第28話 フェネックのキューさん

 仔空が島に来てから2ヶ月ほどが経った。

 仔空は予想通りアドルフォに毎日のように振り回されているが、最近はあしらい方を覚えたのかそれなりにうまくやっている。

 桜と仔空が眠った夜中、俺はジジイに呼び出された。


「人攫い?」


「火の大陸で子どもを攫う事件が頻発しておる」


 火の大陸での異人教の一件が片付いたと思えば、今度は人攫い。


「火の国観光先延ばしにしてんのはそれが理由か?」


「あぁ」


 牡丹国から帰った後、観光らしい観光もできずにとっとと帰ることになったこともあり、桜がもう一度火の国に行ってみたいといっているのだが、そのお願いはジジイにより却下されている。

 ジジイにしては珍しくまた今度と断っていた理由は、人攫いの横行だったらしい。


「陸軍は動いてんのかよ」


「動いておるが、何も掴めておらん」


 陸軍が情報を掴んでいると言うのを聞いたことがないが、あいつらは仕事をしているんだろうか。


「ジジイは何か分かってんのか」


 そう聞けば、何やら難しい顔をするジジイ。


「陸軍は、白とは限らん」


「は?」


「子どもを攫っておるのは、陸軍の可能性がある」


 ジジイがそういった直後、囲炉裏の火が消え、部屋を灯す光が月明かりに変わった。



 秋も過ぎ、雪が降り積もる季節となった桃花島。本格的に寒くなってきたこともあり、今は炬燵が大活躍している。

 ハクは最近頻繁にピアサ狩りに飛ばされていて、毎日忙しそうだ。

 帰ってきては疲れているのか「俺に癒しをくれ……!!」と抱きついてくる。なんだかよくわからないが、されるがままになっていれば、いつも小狼に尻尾でビンタされている。地味に痛いらしい。

