ」


「全然動いてる気配ねぇけどな」


「私が軍を動かして、逃げられても困る。山田誠一軍曹を疑うわけじゃないけど、念のための確認として、今うちの兵士が承和国駐屯地に向かってるんだ。その報告次第で、すぐに潰しにかかるよ。君も手伝ってくれるだろ?」


 陸軍は何も情報を掴んでいないと聞いていたが、思っていたよりもことは進んでいたようだ。

 人攫いの件を片付けないと、桜の火の国観光はできない。嶺依の笑顔は腹立つが、手伝うほかない。

 俺が動くのは嶺依が派遣した陸兵が帰ってきてからかと考えていれば、ノック音が響いた。


「はーいー?」


「嶺依大将!承和国に向かっていた偵察隊との連絡が途絶えました!」


「……もう私が直接行くべきだね。少数精鋭で向かおう。ナート」


「早急に準備を」


「彼の勇姿を、無駄にするわけにはいかないんだよ」


 そう呟いた嶺依の表情は、普段の飄々としたものとは違い、珍しく真剣な表情をしている。

 俺は、嶺依率いる陸軍と共に、承和国へと向かった。



 承和国駐屯地はかなりの山奥に存在した。

 陸兵の報告通り地下室へ向かうも、俺たちがついた頃には、そこはすでにもぬけの殻だった。


「なんでこういうクソは、逃げ足だけは早いのかな。ここにあるもの全て調べあげるよ。何か手がかりになるものがあるかもしれない」


『はっ!』


 嶺依の指示で、陸軍は施設の調査を開始した。

 俺も、施設内を見て回りながらあることに気づく。


「なぁ、この施設いつからあんだ」


「駐屯地自体は100年以上前から存在しています。ここの地下は、人攫いが横行していた時期から考えると、ここ一年ほどの話かと」


「……そういうわけじゃなさそうだがな」


  俺はそう言いながら、ナートにある資料を渡した。

 そこには非検体の人数及び、実験の記録が記されており、日付は、今から10年ほども前のものだった。

 ナートに渡した資料を、近くにいた嶺依も目を通す。


「……異人?」


「純人が攫われ出したのが、ここ一年の話で、この施設はもっと前から存在したってことだろ。最初のターゲットは、異人だった」


「異人の場合、陸軍への報告はできない。異人が陸軍に頼ることは、命取りになりかねないからね。だから、表沙汰になることがなかった」


 俺の言葉を続けるように嶺依が話す。どことなく苛立っている様子だ。


「だろうな。陸軍ってのは、善か悪かよくわかんねぇ組織だよな」


「否定できないことが、悔しいよね」


 嶺依はそう言い、奥の部屋へと向かった。

 ナートは、積み上げられた書類を凄まじい速さで捌きながら、目を通していく。


「それは、読めてんのか」


「当たり前のことを聞かないでください」


「お前見てたら酔いそうだ」


「あなたに口説かれても嬉しくありません」


「口説いてねぇよ!どんな勘違いだ!」


 書類や、何に使うのかわからない実験器具、薬品などは大量にあるが、人の存在は全くなかった。

 死体すらないことを疑問に思っていれば、奥に進めば進むほど大量の死臭が。

 先程の研究所のような場所とは一変して、留置所のような場所に辿り着いた。

 陸兵以外は皆子どもだ。おそらくレッドを飲まされ毒殺されたのだろう死体が転がっている。


「酷いな」


「イカれてるよ」


 1人の陸兵の前で膝をつきしゃがんでいた嶺依は、立ち上がりながら感情の読めない顔でそう呟く。

 陸軍は追加の兵士を派遣し、施設内を隅々まで調べ上げ、逃げた研究員たちの捜索を開始した。


 俺はジジイにこの件を伝えるため島に帰っている途中で桜の笛がなり、大慌てで帰島したのだった。

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