第49話…「魔族のあれやこれや、知ってるよねあっちゃん?」


――――「トラシーユ領・林(昼過ぎ・曇り)」――――


 青い空、碧い林、ピクニックには持って来い…のように思えて、鼻に香ってくるのは、気分を害する鉄の臭いに腐敗臭…。

 穏やかではない。

 元々、何かがある…とわかった上で進んでいるから、何が起きようとも許容範囲ではあるが、いざそんな状態と対面すれば、どう覚悟していようとも、気分は害された。


 アレッド達は、襲い掛かって来たチーフフォレストウルフの不審な行動に対し、その調査をしている最中だ。


 ナインザの先導で、その後ろをアレッドとヘレズが続く。

 アパタとインカロ、そしてハティはお留守番。

 何がいるかもわからない場所に、馬を連れて行く訳にもいかないし、人が増えれば増えるだけ身動きがとりづらくなる、2名と1頭は護衛も兼ねて置いてきた。


 そして、アレッドの機嫌を、絶賛叩き落し中なのが、彼女の周辺の惨劇が原因だ。


「こりゃあ酷い」


 ナインザは、手ぬぐいで口と鼻を押さえ、周囲に視線を向けながら顔を歪めた。


 周囲にあるモノは、亡骸の山だった。

 獣の死骸に、人…のようにも一瞬見えてしまうゴブリンの死骸、その死骸らから流れ出た血溜まり…。

 アレッドとしての体のおかげで、気分を害する程度になっているが、前世でこんな光景を目の当たりにしようものなら、一目でその血溜まりに己の嘔吐物が混ざる事だろう。


 獣の死骸は、その大半がフォレストウルフだ。

 それら以外に、ゴブリンが従えていたであろう魔物類が混ざっている。

 その魔物達は、以前ナインザ達を襲っていた連中が乗っていた魔物と同一、ベアハンドタイガーだ。

 という事は、このゴブリン達は魔族領からやって来た魔族軍の一派という事になる。


「一昨日といい…、魔族との遭遇が多いな…」


 倒れたゴブリンの死体を調べながら、ナインザは眉をひそめる。


「それにしても…、上等な装備をしているじゃないか。

 ゴブリンが持つには背伸びし過ぎだ」

「そうなのか?」

「鉄を使った装備を付けているからな。

 ゴブリンが使う装備といえば、メジャーなモノは石斧とか石系統の武器だ。

 良い物をでも青銅とかか?…、拙者は見た事ないが、そういう話を聞く。

 そして防具は基本身に着けない」


 同じゴブリンでも、住む場所によって文明レベルが違うという事だろう。

 弱肉強食の度合が、こちらよりも魔族領の方が高いとくれば、戦いに対しての装備の質も変わるはずだ。


「それにゴブリンは数が多くないから、遭遇する事は滅多にないのだが…。

 上等な装備に、上がる遭遇率…。

 うん、普通じゃないね」


 そりゃあ普通じゃないだろう。

 人間領にもゴブリンはいると聞いてはいるが、ソレは少数、ナインザの言う通り、遭遇率は極めて低く、魔物が由来とはいえ魔族が人に分類される生き物だ。

 魔物のように、魔力から生まれ出る事はない。


「ゴブリンか…。

 他に遭遇率が上がった奴とかはいないのか?」


 ゴブリンが多くなったのは、十中八九魔族軍がらみだ。

 魔族が相当数人間領に入ってきている。

 しかし、その情報は持っていても、正体を隠している身としては、下手に口に出す訳にもいかない。


 領都に行く途中で見ました…といえば、何故すぐに報告しなかったのだ…とお叱りを受けるだろう…、これはもう手遅れだ。

 対処するにしても、できる事なら、自然な形でナインザないしは、領都の人間達が、軍の存在に気付いてくれる事が望ましい。


「そうだな…。

 魔物との遭遇が最近多くなったように感じる事はあるかな。

 あくまで拙者の主観だが。

 ゴブリンとの遭遇率は上がっておる様に思うが、それ以外は…拙者はない。

 他は…、ハーピィ族が飛んでいるのを見たというハンターがいたぐらいか」


 ハーピィ族といえば、鳥の翼を持って空を飛ぶ魔族、魔族軍の中にいたように思うが…。

 人間領に魔族軍が侵入してひと月が経過しているが、その割には影響が極小…、好戦的な指揮官だというのを知っているアレッドとしては、その被害の少なさは、むしろ不気味に感じられた。


「…ゴブリンは魔族だし、魔族領の方からこっちに来たって可能性はないのか?」


 魔族軍が、人間領にどういった影響を及ぼすか知れない中、そちらにナインザの意識が少しでも向けば…と、話題を振ってみる。


「魔族領のゴブリン…。

 難しいが、可能性としては無くもない…か」

「というと?」

「魔族領から人間領に来るには大きく分けて4つのルートがあるのだが…」


 人間領と魔族領、それらがあるこの大陸は、上から見ると、ザックリと「C」の形をしていて、Cの開いている口の所、東には大小様々な島が点在し、Cの真ん中、内海…通称「涙の海」が広がっている。

