第26話 約束
夕飯は居酒屋で食べることになり、各々が好きなものを注文して食べる。
ちびっこは
物心ついた頃から父親はおらず、母親は病気で早くに亡くなったため、妹と2人、祖父に育てられたそうだ。
「これからどうする。俺たちはウィスタリア、風の大陸の人間だから、そこに帰るんだが」
「風の大陸?」
「あぁ」
紫苑がそう話すと、
「お祖父様が、風の大陸には、行くなって」
「あ?何でだ?」
「父上がいるから」
「父上?」
父ちゃんがいるなら、尚更風の大陸に帰るのが一番なんじゃねぇのか?
「
禅にそう聞かれ、仔空は頷いた。
「誰だ?明曹ってのは」
「ブーゲンビリアのボスだ」
「あー、あぁ」
「絶対わかってねぇだろその顔」
「あのー、あれだろ?あれだあれ。なぁ桜」
「あれって?」
「あれは、あれだ」
禅に言われるも、ブーゲンビリア……聞いたことはあるが、何だったかは忘れた。
ドジュンのいう通りわかっていない。
「風の大陸はいろんな民族が集まってる大陸なのは知ってんだろ?それを取りまとめてんのが、今はトップのウィスタリアだが、うちの次がそのブーゲンビリアなんだよ」
「子どもの前で言うもんじゃねぇと思うが、そこのトップはちいとイカれてる」
ドジュンとドンハンに言われて思い出した。風の大陸には何回か行ったことがあるが、あのおっさんか。
嫌いだ。
「あの力が全てっておっさんだろ。異人嫌いの」
「おぉそいつだ」
紫苑も好きではないのか、嫌そうな顔をして頷いた。
「父ちゃんにあったことあるのか?」
「2、3歳ぐらいの時なのであまり覚えてないです。でも母上とお祖父様が、風の大陸には行ったらいけないって。もしも困ったら、ハルトネッヒさんと言う人のところに行きなさいって」
「あ?ジジイ?」
「ハルトネッヒさん?」
「母上の命の恩人なんです」
「ジジイの人脈はどうなってんだ」
仔空に質問すれば、予想外の名前が飛び出てきた。
ジジイが命の恩人……。
言霊で逃したとかか?
「なら、決まりだな。俺たちと来るより、ハクとハルトネッヒの爺さんのところに行ったほうがいい」
「俺と桜は、そのジジイと住んでんだ」
「!そうなの?」
「うん」
紫苑のいう通り、仔空はジジイのところに連れ帰った方が良さそうだ。
ジジイと住んでることを言えば、桜に確認する仔空。
心なしか安心した顔をしている。
またちびっ子が増えるのか。タイガとは平気だと思うが、問題は、アドルフォとの相性だな。
今日中に、島まで帰ろうと思っていたが、仔空の希望により、俺と桜と仔空の3人は、火の国の宿で一泊してから、また牡丹国へと向かうことになった。
ウィスタリアも明日の昼間に船で風の大陸に帰るようで、今日は、夜が更けるまで飲み騒いだ。
◇
翌日、紫苑たちの見送りのもと、駅で別れの挨拶をしていた。
「自分の血筋のことが気になるなら、強くなってから風の大陸に来たらいい。その時は俺たちを訪ねてくれりゃ歓迎する」
そう紫苑に言われ、頷く仔空。
ウィスタリアの面々もいつでも来いと、笑顔で頷いている。
「助けてくれてありがとうございました」
「おう」
そう言い頭を下げる仔空の頭を、わしゃわしゃ撫でながら、少し後悔が垣間見えた表情をする紫苑。
もう少し早くつけていたら、とでも思ったんだろう。
「これ」
仔空が差し出したのは、頭領が昔つけていた真珠が埋め込まれた腕輪。
頭領から譲り受けたのか、気づいたら紫苑が肌身離さず付けていた。
「あぁ、そういや、忘れてた」
「珍しいな、お頭が外すなんて」
禅のいう通り確かに珍しい。
珍しいというより、俺は初めて見た。
「ピアサがうろついてたから坊主につけといたんだ」
紫苑は仔空からその腕輪を受け取り、手首に付けた。
「これは、強さの証なんだ。仔空、俺はまたお前に会いたい。俺がこれを渡したいと思うくらい強い男になったら、風の大陸にこい」
仔空と視線を合わせてそういう紫苑に、仔空は力強く頷いた。
「んじゃ、俺たちはもう行くぞ」
「おぉ、またな。……桜」
「?」
「ハクのことが嫌いになったらいつでも俺のところに来い。俺は大歓迎だ」
「勧誘すんな!」
「うん」
桜を呼び止めそういう紫苑に、なんでこいつは勧誘すんだよと思っていれば、桜はそれに了承した。
「うん?」
「今一緒に帰ってもいいんだぞ?」
「うわっ」
「いてぇ!おいハク!」
紫苑はそれに嬉しそうな顔で桜の前にしゃがみ、抱きしめる。
桜が少し離れてくれと、ぐいぐい押しているのも気にせず頬擦りをしようとしたところで、紫苑に蹴りをいれた。
うん?どういうことだ?
