第52話…「何かしらの職人は、個性的…てのはお約束じゃ」


――――「トラシーユ領都(昼間・曇り)」――――


『エレメンタルボアの牙がこんなにッ!?

 状態も良ければ、戦闘による破損もほぼ無い。

 牙なんて戦闘で真っ先に駄目にしちまうもんだが、こりゃあ…』


 ランクが上がった事で色々と出来る事が増えた。

 まず先にやるのは、もちろん素材の換金だ。

 そして今、アレッドが取り出した素材を見に来た小人種の歳の行った男性が鋭い眼光で素材を吟味していた。


 男性は、口元、ソレに顎、びっしりと長い髭を携え、成人しても人間の子供並みに背の低い小人種という事、それでいて老齢の姿、さながらファンタジーのドワーフを彷彿とさせた。

 横幅もあって筋肉隆々な体が、その印象をさらに強いモノへと変える。


『牙だけじゃねぇな。

 毛皮も、綺麗に剥がされてやがる。

 牙を見た時から思ってたが、大きさもなかなか、まさに最高級品て奴だな。

 良い値が付くぜ、こりゃッ!

 こんなイイもんを持ってきてくれたんなら、受付所でこんな素材をばらまいた事もゆるせらぁ』


 素材売却用のカウンターの後ろでは、てんやわんやに職員がアレッドの取り出した素材を、せっせと奥の方へと運んでいっている。


『アレッド殿』


 ギルドへの報告が終わったのかナインザが駆け寄ってくる。


「そっちは終わったみたいだな」

「ああ。

 長くなりそうな所は、全部インカロに投げておいたよ。

 報告をきっちりできるかどうかも、ランクを上げるポイントになるから、彼に功績を譲った」


 面倒だから押し付けたのでは?…と邪推してしまうのを、アレッドは払い除ける。


「こっちは見ての通り、なかなか終わらないみたいで」

「あ~…そのようだな。

 すまない。

 まさかこれだけの量を、しかも中級クラスの魔物の素材を、山のように出すとは思っていなかったから、説明をする事を失念していた。

 基本、ギルドカウンターで売却するのは、クエストで入手した素材のみだ。

 クエスト外で、大量に素材を入手した場合は、ギルドの建物の裏にある解体所に直接持って行く事になっている」

「・・・なるほど」


 先ほどから、職員の驚きと共に、必死な顔で作業をしているのは、許容オーバーの量が来たからなようだ。


「それならそうと言ってくれれば、裏に持って行ったのに」

「そこは、解体屋の親方が居合わせたのが問題だな。

 ヤツは、素材を見ると他が目に入らなくなる。

 それが高級素材ともなれば、周りがどうあろうと、そこに根を張っちまうのさ」

「とりあえず、職員の人に悪い事をしたって事はよく分かったよ」


 エレメンタルボアはこの世界に来た直後に、初陣で倒した魔物だ。

 まだまだ加減も分らなかったために、相手がどれだけ強かったのかもわからない。

 それ程に騒ぐモノなのか…と、職員達の様子を見ながら困惑する。


『エレメンタルボアは、魔法こそ使えませんが、その魔力結晶と化した牙は、魔力が通る事で、強度が増し、その巨体と突進力で、街の城壁にすら穴を空けるので、倒すのは容易ではないのです』


 そこへ、アパタが戻ってくると、エレメンタルボアの説明をしてくれる。


 エレメンタルボアは、大きさにもよるが、ハンターのランクで言えば、星5相当に匹敵する力があるそうだ。

 基本群れる事はないが、問題は繁殖期で、その時期は単体の目撃報告よりも、複数体の目撃報告が急増、それでいて元々気性が荒いのに加えて凶暴性も増し、体力も上がる事もあり、一度刺激して戦闘態勢に入れば、持ち前の突進力とその牙で、目に付くモノを破壊し尽くすのだそうだ。

 1体1体が城壁を破壊する力を持つのに、複数体が暴れ始めたら、戦力の整っていない町は滅ぶだろう。


 アレッドとしては、ゾッとする話だった。

 何せ、この世界に来た直後に、その突進で叩き飛ばされているから。

 能力さのおかげで、怪我こそしなかったものの、その威力を想像するだけで、背中を冷たいモノが流れ落ちる。


 今はハティと新しい仲間の世話で、ギルドの外にいるヘレズだが、自身の横にいたら、真っ先に頭を引っぱたいていただろう…と、アレッドは思うのだった。


『お前さんか?

