第27話 賑やか
島に着き、俺たちを出迎えたのは小狼だった。山から全速力でこちらに向かってきている。
「小狼!」
「ワン!」
桜も駆け寄り抱き締める。
感動の再会のように見えるが、離れていたのは2日程度だ。
「俺たちが来たの分かったのか」
「犬?」
「小狼、オオカミ」
小狼を撫でながら仔空に紹介する桜。
桜に会えてよほど嬉しいのか尻尾が取れるんじゃないかと思うほど振っている。
「初めまして、明仔空です」
丁寧にお辞儀をしながら挨拶をする仔空に、ふーん、と言った様子の小狼。
仔空が恐る恐る頭を撫でれば、大人しく撫でられている。ここの相性は大丈夫そうだ。
「山に咲いてるお花摘んでから帰る」
「おぉ」
桜は牡丹国の花屋で、ジジイにとコスモスを買った。
その花に合う花が山に咲いているらしく、小狼と摘んでから帰るようだ。
「仔空はどうする」
「……桜と一緒に行きます」
「んじゃ、俺は先帰ってジジイに言っとくぞ」
「うん」
「はい」
2人と一匹と山の途中で別れ、俺は先に家に着いた。
「ハクさん!」
「おぉ、タイガ」
「桜は⁈」
「山にいる。用があるから、あとでーー」
「先生!俺山行ってきます!」
「あぁ」
「ハク!!」
「アドルフォ」
「桜どこだ!」
「山に……俺におかえりぐらい言えよ!!」
タイガもアドルフォも俺のことより桜らしい。
山にいると知れば走って山を降りて行く。
ジジイに至っては、家の中に入ろうと、新聞を読みながら俺の方に視線を寄越すだけで無視である。
「おかえり」
「慰めはいらねぇ」
「おっさんのおかえりじゃ気にくわねぇってか?」
「……」
エラルドはただ俺が帰ってきたから言ってくれただけだった。
エラルドの大人な笑みのおかげで、俺のガキくささがより際立っている。
恥ずかしいんだけど。何この空気。
「うわぁぁぁぁ!!!!」
「あ?」
そんな微妙な空気を切り裂くように、さっき別れた仔空の叫び声が山に響いた。
「なんだ?」
「追えーー!!」
次に響いたのはアドルフォの声。
どうやらアドルフォ率いる狼たちに、追いかけ回されているらしい。
「なんで⁈ぎぃやぁぁぁぁ!!」
タイガの叫び声が。
なんでタイガも追いかけられてんだよ。
足音は段々とこちらに近づいている。
「なんでタイガまで追いかけられてんだ。最初の坊主の声は、知り合いか?」
「おう。あぁ、そうだ。ジジイ、明仔空って知ってるか」
「知らん」
「ちょっとは考えろよ。明曹の息子だ。仔空の母ちゃんがジジイの命の恩人らしいぜ?」
エラルドに聞かれ、仔空のことをジジイに伝えるのを思い出し話せば、こちらを見ることもなく即答された。
仔空の両親のことを伝えると、ジジイは少し考えたあと俺に顔を向けた。
「なぜ連れてきた」
「仔空がいた村がピアサに襲われて、一緒に住んでた爺さんと妹が死んじまったんだよ。随分古臭い村で、そこにおいておくわけにもいかねぇから連れて帰ってきた。仔空も何かありゃジジイを頼れって爺ちゃんに言われてたらしいからな」
「捨ててこい」
「悪魔か!」
ことのあらましを大まかに説明すれば、また顔を新聞に戻しそう言うジジイ。
人の心というものが、あのジジイにはないのだろうか。
「明曹に息子がいたのか」
「あ?おぉ。あったことあんのか?あのおっさんに」
「あぁ」
少し驚くようにそう口にするエラルド。エラルドも明曹と面識があるらしい。
「仔空はほとんど父親のこと覚えてないらしいけどな。母親と爺さんに、風の大陸には帰るなって口酸っぱく言われてたらしい」
「当然じゃ」
「なんでだよ」
「わざわざ逃げた相手の下に返す母親がいると思うか」
「逃げた?」