俺は理解したくない。嫌いになるのか?俺のこと
「また会いましょうね」
桜は珠蘭とハグを交わす。
隣に立つノアとも、流れでハグをするものだと思ったのか手を広げる桜に、固まるノア。
違ったのか…?とつられて固まる桜。
手を広げたままの桜と、棒立ちのノアが見つめ合うこと1秒、ノアがしゃがみ、とてもぎこちないハグを交わす。
ノアのやつハグに慣れてなさすぎだろ。
仔空は、ドジュンとドンハンに首が揺れるくらい頭を撫でられて、髪の毛はぐしゃぐしゃになっていた。
そうこうしているうちに、出発時刻になり、俺たちは列車に乗り込んだ。
「達者でな!」
そういい大きく手を振る紫苑たちに、俺たちも列車から手を振った。
涙を拭いなぐいながら手を振る仔空の頭をぐりぐりと撫でる。
俺たちはそのまま牡丹国へと向かった。
◇
牡丹国につき、仔空の村へと向かう。
村人達は、移り住むことなくそのまま住んでいるようだった。
「
仔空は、墓の前に行きそう声をかけた。
仔空が墓石の前に座り、見つめているのを、俺と桜は黙って見守る。
泣かないよう我慢していたようだったが、次第に声を上げて泣く仔空。
桜は仔空の隣に座って寄り添い、俺は仔空の頭を撫でた。
「なんで、僕だけ生き残ったのかな」
仔空が泣き止み落ち着いた頃、蚊の鳴くような声で呟いた。
「何か理由があるんだよ」
「理由?……どんな?」
「それは、わからんけど……そう思わんと、やってられん」
「そうだな」
仔空の隣で墓を見ながら呟く桜。
俺が10年前に失った理由も、桜がここに飛ばされた理由もわからない。
だが、桜のいう通り、何か理由があるんだろう。
起きたことはもうどうにもならない。
それなら、そう考えて割り切らなきゃ、確かにやってられない。
「後悔してることがあんなら、仔空は、妹と爺さんの分まで生きねぇとだな」
「うん。……生きるよ。明とお祖父様の分も、ちゃんと生きる」
俺が、仔空の隣にしゃがんでそう言えば、仔空は、力強い目をして、妹と爺さんに決意を示すように口にした。
そんな仔空を横目に、流石に気配がうっとおしくなってきたので振り返る。
俺たちが来たことに気づいた村人が、警戒するように、ちらほら外に出てきていたのだが、今は俺達から数十メートルほど距離を取り、囲うようにやたら集まっている。
何やら仔空を奇妙なものを見る目で見る村人。
一緒に住んでいた村人のちびっこを見る目じゃない。
こちらからなにかようでもあるのかと話しかけようとすれば、男の村人が、石を投げてきた。
「なんなんだお前ら」
それを難なく掴み、投げたやつを含めて周りにそう問う。
俺の圧に怯んだのか、黙る村人。
「そ、そいつがなんだか知ってんのか!」
「あ?」
「異能力者だ!」
「……だからなんだよ」
本当にだからなんなんだ。
まさか、異能力者だからそんな化け物を見るような目で見てんのか?