 場所を考えずに素材をぶちまけた譲ちゃんてのは?」


 ビクッと自身にかけられた声に、アレッドは体を震わせる。

 声のした方を見ると、さっきまで素材を査定していた小人種の男性がいた。

 ナインザが言う所の親方だ。

 親方は、その手に[ブロックハンドベアの毛皮]を持ちながら、鋭い目つきをアレッドに向けている。


「な…なんでしょうか?」


 この娘の体の強さを自覚した時から、並大抵の事では怖気づかなくなってきているアレッドだが、その老人の眼光と低い声には、ちょっとした恐怖を感じてしょうがない。

 アレッドは、その視線に耐え兼ねて、思わず体を縮こませてしまう。


「ちょっと親方殿、あまりそんな睨まんでやってくれ。

 こやつは、将来有望なハンターなのだ。

 悪い印象を与えて、ココに来なくなったらどうする?」


 元々、用が済んでしまえば、定期的に素材を売りに来たとしても、ギルドの依頼を熟す事はなくなるだろうアレッドとしては、自身を庇ってくれているナインザの言葉が、ちょっとだけ棘だ。

 しかし、親方が向けてくる眼光の力が弱まった事は、とりあえずありがたく思う。

 親方は、ナインザを一瞥してからため息をつくと、まるで付いて来いと言わんばかりに、クイッと首を動かして歩いて行く。

 アレッドは不安でナインザの顔を見ると、行ってやれ…とだけ告げるのだった。


 だが、ナインザは、急な依頼が入っているらしく、その準備の為に、今日はもう上がらないといけない様子、救いを求めるアレッドを見ながら、申し訳なさそうな顔をして、頑張れ…と簡潔な励ましを贈り、ギルドを後にしてしまった。