俺の言葉に新聞を読みながら返すジジイ。
何か訳ありなんだろうとは思っていたが、ジジイは、どうやらその経緯も全て知っているようだ。
「ハクさん助けて……!!変なやつと狼が……!!」
「ジジイ!!不審者だ!!2人いた!!」
「なんで俺も不審者にするんだよ!!俺のこと忘れたのか⁈」
転がるように入ってきた仔空とタイガ。
それを指差しアドルフォがジジイに報告しているが、なぜかタイガまで不審者扱いされている。
というより桜と小狼どこ行った。
「仔空、あのジジイがハルトネッヒだ」
「!初めまして、明仔空です」
そういえば、立ち上がり、小狼の時と同様に丁寧に挨拶をする仔空。
ジジイは新聞から顔を上げ、仔空に質問する。
「何歳じゃ」
「じゅ、10歳です」
「……そうか」
そう言いジジイは、どこか懐かしむように仔空を見つめたあと、また新聞に視線を戻した。
「ハクからあらましは聞いた。ここに住むのなら、ちゃんと働け。怠惰なやつはいらん」
「よく生き残った。歓迎する、だそうだ」
「貴様の耳は腐っておるのか、エラルド」
「ありがとうございます!」
無愛想で素直じゃないジジイの言葉をわかりやすく伝えるエラルド。
仔空は勢いよく頭を下げ、礼を言った。
「お前、10歳なのか」
「だったら、なんだよ」
「俺も10歳だ!」
追いかけ回されたことで少し警戒しているのか、文句でもあるのかとアドルフォに聞く仔空。しかし、胸を張って自信満々に言われ、目が点になっている。
「それよりお前ら、桜どうした」
「そうだ!俺は桜迎えに行ったんだ!」
俺がそう聞けば、アドルフォに追いかけ回されて帰ってきてしまったタイガが本来の目的を思い出し、立ち上がった。
また外に駆け出そうすれば、桜が家に帰ってきた。
「桜!おかえり!」
「ただいま」
「桜が帰ってきた!!食いもんか⁈」
「違うよ」
タイガに飛びつかれ、よろめきながらも、受け止める桜。
桜が持っている花を食おうとするアドルフォの足に、小狼が頭突きをした。そこから小狼とアドルフォで額を突き合わせて睨み合いが始まった。
「おかえり」
「ただいまです。ハルトネッヒさん」
桜は、背中に張り付くタイガを引きずりながら、ジジイの方に近づき、エラルドに挨拶したあと、ジジイを呼んだ。
「帰ったか」
「コスモスがあったので買ってきたんです。山の金木犀も、今日は綺麗に咲いてました」
「いい匂いするな!」
「そうか、また飾ろう」
新聞から顔を上げ、優しい目をしながら出迎えるジジイ。
桜から花をもらい桜の頭を撫でる。桜はとても嬉しそうだ。
未だ背中に張り付いているタイガもニコニコしている。
「俺の時と随分反応が違うようで……!!」
「快く出迎えて欲しければ桜を見習え」
先ほどまでの柔和な表情は消え去り、いつもの仏頂面に戻るジジイ。
「ジジイは二重人格なのか?」
「日頃の行いの差じゃないのか」
エラルドに問えばそう返された。日頃の行い?俺にはわからない。俺の何が悪いというのだ。
桜は仔空に大丈夫だったか聞き、びっくりしたと答える仔空。
そこからちびっ子たちは畳の部屋に移動し、自己紹介が始まった。
俺はピアサとの戦闘でジジイに聞こうと思っていたことを思い出したので、大人組の方に向かう。
「おいクソジジイ」
「なんじゃクソガキ」
「Xって知ってるか」
「X?」
「会ったのか」
「いや、会ってはねぇけど、エラルドは知ってんのか?」
「Xは、レッドをこの世に生み出した人間じゃ」
Xの名を出せば、2人一緒に俺の顔を見た。エラルドは少し食い気味に俺に聞いてくる。
俺からエラルドへの質問に答えたのは、ジジイだった。
レッドを生み出した人間?