 ヘレズから貰ったサバイバルブックに載っていた世界地図で確認済みだ。


 ナインザの言う4つのルートは…


 1つは、西側、最西部に位置する迷いの森を突っ切るルート、強力な魔物に加えて、深い森が続き、所々で人を迷わす霧が発生しているので危険度マックス。


 2つ目は、迷いの森と内海との間にある平原を通るルート、とはいえ魔族領まで平原が広がっている訳ではなく、魔族領付近は迷いの森に覆われている。

 1つ目と比べて迷いの森を通る時間が短く、最も堅実的だ。


 3つ目は、内海…涙の海を通るルート、船を使うため、大人数を動かすのには向かず、海という事で身動きがとりづらい中、海の魔物との戦闘も余儀なくされるため、戦うために数を要求され、結果として森を抜けるよりも大変。


 4つ目は、最東部、大小ある島を渡って進むルート、人間領には確実に進む事ができるが、島にはダンジョンが点在していて、ソレを管理する国が存在する。

 完全な中立国家で、人間領魔族領共に、ダンジョン攻略を共有しているので、下手にちょっかいをかけて関係を崩す訳にはいかない。

 そもそも最西部と最東部、大陸横断をするとなればコストが莫大、目的があっても割に合わない。

 人間領もそうだが、魔族領も大陸全土が一枚岩という訳ではないために、横断も簡単ではないのだ。


「とまぁ、こんな感じに、魔族領の連中が、人間領に来る方法がいくつかあるのだが…、3つ目と4つ目は、まずないな。

 海を渡るなら、相当な数…、人員と船を用意する必要があるし、ソレをやると今度は、人間領側に気付かれる。

 一番堅実なのが2つ目、森と海の間、その平原を進むルートだ」


 4つの中で、一番ヘヴィーなルートを通って来たのか魔族軍は…と、驚きを通して呆れる…、だからこそ不意を突けるのだろうが…。

 その辺の事はラピスや湖の住人たちに聞いてはいたが、その森で生活していたからこそ、実感は湧いていなかった。

 しかし、人間領側の意見として、改めて危険だ…と言われると、流石に実感する。

 アレッドは今更ながら、そこを住処にしている事に、若干緊張が走った。


「だが、そのルートが一番安全だからこそ、魔族の侵入に備えて、防衛拠点として砦が築かれ、目を光らせている…」

「まぁ対策をするのは当然だな」

「ゴブリンは魔族の中でも強さは下の方だ。

 数は多いが、決して強いという訳ではない。

 とはいえ、ゴブリンライダーとして、こいつらが乗っているこの魔物は、なかなか骨が折れる。

 それこそ、チーフフォレストウルフと渡り合える強さだからな、タイマンでは勝てないが、群れで襲えば確実に倒せるだけの強さはあるから、運良く森を抜ける事ができたのかもしれない」

「そんなに強いのか」


 強さに関しては、アレッドのサジは完全に壊れているので、それっぽい事を返す。

 ハンターの中で強い分類のナインザさんが言っているのだからそうに違いない…と、彼女の話に乗っかっておいた。

 しかしソレも、そのチーフフォレストウルフを一刀両断しているのだから、説得力があるのかどうか、アレッドとしては疑問に思うばかりだ。


「とはいえ、やはり厄介だ。

 ゴブリンライダーに襲われた事は、ギルドの方に報告済みだが…しかし…、一昨日に続いて、直接対峙した訳じゃないにしろ、新たなライダーを確認したのは大きい。

 無いとは思うが、アレッド殿が言うように、魔族が人間領に侵入している可能性は考えた方がイイだろうな。

 もし、魔族軍が迷いの森を抜ける術を手に入れていたら、厄介なんてモノじゃない。

 それこそ人間領側全体の危機だ」


 見た目にそぐわぬ優秀ぶり、何様だか…アレッドはナインザの、そのよく周る思考に感服した。


「それにしても、やはり酷い…」


 ナインザは、ゴブリンライダーの証明になりそうなモノを、装備から身体の一部分から、何でも集め、改めてその場の悲惨な状況に眉をひそめた。


「この状態で放置も出来ないな。

 下手をすれば瘴気溜まりになって、周辺の環境悪化が起こる」


 サバイバルブックには、衛生環境の悪化により、病気の蔓延や、魔力濃度によっては、魔力汚染が起きて魔物の狂暴化が起こるという。

 前者は前世も含めて、そういうモノ…とすんなり理解できるが、後者の方は、こういう世界だからこその厄介事だ。

 そうなるから…と、細かい原因はサバイバルブックに書いてはいなかったが。


「片付けるなら急がないと日が暮れるな」

「そうだな。

 だから人手が欲しいのだが…、ライト君は何処へいったのか?」


 ナインザが周囲を見て回す。

 彼女の話を聞いて、ヘレズの姿が無い事に気付いた。

 どこに行ったのか、探すまでもなく、ボウハンターの索敵で、ヘレズの位置はすぐにわかる。

 こっちだ…とナインザに手招きをして、アレッドは、彼女がいる方へと足を進めた。


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