 別に悪い事をした訳ではない、常識を知らずに動いた事は認めるが、責められているようで、アレッドはどうしても気が重かった。


 親方を追って着いた場所は、ギルドの裏手、ナインザの言っていた解体所だ

 ハンターの持ってきた魔物の死骸を解体する風景を尻目に、解体所の奥へと進むと、間仕切りも無い無造作に木椅子が乱立する場所へと案内される。


「じゃあ、話を聞こうじゃねぇか」


 ドスンッと座る親方は、視線でアレッド達に座る事を促し、促されるがまま彼女達は座る。


「話と言われても、ウチらはただ素材を売りたかっただけなんだけど…?」

「ああ、わかってる。

 新人なら、ギルドのルールに疎いのもしょうがねぇ。

 だが…、どうしても許容できねぇ事があるんだ…わかるか?」


 強さだけを見れば、この老人よりもアレッドの方が強いはずなのに、その目で睨まれると、どうしても体が委縮してしまう。


「わ…わかりません」


 これ以上相手の気を逆撫でしないためにも、ここは素直に答えておく。


「譲ちゃんが持ってきたのは、魔物としては、どっちも一級品だ。

 中級なんて言われ方をしちゃいるが、人間が人間として倒せる限界が中級、大人数でレイドをして、倒せて上級の下の下だ。

 レイドなんて滅多にやるもんじゃねぇし、必然的に中級が、市場に出てくる素材の最上級モノになる」

「は、はい…つまりどういう事でしょうか?」


 アレッドの返答に、親方の眼光の鋭さが一割増しになる。

 そして、アレッド初の解体の産物、手に持っていたブロックハンドベアを見せてきた。


「エレメンタルボアの素材に比べて、こっちのは状態が天地の差で悪い…。

 同じ人間が売りに出したとは思えねぇ。

 毛皮は所々破れてやがるし、血肉片が付いてるし、毛も痛んでる…。

 素材を駄目にしたいのかってレベルだ。

 最上級の素材を、まるで素人に捌かせたみたいな出来だな。

 俺はそんな素材への冒涜がどうにも許せねぇんだよ?」

「・・・」


 素人が捌いたような…というか、まさにその通りの素人作業の産物なのだが…。


「・・・なんかすんません…」


 悪い事をしている訳ではないが、どうしても謝りたい気分になってしまう。

 それ程までに、彼の目は真剣そのものだった。

 解体という仕事に対しての自信…誇り…、そこから伝わってくる重みがヒシヒシと伝わってくる。


「中級クラスの魔物の素材は、貴族連中の嗜好品として使われる事もあるが、半分はハンターの武具の素材に使われるもんだ。

 この解体所は、そんなハンター連中の命を扱ってると言っていい。

 素人の練習に中級の魔物を使ったなんて、解体のプロとして、一言言ってやらねぇ気が済まねぇんだよ」

「あなた…いくら何でも、失礼ですよ?」


 睨みつけるような眼光を緩めない親方に、黙っていられない…とアパタが声を上げる。


「片方はよく解体できてるくせに、こんな仕事されたら、文句の1つでもいいたくならぁな。

 それに、疑ってもいんだよ?

 盗品なんじゃねぇか…てな?」

「いい加減に…」

「やめとけ、サキュバスの譲ちゃん。

 俺は、とうの昔にそっちは枯れてる…。

 あんたの力を使っても、俺の気は収まらねぇし、収める気にもならねぇよ?」


 なんかもう…ホントにすんません…、アレッドは心の中でも謝った。

 ただ素材を売りに来ただけで、まさかこんな喧嘩が起きるとは、誰が想像できるのか。

 周りの職員達も、ヒソヒソと親方を止めるべきか否かを話している。

 とりあえず、この小人種の親方が、仕事にプライドを持っていて、いい加減な事が許せない、とにかく真面目な人だという事はわかった…が、そこまで怒らなくても…とも思う。


 アパタが反論してしまい、話が自分の手元から外れ、まるで蚊帳の外に追いやられ、なおの事申し訳なくなる。

 この状態に溜め息を1つつく、一応自分が原因だという事で、2人を止めようとした矢先…。


『どおぉーーーりゃあぁーーーッ!!』


 親方の頬へ、勢いの付いたドロップキックがめり込んだ。

 小人種の体は蹴り飛ばされて、壁へと激突する。


「お客様の迷惑になるだろ~~がッ、バカ親父ッ!」

「何しやがるッ、バカ娘ッ!!」


 ドロップキックをかました人物は小人種の女性で、老人よりもはるかに若く、子供に見えるが、目元にある皴からして、それなりに歳の行っている。

 そこからは、バトンタッチするかのように、親方の喧嘩の相手が、その女性へと変わり、今度は少々ご立腹なアパタと2人で取り残されてしまう。


『すいませんお客さん、祖父がご迷惑をおかけします』


 今度は、小人種の男性が現れた。

 今度のはさらに若く、落ち着いた大人のオーラを纏っているというのに、その容姿が少年でギャップが強く、アレッドを混乱させられる。


「こっちこそ…、ウチの解体が下手だったせいで、あの人を怒らせちゃって、申し訳ない」

「ご主人様が謝る事じゃないわ…です。

 ハンターは多かれ少なかれ、荒くれモノが集まる場所、解体の粗さは付いて回るものですから、それこそいちいち怒っていたらキリがな…ありません」

「そちらのメイドさんの言う通りです。

 半ば状態の良い素材を見てからだったので、その落差に当てられてしまったのでしょう。

 祖父の事はこちらで何とかしますので、今日の所はお金を受け取ってお帰りください。

 全部の査定が終わっていないのですが、とりあえず査定が終わっている分だけ受け取ってもらい、後日改めて来てもらって、その時に残りを受け取ってもらう事となります」


 親方の方は職人気質が過ぎるきらいがあるようだが、この孫らしい男性は話がしやすそうでホッとする。


「こんな場所なので慣れているとはいえ、堂々とルールを破られると、相応に気を害されるので、同じ失敗はしないようにお願いします」


 ニコッと笑う男性、しかし目は笑っていなかった。

 その顔に、ゾクッと悪寒が走ったのだが、孫の人の理性的な所に救われる。


 今後、迷いの森で手に入れる魔物の素材を、ココへ持ってくる事が多くなるだろう。

 迷惑をかけた事に、再度謝罪を入れつつ、長く良い関係が続けば…と、お詫びの品として、いくつか魔物の素材を贈ると、横で喧嘩をしていたはずの親方が、眼光鋭いまま目の色を変えて素材へとかぶりついて行った。


 色々と怖い人ではあるが、その姿を見て、悪い人ではないのだろう…と、僅かに緊張の糸がほぐれるアレッドなのだった。


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