 手紙を書いているハルトネッヒさんの隣で、こたつに入りながらみかんを食べる。


「食べる?」


 隣に伏せていた小狼にそういえば尻尾を振ってお座りをしたので、お手とおかわりをしてみかんをあげる。

 尻尾がパタパタ揺れているのを見ると美味しかったようだ。


「犬じゃな」


「グルゥ」


 それを見ていたハルトネッヒさんがそういえば、威嚇する小狼。犬じゃなく狼だと怒っているように見える。


「仔空もいる?」


「飴食べてるからいいよ」


「あぁ」


 仔空は寒がりなのか首まですっぽりこたつに潜り、棒付きの飴を食べていた。

 特にすることがないので暇だなと思っていれば、獅子丸が玄関から入ってきた。


「獅子丸?」


 最近は寒いからか炬燵の中にいることが多いが、今日は外に出ていたらしい。頭に小さく雪が積もっている。

 こちらにやってきたので、その雪を払ってあげながら、獅子丸にもみかんを差し出すが、みかんじゃなく私の服の袖を噛み引っ張った。

 そのあとまた玄関の方に向かい、こちらを振り返る。

 まるでこっちに来いとでもいうような仕草に頭にはてなが浮かぶ。外に何かあるのだろうか。


「ハルトネッヒさん、ちょっと外行ってきます」


「あぁ」


「仔空も行く?」


「…………寒いからやめとく」


 気になったので、ハルトネッヒさんにいい炬燵から出る。

 仔空も獅子丸の行動を見ていたので、来るかと思ったが、好奇心より寒さが勝ったようだ。

 小狼は付いてきてくれるようで、コートを着て小狼と獅子丸の後を追う。


 獅子丸が雪山を降っていくのを、私と小狼もついて行く。

 雪を踏む音が心地いい。ふと立ち止まって後ろを見れば、獅子丸と小狼の足跡と自分の足跡しかない。 二匹の足跡が可愛く思わず笑みが浮かぶ。


「みゃー」


 獅子丸は早くしろとでもいうように私を呼んだ。


「何があるん?」


 目的地は決まっているようで迷いなく進んでいく獅子丸。何か見つけたのだろうか。


「みゃー」


 少し行った先で獅子丸が立ち止まり、私を呼んだ。


「……何があった」


 そこには、何かに挟まっている動物の真っ白なお尻が。そこから伸びる尻尾は項垂れている。尻尾の先と足の先が青いが、尻尾からして、狼かキツネだろうか。

 どうやら木の小さな穴に挟まって抜けなくなっているらしい。

 絵本で、蜂蜜が好きな黄色い熊がこうなっているのは見たことがあるが、何がどうなればこうなるのだろうか。


「……届かん……!」


 とにかく出してあげようと思うも、絶妙に届かない。背伸びしても足が少し触れるくらいだ。

 私じゃ助けてあげられそうもないので、ハルトネッヒさんを呼ぼうと笛を吹いた。

 ピーと音が鳴る。数秒も経たずに、ハルトネッヒさんが飛んできた。


「何事じゃ」


「挟まってるみたいで」


「……お主は何をしとるんじゃ」


 ハルトネッヒさんの声を聞いてゆらゆら揺れ出した尻尾を指差しながら言えば、呆れた顔をしながらため息を吐くハルトネッヒさん。


「"出てこい"」


 ハルトネッヒさんがそう言い、スポンっと穴から出てきたのは、真っ白な……フェネック??

 この森にはフェネックもいたのか。知らなかった。

 尻尾と後ろ足同様、耳の先と前足の先も青くなっている。


「大丈夫?」


「キュウ」


 そう声をかければ、こちらを向き尻尾をゆらりと揺らしながら鳴くフェネック。

 フェネックってキュウって鳴くんだ……。

 冬毛なのかもふもふしている。撫でると大人しく撫でられてくれるフェネックさん。   

 随分人に慣れているようだ。

 さっき挟まっていたところを見ると、少し間抜けなフェネックさんなのかもしれないが、とても可愛い。


「ワン」


「ん?」


 こっちを撫でろとでも言うように頭を突っ込んでくる小狼。最近思うが、小狼は少しヤキモチ焼きなのかもしれない。


「桜、日が沈み始めとる。帰るぞ」


「はい。またね」


 私はフェネックさんをもう一度撫でて、立ち上がる。

 ハルトネッヒさんの言霊で帰宅し、寒い寒いとまた炬燵に入れば、獅子丸も炬燵の中で丸まった。

 突然入ってきた獅子丸に驚いたのか、中を覗く仔空。


「シャー!」


「……ごめん」


 獅子丸にさっさと閉めろと怒られた仔空は、そっと炬燵布団を戻した。


「何かあったの?」


「フェネックが木に挟まっとって、獅子丸が助けてあげてって」


「フェネック??」


「キツネみたいな……耳と尻尾と足の先が青くて、キツネよりは耳が大きくて」


「あぁ!見たことあるよ。この間川で溺れそうになってて助けたんだ」


 どうやら間抜けなフェネックらしい。私は初めて見たが、ハルトネッヒさんや獅子丸も知っていた様子からしても、昔から山にいるのかもしれない。


「今日は鍋にでもするか」


 炬燵で丸まっている私たちを見てハルトネッヒさんがそういった。

 私と仔空は賛成し、その日の夜はハルトネッヒさん特製の猪鍋を食べてあったまった。



「桜!!」


「どぅわっ」


 次の日、ハクが急いで家に入ってきた。

 何かあったのかと思えば、私をかなりの勢いで抱きしめる。

 小狼はハクに頭突きしているが、あまり意味はなさそうだ。

 何事。


「ハク?」


「あぁ、よかった……ジジイがいるから大丈夫だろうとは思ったけど、何があったんだ?」


 どうやらハクは私を心配して慌てて帰ってきたようだ。しかし、心当たりがない。

 心配かけるようなことあったか?


「何がって?」


「初めて笛吹いただろ」


 そういえばと思い出す。笛の音は、ハクにも聞こえる上に、確かに初めて吹いた。

 そうか……普通に呼びに行ったほうがよかったのかもしれない。


「キュウちゃんが、木に挟まってて」


「キュウちゃん?」


「あの子」


「キュウ」


 そう言い、昨日別れたあと家にやってきて、そのまま居座っている真っ白なフェネックを指指す。

 キュウキュウ鳴くので、そのままキュウちゃんと名付けた。


「……お前本当間抜けだよな」


「キュウ!」


 呆れたようにそう言うハク。

 仔空に撫でられているキュウちゃんは、ハクも知っているようだった。ハクに怒っている様子だが、可愛いだけである。


「こいつか、何かあったわけじゃないならよかった。うんうん」


「手ぐらい洗わんか」


「いてぇ!」


 よかったと言いながらそのまま私を抱えて炬燵に入ろうとするハクの頭を、竹刀で叩くハルトネッヒさん。ハクはぶつぶつ言いながら手を洗いに行った。

 余程急いで帰ってきたのか、ハクの冷たかった手を思い出しながら、ハクが島にいない時は、余程のことじゃない限り吹くのは遠慮しようと静かに決めた。

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