俺がそう言えば、俺の発言に驚いたのか、黙る男。
「なんのお菓子が好きかな」
「……え?」
村人達が作り出す重苦しい空気を壊すように、桜が、ポケットからいろいろお菓子を出しながら仔空に聞いた。
自分が異能力者であることを聞いてもなんとも思わない桜に驚いている仔空だが、桜も異能力者だ。
あぁ、そうだったんだ、ぐらいにしかおそらく思ってない。
「この子」
「……明は、ブドウの飴が好き」
「ブドウ……あった!」
仔空の妹を指差し何が好きなのか聞く桜。
仔空からブドウの飴が好きと聞き、ポケットの飴を自分の手と仔空の手に乗せながらブドウ味を探す。
見つけたのか、嬉しそうに仔空に見せ、墓の前に置いた。
「おじいちゃんは?」
「お祖父様……チョコが好き」
「チョコ!どうぞ」
爺さんの墓の前にもチョコを置く桜。
「で、お前らなんなんだよ。異能力者なんざ今どきどこにでも居んだろ」
「いねぇよ!」
俺たちを見ている村人に、耳をほじりながらそういえば否定する男。
「俺が住んでるところは、俺以外全員異能力者だ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃねぇよ。もしかして、お前ら仔空しか見たことねぇのか?狭い世界で生きてんな」
「掃除しよう」
「手から水でた……⁈」
俺が村人と話している間、サラッと異能力を使い墓の掃除を始める桜。
仔空は、自分も異能力を持っているのに目が飛び出るほど驚いている。
桜の異能力を何人かも見えたのか、化け物を見るような目で怯え出した。
古臭い村だな。
仔空がなんの異能力かは知らないが、こいつらの反応で、ここの村での扱いはなんとなく理解できた。
「仔空は何の異能力?」
「……風」
「風?おぉ」
「おぉ、すげぇな」
桜に聞かれ、少し悩んだあと異能力を見せる仔空。
どうやら風の異能力らしい。
手のひらに小さな竜巻を起こしている。
何を思ったのか、仔空の手のひらの上で起きている竜巻に、自分の水をかける桜。
「ハク見て!回る!」
「楽しそうだな」
「明!すごいよ!」
水は、仔空の風に乗ってぐるぐる回っている。
俺にそれを指差し伝えながら、きゃっきゃしている桜。
村人達の視線に気づいているんだろうが、気にするだけ無駄だと思っているのか完全に無視している。
仔空も水が回るとは思わなかったのか、目を輝かせて妹に見せている。
「化け物が……!」
「あのな」
ゴミでも見るような目で吐き捨てるように言う男。
俺が呆れて物を言おうとすれば、桜が立ち上がって、男を振り返った。
「化け物は、化け物だろうが……!」
桜に見据えられ、狼狽えた男は叫ぶ。
「ここで生きてるのに、変なの」
そんな男に怯むこともなく、桜は、男を見ながら、無表情でそう言った。
「あぁ?」
「水鉄砲」
「!おい!!」
男の顔目掛けて、桜は銃を撃つように水を飛ばした。
男は激昂して、桜に石を投げようとする。
「大変!それ毒だよ!顔溶けちゃうかもしれん!」
「!」
焦ったようにいう桜。
石を投げる手が止まり、青ざめた顔をする男。
「周りの人もうつっちゃうよ!」
桜がそう言ったのを皮切りに、村人達は男を避け、蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「早く洗い流さないと!」
「クソガキが……!」
男はそう捨て台詞を吐きながら、どこかへ走って逃げて行く。
それを見送ったあと、桜はこちらに振り返り、悪戯が成功したかのような顔で笑った。
俺と仔空も思わず声を出して笑う。
「やるな!桜!」
「ひひ」
「明、お祖父様見た?あいつら怯えて逃げてった!」
嬉しそうに報告する仔空。
一度くらい、あいつらにギャフンと言わせてやりたかったのかもしれない。
邪魔な村人もいなくなったことで、墓の掃除やらを済ませる。
「……明、お祖父様、僕生きるよ」
再度、妹と爺さんにそう言い、仔空は立ち上がった。
「家に行ってもいいですか?」
「おう」
俺たちは仔空の家に向かい、必要なものを鞄に詰め、そのまま3人で島へと帰還した。
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