「は⁈ジジイ誰が作ってんのか知らねぇって言ってたよな⁈」
「貴様にレッドの製造者について聞かれたことがないわ」
「…………確かに聞いてねぇな」
よくよく考えて思い至った。
俺が聞いたのは父ちゃんだ。
「でも知ってんなら教えろよ!」
「知ってどうする」
「そいつを倒せばレッドはもう作られねぇってことだろ?元凶ぶっ潰すのが一番早いだろうが」
俺をピアサ狩りに飛ばすぐらいなら、Xのもとに飛ばせばいい。
レッドの製造が止まれば、あとはピアサを狩るだけだ。
「Xは、普通のピアサとはわけが違う。貴様のような小童が倒せるような相手じゃないわい」
「ならジジイが倒せばいいんじゃねぇのかよ」
「時がくれば、あやつは必ずワシの前に現れる」
ジジイの言葉にイラつきながら言えば、確信を持った言い方をするジジイ。
「いつくんだよ」
「…………桜、昼飯は食べてきたのか」
「話逸らすの下手くそか!」
「お昼は食べました。あ、エラルドさん」
「どうした」
とても下手くそな誤魔化し方をされた。どうやら時期はわからないらしい。
話を振られた桜はジジイに答えたあと、エラルドをみて何かを思い出したのか、こっちにやってきた。タイガと小狼もついてくる。
アヒルの子か、お前らは。
「火の国で、占い師みたいな格好した老婆で、声がすごい若くて突然消える人にあったんですけど」
「そりゃ幽霊じゃねぇか」
「私がティラミスってこと知ってたんです」
「いつからケーキになったんだ」
「会ったことありますか?」
エラルドのツッコミを気にせず話し続ける桜。
「そんなやつにあったか?」
「ハクがうちを捨ててどっか行った時」
「最低!!」
「語弊がありまくるだろその言い方は!」
俺の記憶にはないので聞けば、悪意ある言い方をする桜。
ジジイとエラルドに冷めた目で見られ、タイガには全力で非難されているが、迷子になったのは桜の方だ。
「ピアサでも、異人でもないけど、わかる人もいるんですか?ピラティスって」
「惜しいな。カプリスだ。俺も一度だけ、そういう人間に会ったことがある。俺の場合は爺さんだったが」
「お爺さん?」
「カプリスの日記にも、その謎の人間にあったやつの話が書いてある。ただ、あってない奴もいる」
「会った人と会ってない人の違いって」
「わからん。ただ全員、一度しか会っていない。容姿もバラバラだ」
「幽霊なんじゃねぇのか」
「「いや、違う」」
もうそれはカプリスの亡霊か何かじゃないのかと思い、そう言えば、はっきりと2人に否定された。
桜は、エラルドの真似なのか渋い顔をしている。
「ハク!!」
「あ?」
「同い年は親友なんだろ!」
「おぉ」
「親友だ!」
「そういうことじゃないだろ」
「親友だ!!!!」
「わ、わかったよ……」
アドルフォに呼ばれ、適当に返事しながら、そちらを見れば、ハクもそう言っていると自信満々に仔空に告げるアドルフォ。
戸惑いを隠せない仔空だが、アドルフォに眼前に迫られながら言い切られ、渋々承諾している。
育ちの良さそうな仔空と、野生児のアドルフォじゃソリが合わないか?とも思ったが、どうやらアドルフォの同い年センサーに仔空はひっかかったらしい。
これから先、仔空がアドルフォに振り回されるのが容易に想像できる。
「仔空!俺がお前にこの島のことを教えてやる!」
「いちいちそんな近づくなよ」
「桜、俺さっきキノコ見つけたんだ!美味そうだろ?」
「……とても不味そうだよ。脳みそみたい」
「先生!これ食べていいですか?」
「猛毒だアホ」
「えぇ⁈」
思い返してみれば、ここ数ヶ月で随分と賑やかになったもんだ。
静かな方がいいだのなんだの言ってるが、ジジイも賑やかなこの暮らしを悪くないと思ってることは気づいている。
今日の夕飯も結局は、仔空がきた祝いにいつもより豪華な夕飯になるんだろう。
「なんじゃクソガキ」
「なんでもねぇよクソジジイ。狩り行ってくる。桜、狩り行ってくる」
「うん」
「ハクさん!俺鯛食べたい!です!」
「鯛?気が向いたらな」
そのためのデカイ猪でも狩ってくるか、と俺はジジイの不器用さに苦笑しながら狩りへと向かった。
この時の俺はまだ、この島での生活が何十年先も当たり前のように続くとは限らないということなど、知る由もない。
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